1章―始まり― 後編
「奏永と千鶴へお父さんとお母さんは、仕事で遠くに行かなければならなくなりました。奏永と千鶴も連れて行きたいんだけど、仕事の関係上無理、なの。奏永、貴方は千鶴を大事に守ってあげて。千鶴、貴方はお兄ちゃんに迷惑かけないようにね。そして、お兄ちゃんにいつも笑ってあげて。2人とも本当にごめんね。父、母より」この手紙により親を恨み、妹の千鶴と2人暮らしをする中学3年生、竜堂奏永という少年がいた。俺の事だ。今日7月7日は俺と千鶴の誕生日だ。「霞」がキーワードの日常の中の惨劇と非日常的な場面が織りなす話です。
1章―始まり・後編―
―1―
「そう。私の花言葉は『切なる願い』…」
霞は言い聞かせるように霞草の花言葉を呟いた。
「霞、先程の話に戻りたいんだが…」
「分かってるわよ」
霞は1度下を向きキリッと顔を上げた。
「それじゃ…話すわよ」
ゴクリ、と俺は固唾を飲み込む。周りがシンとする。聞こえるのは霞草が由来で互いにぶつかり合う音だけ。
「そもそも竜と言われて貴方は何を思い浮かべる?」
「竜か…。翼、火、伝説…」と俺は竜のイメージを一しきり呟いた。
「そう。竜などはこの世に元は存在しない生物。幻想上にしか存在しない、非科学的で非現実的でもある存在」
俺はさっきの霞の話を思い返した。霞は竜がいるから隠れている。でも竜なんて生き物はこの世に存在しない…。でも、いなかったら隠れる必要も無い。 俺の考えはエンドレス状態に陥った。
「奏永。考えても答えは出ないのよ。竜は『いない』のだから」
俺の頭の上で?が出てくるくらいよく分からなかった。
「ちょっと待て。竜が『いない』のになんでお前らは隠れてるんだ?」
「ああ、言い方が悪かったわ。正確に言うとつい先程現れたわ」
「は?」と俺はポカンとする。霞との会話で俺は何回?マークが頭に浮かんだんだろう。 そんな俺を霞は理解能力が低い幼児に向けるような表情だ。
「奏永。少し理解力を高めた方がいいかもしれないわ、」 霞は苦笑しながらこう言葉を続けた。
「だから、今現れたってことは、今さっき『生まれた』のよ」
―2―
生まれ…た?
竜が?今?どこで?なんて俺が考えていると、
「貴方今、竜がどこで生まれたとか考えてるわね」
心を読まれた。いや、さすがに頭を抱えながら話を聞いていれば誰でも俺がそんなこと考えていること分かるだろう。
「貴方の姿に戻しましょ。ええっと、どこまで話したかしら?」
「竜が今生まれた、とかいわれた気がする」
「ああ、そうだったわね」と霞が相槌を打つ。
「竜がどこで生まれたという質問に答えるわ。生まれた場所は―」
俺は一番聞きたくない場所を口にされた。
「そう。この…町よ」
―3―
「この町…だって!?」
俺は思わず町の方向を見た。町の方向といってもどこが町の方向かは分からないが。とりあえず、さっき長影と一緒に空を飛んだとき町が見えた方向を向いてみる。
「ここは表の世界から疎外されたところだから表の世界の状況などは分からないわ」
「それじゃ、お前の心が読める能力を使って外の町の人の心を読んでどんな状況か調べてくれよ!」
「ごめんなさい、奏永。それはできないわ。理由は2つ。1つはこの能力の限界範囲が2キロメートルだということ。この山から町の人が住んでるところまではきっかり3キロメートルあるわ。2つ目は、先程言ったようにここは表の世界から疎外されてることよ。だから、前者の条件を満たしていてもここではその能力は使えないわ。それに竜は生まれてからすぐには活動しないわ」
「直ぐに活動しないといっても…それに、何で、そんな制限があるんだよ?!その能力は!」
俺の声色がどんどん荒れてきた。焦っているからだ。
「それは…私があまり周りの心を読みたくないからよ。この能力は解除はできないの…。必ず1人以上の人の心を読まなくてはならないの。でも、ここは表の世界から外れているからそんな心配をしないで済む。だから、ここにいるの。私は」
俺は複雑な気持ちになった。
人の心を読めるという確かに便利な能力。けれどそれは色々な条件があり、さらには常時発動という自分ではどうにもならない呪縛まである。
だから、だから霞はこんな何も無いところに1人で、常に孤独ですごしている。寂しくて涙を流すこともあったのかもしれない。…あっ。
