駄弁る月曜日
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色々あった校外交流から3夜明けた月曜日の午前5時30分。
勇気がいつもの通り、住宅街にある通学路を歩いていると、その人物は背後から唐突に現れた。
「お、足利じゃん、相変わらず早いな」
一昨日の嫌な記憶から、勇気はつい一瞬、嫌な予感がして小さく肩を動かしてしまうが、振り向いてみると声の主は彼の友人………宇喜田洋一である。宇喜田は持ち前の快活な雰囲気を振り撒いて、微妙な表情を浮かべる勇気にいつもどおりの笑顔を見せつけた。そして、宇喜田の隣にはお決まりとばかりに、小柄な一条悟もいて、彼も続けて宇喜田とは対照的な弱々しい挨拶をする。
「勇気、おはよう………」
勇気は意外な出会いに驚きつつも、
「おはよう、今日は二人ともえらく早い通学じゃん。なんかあった? 」
と言って速度を下げ、二人の横に並んだ。すると宇喜田はなんだかばつが悪そうな顔をして、勇気に提案する。
「ま、色々な。詳しくは歩きながら話そうぜ」
「いいけど」
勇気は断る理由もないので、彼の誘いに頷いた、のだが、
「さて何処からはな」
と言い掛けた宇喜田の言葉には反応せず、どころか、
「それで、何があったんだ? 一条」
と軽く遮った。
「え? 」
困惑の表情を浮かべる宇喜田の横で、一条は勇気に事情を説明する。
「ええと………徳川先輩から逃げるためにサッカー部に入って………。ついていけなくて………朝練に強制参加になって………。そんな感じ、かな………」
彼の声は小さかったが、内容はまずまず分かった。つまりは部長こそが巨悪の根源ということだろう。
「そっか、そりゃ災難だ」
勇気はそれに《いいね》ボタンを100万回押したい気分で頷いた。すると今度は、宇喜田が内容の補足をする。
「その上、今日の放課後も8時まで練習だぜ? 本気で殺す気かっての」
まぁそれはそれ、
「いや、お前は大丈夫だよ」
とあまり相手にされなかったんだけど。
「!? 」
黒目を小さくする宇喜田を放置して、一条は勇気に質問する。
「あの、その…………勇気………勇気も部活に入った、のかな…………。昨日は帰るのを見かけなかったけど………」
勇気はその質問に小さく肩を動かして、普段では有り得ない早口で言い訳をした。
「え、お、俺!? 俺は別に何処にも入ってないよ! 優雅な帰宅部ライフ! 暇すぎて包装用のプチプチを潰しまくってたわ! 」
まさか、女装して別の学校に行ってましたなんて言えない、言ったら一生の恥になってしまうこと受け合いである、というか、ならない訳がない、だって男子高校生だから! そんな空気を察したのか、一条は勇気の様子に困惑しながらも、
「そ、そうなんだ………プチプチ楽しいよね………」
と素直に頷いた。
しかし、それで黙らない奴もいる。
「おいおい、嘘つくなって。俺、お前が女の子と一緒に昇降口で話してるのを見たんだぞぉ? 本当はプチプチじゃなくて、ふにふにを触ってたんだろぉ? 」
そいつは宇喜田だ。彼はあからさまに意地悪な笑みを浮かべて、悔しかったら言い返してみろ、とばかりに勇気の頬をつつく。勇気はその手を力一杯振り払って怒鳴った。
「中学生かてめぇは! そんな、美味しい、展開は、ない! 」
そんな同人誌みたいな展開だったらどれだけ良かったか。現実を知られたくないと思いつつも、分かってくれない宇喜田に怒りを覚える勇気。一条はそんな興奮気味の彼にやんわりと声を掛けた。
「じゃあ………その女の人は誰だったの………? 」
「そ、それは…………」
予測はついていたとはいえ、痛い質問。勇気は答えられず思わず沈黙する。ただ、それは無駄だったらしい。なぜなら、
「それはね、一条くん」
後ろから迫る影、本能的な震え。
「え? 」
振り返ったそこに居たのは、
「足利くんの可愛い彼女の、私だぞ☆」
と言って目のところでVサインを作る、徳川紗世だった。それを見た勇気は迷いなく叫ぶ。
「チェンジィ!!!」
そう、心からチェンジしたいと思ったからだ。だが勿論、そんな言い分は部長には通じず、彼女は業務連絡のように淡々と勇気に説明する。
「残念、返品は受け付けておりません。最後まで責任をもってお世話して下さい。ご飯は1日3回、おやつがあると理想です。散歩には毎日連れていってください。それから…………」
流石は部長かつ生徒会長というスーパーウーマン、手強い相手だ。一人では到底太刀打ち出来ないだろう。勇気はすぐに、隣にいた一条に指示をした。
「一条、今すぐ消費者庁に電話を! 」
違法業者には正当な手段で返品するのがセオリーだ。
「え、え、うん…………? 」
友人に迫られた一条は、訳が分からないながらも自分の鞄からスマホを取り出し、消費者庁の番号を調べはじめる。だが今度は、もう片方の耳から、
「へぇ、生徒会長と付き合ってたのか、お前スゲーじゃん。生徒会長、学校では生徒会長として有名だぜ? 」
といういかにも語彙力が足りない宇喜田の声が聞こえてきて、勇気も思わず血管が切れる勢いで怒鳴った。
「そりゃ生徒会長だからな! 」
そうしたら、先程まで調べものをしていた一条も近所迷惑を心配して会話に加わり、より面倒な事態に。
「ま、まぁ、そうじゃなくても結構有名人だから………美人だし、頭も良いし、運動もできるし………問題行動は数えきれないくらいだし………」
彼は部長を庇っているのか、それともけなしているのか、いまいち分からないが、とにかく、上目遣いで勇気を見る。勇気は声のトーンを一つ下げつつ、言葉を投げた。
「それ普通に駄目なやつやで!! 」
だが、白熱した議論 (?)はここでおしまい。なぜなら、一条と宇喜田を見ていた徳川が、「あ」と小さな声を漏らして二人に聞いたからである。二人は目線を部長に移して首を傾げた。
「それより貴方達、こんなところで話し込んでていいの? 朝練は10分後よ? 」
徳川は自分のスマホを開いて時間を一条と宇喜田に見せる。時間を確認した二人は不味いものでも見たように、鞄を持ち直して、走り出した。
「なっ、やべぇ! 」
「………じゃ、じゃあね、勇気」
勇気はその背中を、他人事のように見送るが、
「おーう、頑張れよ」
「貴方もね、勇ちゃん。今日から予選の為の訓練だから」
どうやら他人事では済まないらしい。
「………お家に帰りたいでござる」
勇気は俯いて呟く。
すると、徳川は顔の横で指を左右に幾度か振ってそんな彼を慰めるように言った。
「安心して、今日は貴方がやる気になるように最高のゲストを呼んでおいたから! 」
「ゲスト………? 」
そして、その直後出された名前に勇気が驚愕することになるのは、また次回のお話。
《つづく》