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一時の恥を捨てて

-6-


 部長の予想は間違いなく的中していたのだろう。なぜなら………。


長い黒髪に、自然なファンデーション、薄い桃色の口紅、大人びた水色のドレス、それらを自ら進んで身に着けているのは、なにを隠そう足利勇気(あしかがゆうき)本人だ。そして、彼は部活の開始時刻から15分、部室にある鏡の前で発声練習までしている。


真っ赤な丈の長いドレスを着た部長は、そんな気合い十分の勇気に後ろから声を掛けた。


「勇気くんはやっぱり、ゲストの目線が気になっちゃうのか~。それとも、やっと自分の可愛さに目覚めたとか? 」


勇気は鏡に映った部長の姿を振り向かず、ただ殺意のこもった目を自分の正面に向ける。


「なわけねぇだろ! 後で許さねぇよ! 」


ただ、相手はアノ部長だ。

彼女は勇気の威圧などまるで気にせず、むしろ鏡写しの手を持ち上げて口に当てると、挑発するような笑顔を浮かべる。


「まぁまぁ、そんなにカッカすることないじゃない? 可愛いお顔が台無しになっちゃう」


「はぁ、ふざけ………! 」


当然、勇気はすぐに反論しようとしたが、そこでゲストが部室の扉を開いて姿を現したために、彼はその言葉を嫌々飲み込んで、慌てて服を整え、扉の方に向き直った。入ってきた人物は開口一番に言う。


「へぇ、ここが噂のダンス部かぁ。女の子しかいないし、まじでハーレムじゃん。俺も入っとけば良かったかなぁ」


調子のいい言葉に、頭を掻くだらしない姿………。そう入ってきたのは、勇気の友人である宇喜田洋一(うきたよういち)だ。そして勿論、


「洋一………それセクハラ………」


彼にひっついて一条悟(いちじょうさとる)も来ている。悟は控えめな発言をした後、宇喜田の影に隠れるようにしてこちらを見た。勇気は心拍を上げながらも、出来る限りの笑顔を心がけ、悟に手を振る。ここでバレる訳にはいかない、バレれれば一生笑い者だ。


一瞬のラグ。


悟は何かに気が付いたように黒目を小さくする。


(やっぱ男子高校生の女装なんて無理があったか? 頼む一条、せめて隣の馬鹿には言わないでくれっ! )


だが、そんな祈りとは裏腹に、悟は戸惑うような言葉を吐き出した。


「え、あ、あのっ! 」


勇気は思わず目をつむる。


(くそっ! あばよ、俺の青春っ!)


しかし、続いたのは思わぬ言葉であった。


「L○NEとか………やってますか………? 」


勇気は殆ど無意識に、


「は? 」


と疑問の言葉を発する。

悟はそれを聞くと慌てた様子で手を動かして、説明した。


「え、えと、別に嫌だったら無理に教えてくれなくていいです………僕が知りたいと思っただけ………だから」


説明の最後に涙ぐむ悟。数秒の間の後、勇気は心中で強烈な叫び声を上げる。


(………お前、俺のL○NE持ってるだろぉがぁああ!! )


そして、マシンガンのごとき勢いで思考を巡らせた。


(え? なにこれ、まじで気づいてないの? こんなに仲いいのに? さっきまで教室で話してたのに!? ありえなくない!? )


まさかとは思うが、万にひとつそういう可能性もあるかもしれない。勇気は確認の為に悟に裏声で話しかけてみる。


「………すみません、L○NEはやってないんです。話したいことがあれば直接聞きますよ? 」


すると、悟はどこか安心したような表情を浮かべて顔を赤らめると、再び洋一の後ろに隠れてしまった。残念だが間違いないらしい。


(あ、これ普通に気づいてないやつや)


バレなくて嬉しいハズなのに、なぜか押し寄せる悲しみと絶望。ただ彼の中には同時に、小さなイタズラ心も生まれる。


(つーか、めっちゃ照れてる。すげぇおもしれぇんだけど)


欲が出たら逆らえないのが、彼と言う生き物で。勇気は欲望のままに悟をからかうことにした。


「どうしたの、()くん。隠れてたらお話し出来ないよ? ちゃんと出て来てお話しよ? 」


悟は洋一の後ろで更に顔を赤くして、此方からは見えないほどに隠れる。なんともからかいがいのある相手だ。だが、それ以上は無理らしく、更に言葉を繋げようとした勇気を、悟の前に立つ洋一が遮る。


「ねぇ、彼女! 名前は? 悟の知り合いなのか? こんな根性なしと仲良くすることねぇよ! 俺と仲良くしようぜ! 」


分かってはいたが、やはりこっちにもバレていない。いや、バレるなんて想定さえしてなかったけど。勇気は一瞬冷ややかな視線を送ってから、作り笑顔で洋一に返答した。


「こんにちは、宇喜田くん。私はユウ。悟くんのことは私が一方的に知ってるだけだけど。でも、二人とも仲良くしてくれたら嬉しいな」


すると、唐突に耳元に部長の囁き声が響く。


『勇気、お客さんが来てる』


ただ、部長の姿は自分の周囲にはなく、勇気は首をかしげた。


「え? 部長? どこですか? 」


返答は耳元に直ぐに来る。


『今、部室の入り口から貴方の脳内に直接語りかけているの………。お客さん来てるから早く出迎えて………』


勇気は仕方がないので、洋一と悟の隣を通って、部室の扉を開けることにした。扉の先には呼び出した部長と、肘下まで伸びる真っ直ぐな黒髪が特徴的な、見慣れない女生徒。黒と赤が印象的なこの制服はこの町の公立高校のものだろうか? 目を丸くする勇気に、部長は言う。


「オーディエンスが折角来てるのに、勇ちゃん一人のステージじゃ寂しいでしょ? だから試合の前哨戦代わりにもなるしと思って呼んでおいたの」


続けて、清楚な立ち姿の女生徒は深いお辞儀をして名乗った。


「私は明智(あけち)仄華(ほのか)。あなたがユウね? 今日は貴方のバレエを見せてほしくて来たの、これから宜しく」



《つづく》

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