自信の喪失
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仄華は長い黒髪を後ろで編んで、黒いレオタードに身を包み、部室の中央に立つと、部室の壁際に移動した勇気とオーディエンスに声を掛ける。
「それじゃあ、私が先にやらせて貰うね。ユウ、可笑しなところがあったら遠慮なく指摘して」
オーディエンス、主に宇喜田は彼女の言葉に口笛を返して大きな声を上げた。
「よっ! 待ってましたぁ! 」
馬鹿っぽいのはいつもの事だが、どうにも今回はそれ以上である。勇気は呆れながらも洋一に声を掛けた。
「宇喜田くん、彼女の事知ってるの? 」
洋一は此方に顔を向けると、上機嫌に答える。
「ん? むしろダンス部なのに、ユウは知らないのか? 彼女、この辺りのバレエのチャンピオンだぜ」
「チャンピオン………って大会優勝者ってこと!? 」
勇気は思わず地声が出そうなほどに驚いた。部長の交友関係は一体どうなっているのやら、勇気の行くところ行くところチャンピオンだらけである。洋一はその反応が予想以上だったことに気分を良くしたのか、続けてこんな説明もした。
「ああ、それに小学生の頃から負け無しなんだぜ? クールだし礼儀正しいし、本当に格好いいよなぁ。俺全然バレエなんて興味ないけど、彼女は好きなんだ」
別に洋一の女の好みなど興味ないのだが、とりあえず彼の説明で知りたい情報は分かる。勇気は心中で呟いた。
(これ、俺恥かくやつやん! )
ダンス経験の乏しい自分に、大会で優勝するようなダンサーと並ぶ実力なんてあるわけがない。勇気は逃げたい気持ちに駈られるが、しかし、仄華は動きだし、ダンスは始まってしまうのである。
彼女の動きは見事なものだった。
それはなんと表現したらよいか、まるで間接が無いかのように滑らかで、ピンと伸びた背筋も美しい。彼女がくるりと一度回れば、長い黒髪が柔らかに舞い上がって、思わず息を呑んでしまう程に。
ただ洗練された、無駄がない、というよりはなんとも不思議な魔力を持つダンスである。むしろ、無駄こそが美しいという表現が正しいだろうか?
ありふれた型で有りながら、少しずつ違うその動きに勇気は呆然とした。
(まじかよ、ムリムリ! こんなのと同列のダンスなんて俺には出来ないよ! )
しかし、二人しか居ないダンサー。
出番はすぐに回ってくるわけで。
「勇ちゃん、固まってないで早く踊って。踊らないと東京湾に沈めるわよ? 」
最早脅しではないと感じる部長の恐ろしい言葉に勇気は慌てて立ち上がり、仄華と入れ替わりに部室の中央に立つ。
(仕方ない、俺は趣向を変えて踊るか。それなら多少劣ってても誤魔化せるだろ)
勇気は深く息を吸い込んだ。
始まったダンスはバレエのある程度の型は守っているものの、バレエというよりは………。
「なんか、ストリートダンス、みたい」
仄華は口を開けたまま、勇気の動きを見守る。無骨ではあるものの、どこか革新的で、情熱を感じるダンス。それは、今までバレエの中で生きてきた仄華には衝撃的だったのかもしれない。
滑らでない部分を誤魔化すための早い回転と動作、常に手指へと気を配る目線、凛とした姿勢。
ダンスが終わったとき、仄華は俯いて立ち上がり、無言で部室を後にした。
勇気は当然理由が分からず不安に駈られ、追いかけようとしたが、部長がどうでもいい話題で引き留める。
「あ、そういえば予選の会場は明後日、この学校の体育館だからね。間違えないで来ること! 」
そのせいで結局、彼女を見失い、モヤモヤしたまま二日後、予選を迎えた。
※
予選の服装は白いレオタード。
パイプ椅子に座って順番を待つ勇気に部長が話しかける。
「勇気くん、今日までの全て出しきるのよ。あの辛い練習の日々を思い出して! 積み上げた女子力で世界を救うの! 」
勇気は思った。
(いや、殆ど女装させられてただけで、ろくに練習してないんだけどぉ!? )
仄華が来るはずだった向かいの席は未だに空席。だが、予選は粛々と進められる。
そして、彼女の出番の直前、扉を開く者がいた。
《つづく》