ルシュカ
賑やかな、異国情緒漂う市場。色とりどりの野菜やお菓子やその他のものたち。
なに食べる? なに食べよう! とりあえずは目についた美味しそうなお菓子は食べてみるよね? これぞ旅の醍醐味ですよ。いやあ楽しいですね!
ちょっと久しぶりの旅に興奮しております。今は追われてもおりません。しかも外国ですよ。初体験!
浮かれすぎて本来の目的の「黒の魔術師」捜索なんてついうっかり忘れてしまいそうです。
そう、ここは私たちのいたトゥールカの東隣の国、ルシュカという国です。
旦那さまが言うには魔術が生活の基本の国。
「この国はほとんど全員が魔力をいまだ持っているからね。昔のアトラを思い出すね」
と、旦那さまがほんのり懐かしそうにしています。
そんな私たちも、この国に溶け込むために目立つ銀髪を黒髪にして、衣装もこの国のものに着替えてみました。髪はね。二人で二重にかけたから、何かの拍子に魔術がうっかり解けてももう一方の魔術が残る念入り仕様です。完璧。
なんかまだ黒髪の方が馴染みがあるのよねえ。銀髪はちょっと気を抜いていると、あら白髪? みたいな気になるのよ。はあしっくり。そして意外だったのが、旦那さま、元々は黒髪だったらしいです。
「魔力があると黒髪になりがちだね。カイルのあの一族もたしかずっと黒髪だった。火の一族だけが例外だねえ」
とのことです。へえ。あの一族は赤髪だよね、どうやら。
そんなこんなをチャンネルを通して語り合っております。
チャンネル相変わらず便利です。
この国は、私の目を通すととってもカラフル。
あらゆるところに大小様々な魔術がかけられていて、いろんな効力を発揮している。でも雨漏り対策も魔術って、さすがに穴は塞ごうよ。それとも塞ぐまでの応急処置なのかな。
これ、旦那さまの目を通したら、色と記号と文字の氾濫になるの? と思ったら。
「普段は君と同じ感じに抑えてるよ。意識したときだけ解析されるようにね。君もその気になれば見えるようになるよ」
とのことです。
その気になれば? どうやったらその気になるのかな。とっくにその気のつもりなんだけど。その勝手に解析する目が欲しいわあ。欲しいだけじゃあその気じゃないのかな?
花屋に並ぶお花にかけられた、多分延命魔術を見てみる。緑色……うーん緑……真剣に見ても緑。睨んでも緑。くっそう。どっからどう見ても解析しないと緑! くやしい……。
ちょっと、あなたも微笑ましく見ていないでコツを教えてくださいよ……。
旦那さまを軽く睨んでいたら、迷子が目に入った。
人が多いところにはいるよね、迷子。泣いてるけれど、周りの人たちが気にしているみたいだから大丈夫かな。下手に外国人が声をかけるよりはいいよね。
一人の女性が迷子に近寄って、話しかけている。
あ、女性が何かを視ているよ。なに? 手をかざして迷子の周りを探っている。そして何かを見つけた。
「アランちゃん? あなたのお家は随分遠いみたいだけど、どうやってここに来たの。ママと来たの? それともパパと来たのかな?」
「迷子札がついていたみたいだね。魔術で子供に直接名前や住所を記録しておくと、迷子になった時にそれを読める人が読んでくれるんだ。今来たもう一人の人は、聖女の魔術が使えるね。慰めて安心させる魔術を使っている。そして、今来た男の人は風の魔術が使えそうだね」
旦那さま、この距離でよくわかるねえ。と感心していたら、男の人が最初の女性から情報を聞いたらしい。
「おおい、アランの保護者の人ー、どこだー。アランはここにいるぞー!」
と、風にのせて声を拡声して呼び掛け始めた。おお、やったことある! 風にのせると結構遠くまで声を届かせられるんだよー。便利だよね。
ほうほうなんて見ていたら、どこからか、
「保護者こっちだー。そっち行くってよー」
と返事があった。
おおー便利だね! みんなが協力している優しい世界だ。
「悪人もいるけどね。あの子の親は、場所の特定魔術は子供にかけていなかったみたいだね。魔術師に払えるお金がなかったか、その魔術がかけられる人が近くにいなかったのかな。魔術の世界で不便なのは、その魔術がかけられる人がいないと他の人にはなにも出来ないところだ。そして魔力が高くて使える魔術が多いとそれだけお金が稼げるし、人々に評価されてどうしても権力も集まってしまいがちだ。その人がどんな人であろうとも。訓練で変えられる幅はそれほど大きくはないから」
なるほど。確かに私も火とか全く出せないからな。訓練したからといって、おっさんと同じになるとは到底思えない。そしてそういう生まれつきの能力で権力やお金がある程度決まってしまうということか。
でもそれ、生まれつきの美醜や頭の良し悪しで生き方が左右されがちな世界と何が違うんだろう?
「ああ、魔力の大きさがつい重要視されてしまうから、容姿はあまり気にされないね、確かに」
そうなんですよ。だから私みたいな地味顔でもたいしてコンプレックスも無しに能天気に生きているんだわ。だって今まで注目されるのは魔力ばっかりだったから。そういえば美人とかブスとか、そんな言葉を今までほぼ聞いたことがないよ。うわあ、優しい世界だー。主に私に。
ああ、さっきの迷子のアランちゃん、お母さんが来たみたいだね。よかったね。
聖女の魔術の人がお母さんに引き渡している。聖女か。すごいなー。他に何が出来るんだろう。
その後も市場と色とりどりの魔術を堪能したあと、私たちは宿に部屋をとった。
って、旦那さま、当たり前のように最上階のお部屋をとってるよ。
金持ちすごいな! 素敵!
広くて豪華なお部屋に入る。
「「カチリ」」
癖になっている結界を張ったら旦那さまと被ったのでした。
旦那さまは「誰にも見えない、聞こえない」魔術。
私は「何も入れない、出さない」魔術。
ちょっと違うからダブルで結界が発動したらしい。
「ん? 何も出さない?」
って首をひねるけど、だって、怒りに任せて叫んだりテーブルやベッドを蹴っ飛ばしたり、したときの、声とか、振動、とか、ね……?
うん、おっさんと旅していたときにはね?
よく、あったね。はっはっは。はい、びっくりしない。そんな目で見ない!
これで夫婦喧嘩も気づかれないよ~。と言ったら。
「そうだね。何も出さないんだったら、風で窓から家具も出なさそうだねえ」
と笑顔で反撃されました。あれ、けっこう言う人だったこの人ー。
まあとりあえずはご飯にしましょう!
さすがに本体と離れすぎるのも良くないので、今回旦那さまは本体ですよ。
食べないとね!
明日からの「黒の魔術師」探しも出来ないよ。
彼の居場所は大体見えたものの、詳しいところまでは遠くてわからなかったからね。
そんなこんなで宿の食堂でご飯を食べながら、明日からの「黒の魔術師」の捜索について話し合っている時。
「失礼します。エヴィルさまでいらっしゃいますか? 私の主、ロイスがご招待したいと申しております。ご招待をお受けいただけますか?」
名指しでご招待されました。え、名指し? 旦那さまの?