「なぁ、霞。聞きづらいんだが…お前、両親はどこにいるんだ?」
霞は顔を曇らせた。やはり訊いてはいけない質問だったのだろうか。
「…私の両親は…」
「別に答え難いんなら答えなくていいぞ」
と俺は言葉をかけるが霞は聞いていないようで言葉を続けた。それも爆弾発言を。
「私の両親は貴方が両親と呼ぶ人たちよ」
雷が落ちたかと思った。
待て…それは一体どういうことだ?一切合切分からない。
「分からないのも無理はないわ。知りたいのなら…また話が逸れるけどいいかしら?」
俺は黙って頷く。霞も顔を上げ、こちらを真摯に見つめてくる。おれもそれに答える。
「実は貴方の両親と呼ぶ人たちは貴方の本当の両親じゃないの」
「…は?」
いやぁ〜、今日は爆弾発言が多いにも程がある日だなぁ。とか暢気に思っていられない。あいつらが本当の両親じゃない?どういうことだろう。
「まず、貴方は捨て子だったの」
「俺が捨て…子?なかなかうまい冗談じゃないか。笑えるぜ」
「本当よ。貴方は捨て子で、あの2人の本当の子供は私なの」
俺は頭を抱え、「マジかよ」と呟く。あいつらが俺の本当の両親じゃなくて、俺は捨て子で霞が本当の子供で…。
頭が爆発しそうだ。いかに人間の脳が4テラバイト入るからってこれはちと要領オーバーってもんだぜ。
ん?って事は…。
「千鶴は?千鶴はどうなんだ?」
千鶴の名前が出ると霞は一瞬、ハッとしたような顔をした。がそれは一瞬。直ぐに真顔に戻り、こう言葉を放っした。
「千鶴ちゃんも貴方と一緒に捨てられていたの。安心しなさい。貴方と千鶴ちゃんは本当の兄弟で血も繫がっているわ。そうなると、一応私もあの子のお姉さんって事になるのかしら」
霞は自嘲気味に笑いながら最後の部分を言った。
俺は安堵した。千鶴は本当の兄弟と言うことに。
「それで、貴方達2人を私の両親が拾って育てたってわけ。拾ったときは2歳で私と同じ年だったわ」
「そうだったのか。って待て。それじゃ、何でお前はこんな所にいて俺たちだけあの家に居るんだ?しかも、お前の苗字が『緋野』で俺の苗字が『竜堂』なんだ?」
「さすがに鋭いわね。私があの家に居ない理由は私があの両親に捨てられたからよ」
捨てられた?なんで、何も接点のない俺達を拾い、育てて実の娘の霞は捨てるんだ?
「貴方も知ってるでしょう?あの両親が最悪な人間だって事」
俺の脳裏にあの手紙のことが過る。ああ、よく分かってるさ。
「それで、捨てられてた私を長影が拾ってくれて育ててくれたってわけ」
俺は先程から俺の後ろに棒立ち状態の長影の方を向く。
「…」
音も無く立っている姿はまさに長い影だ。長影って名前が本当にしっくりくる。
「ねっ?長影」
と、霞が問いかけると久々に長影が口を開いた。しかも微笑混じりで。
「昔のお嬢様は大変でしたよ。言うことをあまり聞かないお方でしたし。直ぐに泣き出すところもまた」
霞はフフッと笑い、長影も表情をフッと和らげた。
「昔話はいいけれど、今はそんな時間はあまり無いわ。また話を戻すわよ」
「悪いな何度も話を脱線させるような質問をして」
「いいわよ。それで話を信用してもらえるなら安いものよ。先程、竜が直ぐには活動しないって言ったけれど、それは竜が活動するためには人間の血が必要だからよ」
「人間の…血。どの位の量がいるんだ?」
「丁度人間の窒死量と同じよ。つまり、竜の為に人が1人生贄に捧げられるってわけね」
「つまり、人が必ず1人死ぬって事か」
なぜかこの時冷静にいられた。竜という言葉に現実味が無かったからかもしれない。
「でも、表だった所でそんな竜がドンといたら誰だって逃げるんじゃないか?」
「竜は見た目は普通の人間と同じなの。長影と大体同じよ、普通の人間の様で実は違う」
という言葉に長影が、
「お嬢様。お言葉ですが、あのような邪の塊の様な生物と一緒にしないでください」
「ごめんなさい。例えに使っただけよ。そうだったわね。貴方は竜に因縁があったわね」
という言葉を長影が聞いて長影は自分の腹の辺りの服をグッと握り締めた。
「あと、竜は屋外では生贄を探さないわ。必ず『屋内で』生贄を喰らうわ」
そうか。
俺はこの時違和感を覚えた。
―必ず『屋内で』生贄を喰らうわ―
