元黒の魔術師
そして朝、王宮を出る時には二人ともすっきりした顔だったんですが、そんなに早く解散したの?
と思ったら、明け方まで飲んだそうですよ。強いな二人とも!
「悪酔い防止魔術もあるからねえ。お互いに魔術を掛け合いながら酒を飲むから、昔はそれを見て酒がもったいないと怒った人もいたね、そういえば」
とのことでした。よくわからないけど便利そうだな。
そうそう、そのロイス様が、昨日の空飛ぶ魔獣を貸してくれるそうです。
王宮の中庭で、ロイス様が大きな鳥に「この人たちをよろしく頼むよ」とお願いしてくれました。そして「ここに連れて帰れよ」とも。もしかしてそっちが目的か?
「あとは風魔術の石はいるか? 聞き耳をたてるには必要だろう?」
と言ってくださったんですが。
風魔術は私が使えるのでね、大丈夫です。あんまり詳しくはないけどね。
そう伝えるとロイス様が、「うんうん、よかったな、エヴィル」と旦那さまの肩をポンポンしてました。ん? なぜそうなる?
そして私たち二人は魔獣の背に乗って空へ飛び立ったのだった。
探すはトゥールカにいた「黒の魔術師」だ。
旦那さまが視えたという地域に来たら、捜索開始だ。
上空をぐるぐる回りながら。
あの家に残っていた魔術の痕跡を思い出す。
そして眼下に広がる土地をスキャン。広い土地を探すから、風の魔術で補助をして拡散する。
私は上から風を吹き渡らせ、そして水にも聞いてみる。
旦那さまは地面から、そして木々や草花にも聞いていく。
こんな魔術を知らないかい? こんな人を知らないかしら?
痕跡を探せ。生きている魔力を感じろ。
こうしてみると、本当に人々が大なり小なり魔術を持っているのを感じる。
持っている属性も大きさも様々だけど、みんなそれぞれの色というか、匂いというか、そんな個性があって、みんな違う。顔や声のように、その人自身が持つ個性なんだねえ。
そして町のなかは、いろんな魔術が活用されていてとってもカラフル。
ちょっとしたものから、大きな、それこそ町全体にかかるようなものまで。
舐めるように高速で視ていく。探しているものを気にしつつも、いつしか私は様々な魔術を夢中で眺めていた。
楽しい。いろいろな工夫があって、そして適材適所で助け合う感じ。
魔力の少ない人はコンプレックスにならないのかな、とは思うけど、まあそれは顔や声にもコンプレックスある人はあるもんな。私ももうちょっと美人だったら……釣り合いを考えるとね…………はっ今はそんなことを悩んでいる場合ではなかった。いけないいけない。
子供が泣いている。診療所で血を拭ってもらっている。怪我をしたのかな。
そこに、医者……? 女性がやさしく怪我の場所を撫でる。
あら、怪我が治ってしまったらしい。
治癒魔術か。なるほど。そういえば私の水晶玉は火龍がまだ持っているのかな。
「治癒魔術を使える人は聖女と呼ばれて特に重用されているんだよ。君も聖女として宣伝していた時があったね」
と言われて、そういえばそんなこともあったねえ、と思い出した。
あの時はハッタリと小芝居に気をとられていたけどね!
でも人が元気になるのを見るのは嬉しいね。そして喜ばれると、さらに嬉しい。魔術をそういう風に使えると幸せだねえ。
ということは、そういう事ができる魔術が使えるというのは、幸せなことなんだね。
ちょっと魔術が使える自分をよかったと思えた瞬間だった。
わあ新鮮。
昔はあんなにいらないと思っていたのにね。
「いた。あそこだ」
そしてその台詞とともに現実に戻る。
そしてチャンネルを通して場所と視界を共有した。
中年の男の人だ。家にいる。
大きなお屋敷と使用人たち。優雅に昼間から酒を飲んでいた。ぼんやりしている。
確かにその人の持つ魔力の色というか匂いが、あの「黒の魔術師」の家に残っているものと同じだった。薄いけれど、でも同じ。
あれか。
「視るぞ」
旦那さまがそう言って、上空からその男の記憶を探り始めた。
えっと、魔術の国って、プライバシーは無いのかな?
男の記憶が派手にごりごりと掘り起こされていく。男が記憶を探られていることに気づいたんじゃないの?
不快感と不信感が沸き上がる。
だけど旦那さまが強制的に記憶を手繰り寄せ、そして選別していった。
探られている気配を察知して、男がちらりと意識したのは、鍵をかけた記憶。
「そこか」
旦那さまが一直線に向かって鍵をもろともせずにこじ開けた。
派手に探ったのはもしかしてわざとだった?
とたんにこぼれ落ちる、あの館での記憶。
それは、あの大量のエネルギーが吹き上がる家に初めて入った時の感動。
風船のように自分の魔力が膨張してゆく快感。
そしてそのブーストがかけられた魔力で大きな魔術を操る優越感。
巨大な魔術を軽々と操る自分の姿とその力に陶酔する心。
そしてそれを与えてくれた、トゥールカ王への感謝と忠誠。
金と権力と巨大な魔力の誘惑。
人生を謳歌している姿。
あの家に、そんな魅力があったとは……。ごめん全然わからなかったわ。
そして記憶が、はじめの幸せの色からだんだん暗くなっていく。
この魔力を独り占めしたい。
もっと欲しい。
そしてその結果のあの家の「何も出さない」という封印。
荒れ狂う巨大な魔力の渦の中で、次第に男は狂っていく。
魔力の泉を盗まれる恐怖。「誰も入れない、盗みに来た人に攻撃をする」魔術をかける。
嫉妬と呪いをかけられる恐怖。「誰にも見えない、入れない、呪いを跳ね返す」魔術をかける。
そしてそれらを重ねがけする日々。
「魔力をなぜ送らない」
通信相手が言っている。
送る? 魔力を? あのエネルギーのこと?
「送る分が残らないのだ。全て私が使ってしまうから」
金にならないのになぜ送らなければいけないのか。これは私のものなのに。わずかに残った理性がそう言っている。
「そういう約束だ。お前が判断することではない」
誰と誰の約束?
旦那さまが、またその記憶を分解し始めた。相手を探る。
相手は……ルシュカ。ルシュカの偉い人……大臣?
「黒の魔術師」だった男が苦しそうにうめく。
そろそろ限界が近いか。
そう判断して旦那さまが記憶の最後を探った。
「金はやる。お前は帰れ。もうお前は必要ない」
それは、冷たく言い渡す声。
「そんな! あの家を出るなんて出来ません。今まで沢山お役に立ってきたではありませんか! これからもお役に立てます。何でもやりましょう、あなたのためなら。ですから……」
「お前の代わりは見つかった。お前より魔力のはるかに大きい代わりだ。お前では勝てない。即刻この国を出ていくがいい。今までの金と道具は全てくれてやるから」
そして絶望する男の叫び。
それを冷たく感情の無い目で見つめる男。
その目の主は――トゥールカ王。
「まだ器が小さかったか……」
残念そうに呟いた王の、落胆の顔を最後に元「黒の魔術師」の記憶は終わった。
静かな部屋に響く嗚咽の声。
そこに居たのは過去の栄光と酒に溺れて泣く、一人の脱け殻になった魔術師の男だった。





