一時の恥を捨てて
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部長の予想は間違いなく的中していたのだろう。なぜなら………。
長い黒髪に、自然なファンデーション、薄い桃色の口紅、大人びた水色のドレス、それらを自ら進んで身に着けているのは、なにを隠そう足利勇気本人だ。そして、彼は部活の開始時刻から15分、部室にある鏡の前で発声練習までしている。
真っ赤な丈の長いドレスを着た部長は、そんな気合い十分の勇気に後ろから声を掛けた。
「勇気くんはやっぱり、ゲストの目線が気になっちゃうのか~。それとも、やっと自分の可愛さに目覚めたとか? 」
勇気は鏡に映った部長の姿を振り向かず、ただ殺意のこもった目を自分の正面に向ける。
「なわけねぇだろ! 後で許さねぇよ! 」
ただ、相手はアノ部長だ。
彼女は勇気の威圧などまるで気にせず、むしろ鏡写しの手を持ち上げて口に当てると、挑発するような笑顔を浮かべる。
「まぁまぁ、そんなにカッカすることないじゃない? 可愛いお顔が台無しになっちゃう」
「はぁ、ふざけ………! 」
当然、勇気はすぐに反論しようとしたが、そこでゲストが部室の扉を開いて姿を現したために、彼はその言葉を嫌々飲み込んで、慌てて服を整え、扉の方に向き直った。入ってきた人物は開口一番に言う。
「へぇ、ここが噂のダンス部かぁ。女の子しかいないし、まじでハーレムじゃん。俺も入っとけば良かったかなぁ」
調子のいい言葉に、頭を掻くだらしない姿………。そう入ってきたのは、勇気の友人である宇喜田洋一だ。そして勿論、
「洋一………それセクハラ………」
彼にひっついて一条悟も来ている。悟は控えめな発言をした後、宇喜田の影に隠れるようにしてこちらを見た。勇気は心拍を上げながらも、出来る限りの笑顔を心がけ、悟に手を振る。ここでバレる訳にはいかない、バレれれば一生笑い者だ。
一瞬のラグ。
悟は何かに気が付いたように黒目を小さくする。
(やっぱ男子高校生の女装なんて無理があったか? 頼む一条、せめて隣の馬鹿には言わないでくれっ! )
だが、そんな祈りとは裏腹に、悟は戸惑うような言葉を吐き出した。
「え、あ、あのっ! 」
勇気は思わず目をつむる。
(くそっ! あばよ、俺の青春っ!)
しかし、続いたのは思わぬ言葉であった。
「L○NEとか………やってますか………? 」
勇気は殆ど無意識に、
「は? 」
と疑問の言葉を発する。
悟はそれを聞くと慌てた様子で手を動かして、説明した。
「え、えと、別に嫌だったら無理に教えてくれなくていいです………僕が知りたいと思っただけ………だから」
説明の最後に涙ぐむ悟。数秒の間の後、勇気は心中で強烈な叫び声を上げる。
(………お前、俺のL○NE持ってるだろぉがぁああ!! )
そして、マシンガンのごとき勢いで思考を巡らせた。
(え? なにこれ、まじで気づいてないの? こんなに仲いいのに? さっきまで教室で話してたのに!? ありえなくない!? )
まさかとは思うが、万にひとつそういう可能性もあるかもしれない。勇気は確認の為に悟に裏声で話しかけてみる。
「………すみません、L○NEはやってないんです。話したいことがあれば直接聞きますよ? 」
すると、悟はどこか安心したような表情を浮かべて顔を赤らめると、再び洋一の後ろに隠れてしまった。残念だが間違いないらしい。
(あ、これ普通に気づいてないやつや)
バレなくて嬉しいハズなのに、なぜか押し寄せる悲しみと絶望。ただ彼の中には同時に、小さなイタズラ心も生まれる。
(つーか、めっちゃ照れてる。すげぇおもしれぇんだけど)
欲が出たら逆らえないのが、彼と言う生き物で。勇気は欲望のままに悟をからかうことにした。
「どうしたの、悟くん。隠れてたらお話し出来ないよ? ちゃんと出て来てお話しよ? 」
悟は洋一の後ろで更に顔を赤くして、此方からは見えないほどに隠れる。なんともからかいがいのある相手だ。だが、それ以上は無理らしく、更に言葉を繋げようとした勇気を、悟の前に立つ洋一が遮る。
「ねぇ、彼女! 名前は? 悟の知り合いなのか? こんな根性なしと仲良くすることねぇよ! 俺と仲良くしようぜ! 」
分かってはいたが、やはりこっちにもバレていない。いや、バレるなんて想定さえしてなかったけど。勇気は一瞬冷ややかな視線を送ってから、作り笑顔で洋一に返答した。
「こんにちは、宇喜田くん。私はユウ。悟くんのことは私が一方的に知ってるだけだけど。でも、二人とも仲良くしてくれたら嬉しいな」
すると、唐突に耳元に部長の囁き声が響く。
『勇気、お客さんが来てる』
ただ、部長の姿は自分の周囲にはなく、勇気は首をかしげた。
「え? 部長? どこですか? 」
返答は耳元に直ぐに来る。
『今、部室の入り口から貴方の脳内に直接語りかけているの………。お客さん来てるから早く出迎えて………』
勇気は仕方がないので、洋一と悟の隣を通って、部室の扉を開けることにした。扉の先には呼び出した部長と、肘下まで伸びる真っ直ぐな黒髪が特徴的な、見慣れない女生徒。黒と赤が印象的なこの制服はこの町の公立高校のものだろうか? 目を丸くする勇気に、部長は言う。
「オーディエンスが折角来てるのに、勇ちゃん一人のステージじゃ寂しいでしょ? だから試合の前哨戦代わりにもなるしと思って呼んでおいたの」
続けて、清楚な立ち姿の女生徒は深いお辞儀をして名乗った。
「私は明智仄華。あなたがユウね? 今日は貴方のバレエを見せてほしくて来たの、これから宜しく」
《つづく》