俺の頭の中でこの言葉がリピートされる。
屋内で生贄を喰らう…。
俺はハッとした。
「家には、家には千鶴がいるんだ!千鶴が…千鶴が危ない!」
俺が外に出ようとすると、霞が、
「外は危険よ、私も行くわ」
「お嬢様が行くなら私もお供しましょう」
俺は深く頷く。
―4―
俺達は山を4輪駆動自動車並みの速さで駆け下りる。降りるというか飛んでる。長影の背中に俺と霞が乗って。
「長影、もっと早く。もっと早く進んでくれ!」
「落ち着きなさい、奏永」
「これが落ち着いてられるか!千鶴が危ないんだぞ!それになんでお前はそんなに落ちるいてるんだ?!」
「私だって焦ってるわよ。でもそれを表出して何か得があるの?『急がば回れ』って言葉もあるじゃない」
俺は焦りを抑えられなかったが、何故か霞の言葉には説得力というか威厳があった。
「奏永様の家が見えました」
「私の元の家でもあるけどね」
俺達は人に見られないように近くの道に降りた。俺は降りた途端に全速力で家に向かった。霞達もそれに着いてくる。
家の玄関に着くと俺は鍵を開けるという作業時間も惜しいほどの勢いでドアを開けた。
家の中はシンと静まり返っていた。リビングを覗いてみるが誰も“いない”。
「と、なると…千鶴の部屋か」
千鶴の部屋は2階だ。俺は階段を駆け上がり千鶴の部屋の前に来た。
俺はドアノブを掴み、捻ろうとした。だが、何故か手が動かない。
『この手を捻るだけでいい。捻って部屋に入るだけでいいんだ。何も難しいことじゃない』
捻ろうとするがまだ手は動かない。
「どうしたの?」
霞が後ろから声をかけてきた。俺はいきなりの事だったのでビクッとした。
「何故か手が動かないんだ。ハハッ、どうしてだろうな」
「奏永…」と霞は呟くと俺の背中を抱いた。霞の手が俺の胸下らへんにくる。
「私が側に在るわ。安心しなさい」
手が動く気がする。今なら。
俺はドアノブを捻ると、その扉を開いた。
―5―
「ピチャ」
その音が始めは何か気がつかなかった。だが、数秒経つとその音が俺の頬に“液体”が付いた音だということに気づいた。
俺は思わず頬に手を持っていき、付いた“液体”が何なのか確かめる。その液体は触るとドロッとしていて鉄錆のような匂いがする。色は赤だ。
そう、その俺の頬に付いた“液体”は血、だった。
そして、目の前の光景を改めて見た。
白い翼の生えた全身を鱗で包んだ生物がその血の源の“物体”を「ガツガツ」と貪っている。
その生物はこちらに気づいて、耳を劈くような咆哮を上げる。だがそれも俺には聞こえない。
後ろから黒い物体が飛び出す。それが長影だと気づくのに1秒ほどかかった。
長影は自分の腕を突き出しその生物を攻撃するとその生物は尾でその腕を弾きそのままこちらに向かってきた。
その突進を長影が後ろから掴みとめた。その生物は咆哮を上げ長影目掛けて強靭そうな腕を振り下ろした。長影は、その細身でその一撃を受け止め、自分の懐からナイフを取り出しその生物の胸にグイッと突き出した。
長影のナイフが刺さったようで、白い胸に赤い血が滲み出ている。
その生物は荒々しい咆哮を上げ翼を広げ、窓を突き破り外に逃げ出した。
長影は舌打ちをするとナイフを仕舞った。
俺はその生物が貪っていた物体に近づいた。その物体は微かに息があるようだ。という事は生き物らしい。その生き物は仰向けの状態で倒れていた。
俺はその生き物の体を起こした。
胸から腰にかけて引っ掻かれたような大きな傷があった。痛々しい。
その生き物は俺と同じ人間だった。顔を見ると血の気がまるでない。俺は熱を測るかようにその人間のでこに手を置き、優しく撫でた。本当に僅かだが温かい気がする。
その人間は薄っすらと目を開けこちらを見、腰の横に横たわってた腕を必至で持ち上げ、俺に手を握って欲しいかの如く、手を俺の手の前に出してきた。俺はそれに応じ、手を握り返す。相手の手は血塗れで俺の手も血塗れになる。
その人間は微かに微笑み、こう、俺に話しかけた、と言うより呟いた。
「オ…ニィ…チャン…」
俺は、そう呟いた人間を、少女を抱きしめて、叫びを上げるかのように泣いた。
そう、血塗れの千鶴を抱きしめて。
1章―終―
これにて1章終了でございます。
1章の感想、指摘などもらえると今後に生かしますので待ってます!