はじめてのだんす
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なんやかんやあって、観衆の前でダンスを披露することになった勇気。彼は周囲の目線を痛いほどに感じながら、
(仕方ない、さっさと終わらせよう)
と決意して、早速ダンスの体勢に入ろうとする、のだが………。
直後、流れ始めた般若心経に思い切り調子を狂わされ、盛大に躓いた。彼が何事かと思って音が聞こえてきた方を見ると、そこにはいわずもがな徳川の姿。彼女は自分と目の合った勇気に向かって、威勢よく手を叩く。
「ほらほら! 勇ちゃん、メロディーに情熱をのせて踊って!パソに気を使うの! 君なら絶対に出来る! 」
「いや、出来ねぇよ!!? 」
勇気は直ぐさま彼女に叫んだ。
「なんでその選曲なんですか! 俺に悟りでも開いて欲しいんすか!? 」
しかし、当の本人はまるで反省していないようで、彼女は勇気の言葉を遮る勢いで、
「ちょっと勇ちゃん、そんな汚い言葉使っちゃ駄目! 『勇ちゃんの何がいけないの? ひどいよぉ………』って言いなさい! 」
と注意してくる。
「そんな事言う女居ませんよ! 」
勇気はそんな彼女を軽く牽制してから、
「いや、そうじゃ、なくてっ! もっと違う曲はないんですか? こう、やる気が満ち満ちてくる感じの! 」
と言って、自分の両手で大きな円を描いてみせる。部長はそのジェスチャーを見ると、親指を立てて勇気に笑い掛けた。
「やる気ね、おっけー任せて」
そして、彼女が次に流したのは、いい感じの激しい曲調の曲 (ラ・マルセエーズ)である。
「たく、最初からこれ流して下さいよ」
勇気は不満を垂れながらも、ようやくダンスの体勢に入った。
( 取り敢えず、さっき見た振り付けを真似てみるか。ええと、片腕を上に、もう片腕を水平よりやや下に…………? )
そこから反対の動きに入って、今度は水平に近かった腕を更に下げて回転、足は蹴るような動作をしてから床に数回爪先を叩きつけ、音をならす。勇気は取り敢えずこれを曲の終わりまで繰り返した。
(や、やりきった………! )
しかし、頑張った勇気への周囲の反応は冷たいもので、誰も拍手をくれない。どころか、
「勇ちゃん、それ全然違う」
部長にはここまで言われる始末である。
「ええ!? 」
勇気は困惑して高い声をあげた。
ため息をついた部長は不評の理由を勇気に説明する。
「フラメンコやるなら、まずは皆で円を作って、こう言うの。ふんぐるいむぐるい…………」
勿論、まともな説明じゃなかったが。勇気は慌てて部長の言葉を止める。
「ちょっとぉ!! ほんとに召喚されたらどうするんですか! 」
すると、部長は慌てる勇気を面白がるように、立てた人差し指を振って、
「熱血スポ根から学園ホラーに移行すればいい話じゃない」
と恐ろしい提案をした。
「既にスポ根じゃないですけどね! 」
そして更に、叫ぶ勇気の肩に、里見が手を置く。
「あなた、不細工の割にはやるじゃない。いちおう、次の公演の予選では待っててあげますわ」
勇気は先程までの論争よりも、その言葉の方になんだかカチンと来て、額に血管を浮かべながら、先程まで議論していた部長に片手で半分だけの拡声器を作って声を飛ばす。
「部長ー、今すぐこいつの顔を殴って不細工にしてやってもいいすかぁ? 」
しかしそれはそれ、里見は優雅な振る舞いでお辞儀をして、直ぐに勇気の前から立ち去ってしまった。気分が晴れない勇気に、
「勇気くん」
と部長が声を掛ける。
「え………なんですか? 」
勇気はその言い方になんだか嫌なものを感じて、瞬時に表情を強ばらせた。だが、部長はそんな彼に満面の笑顔で言う。
「予選は申し込み済みだから、頑張ってね」
「な!? 俺、フラメンコ素人ですよ!? 」
当然、勇気は半分錯乱したように手を忙しく動かして部長に訴えたのだが、無駄だったのだろう。なぜなら、
「なにか勘違いをしてるみたいね。予選ってこっちよ」
彼女が勇気の目の前に垂らしたのは、
『大きな会場で踊れるチャンス! 市民体育館でのバレエ公演予選! 』と書かれたポスターだったからだ。
「フラメンコじゃねぇのかよっ! 」
これには勇気も自分の服の後ろに着いた大きなリボンを外して握り、それを床に思いきり叩きつけた。
《つづく》
作者は「真面目にやろうと思った」などと供述しており………。