交流しに行こう
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見知らぬ体育館の正体は、檀の方の壁に掛けられた布製の校章で直ぐに分かった。《上杉市立石田高校》、足利勇気の通う学校から徒歩30分程の所にある公立高校であり、勇気の高校とは二十年来の付き合いがある友好校である。しかし、
「あの、部長………」
疑問を持った勇気は隣のパイプ椅子に座った徳川の姿を見つけて、彼女に話しかけた。すると、彼女は直ぐにそれに気がついて、落ち着いた様子で顔をこちらに動かす。
「ん、足利くんおはよう」
こちらは訳が分からず不安で堪らないというのに、大層な態度だ。勇気はそんな彼女の表情に無性に腹が立って、
「いや、何普通に挨拶してんですか。違うでしょう! もっとこう、なんか言うことがありますよね!? 」
と自分の今の服装 (マキ・コスチューム)の胸元を片手で軽くつまんで訴えた。だが、相手はあの部長だ、そう上手くいく訳がない。部長は二秒ほど思案すると、
「それもそうね、勇ちゃん、とっても可愛いゾ☆」
とアイドルの様なポーズを作って笑顔で言う。勿論、勇気は言われて直ぐに僅かに顔を赤らめて、
「ええー? ホントですか、照れちゃうなぁ 」
と言ったあと、
「………って違うわ! 」
怒りのこもった表情で怒鳴った。怒鳴られた部長は心底驚いた表情を浮かべて声を上げる。
「えっ!? 違うの!? 」
仕方がないので勇気はそんな部長に、
「当たり前でしょ! なにを思って選んだ選択肢なんですかそれは! そうじゃなくて、現状を説明して下さい! 」
と言って再度、回答を求めた。すると、今度はまともな答えが返ってくる。のだが、
「私達は他校のダンス部とフラメンコの交流をするためにここにやって来たんだゾ☆」
「なめてんですか、その語尾! 」
その語尾はちょっとマトモじゃなかった。勇気は既に色々どうでも良くなって、今度は体育館の中央付近で動き回っている部員達を指差す。
「つーか、今これ、何してんですか? 新しいタイプの呪い? 」
ちなみにその様子は、あるところでは二人が足を絡めて、同時に顔から地面に衝突し、またあるところでは、10人ほどが手を繋いで円を作り、謎の言語を唱えているという感じ。恐怖を隠せない勇気に、部長は淡々と言った。
「何言ってるの? これがフラメンコよ」
「………これが………?」
だが、フラメンコ、どころかダンスの初心者である勇気も分かる。
( 絶対違う! )
そして、それを声に出して代弁してくれたのが、
「いいえ! こんなのはフラメンコじゃありませんわ! 」
「え? 」
金髪の謎の女性だった。年齢は勇気とほどんど変わらない位で、身長は彼より低く、服装は赤いドレス、ぱっちりとした黒目と長いまつげの美少女である。彼女は芝居がかった動きで片手を上に、もう片手を腰に据えると、
「フラメンコとは情熱! 伝統と格式を守りながらも、インスピレーションのままに舞い踊る心の叫び! あのような儀式と違うのです! 」
と強い声で誰にともなく語り掛けた。勇気は戸惑った表情を浮かべながら、
「えーっと、どちら様? 」
と彼女に問いかける。すると、彼女は今そこで彼の存在に気がついたように彼の方を向くと、
「あら、私の名をご存知ない? そりゃまた常識の無いことで………。仕方がありません。名乗って差し上げますことよ」
と尊大な態度で反応した。勇気はそれを冷たい目で見上げて、
「いや、無理に名乗らなくていいです」
と直ぐさま言い止めたが、そんなことなど関係ないようでお嬢様は勝手に名乗る。
「私、姓は里見、名は皇。周囲の人は私のことをフラメンコの女王と呼びます」
「一体、誰が呼んでるんだろうか」
勇気は里見の言葉に光のない瞳を向けながら呟いた。しかし、それはそれ、
「世間を知らぬ小娘の為、今から私が、本当のフラメンコの姿を見せて差し上げますわ」
彼の呆れなど里見の心にはまるで響かず、彼女は平然と一人芝居を続ける。その様子に勇気は「もう好きにしろ」と思って、
「わーい、嬉しいなぁ(棒)」
と気の無いの言葉を発した………のだが、宣言通り踊り出した彼女を見て、勇気は唖然とすることになる。
「………まじか」
その踊りは先ほどの意味不明な人間性をすっかり打ち消すように美しく、また、体格に似合わず激しいものだった。一歩踏み出し戻る足にも、上へ下へと往来する手にも、回転の度に翻るドレスにも、まるで無駄がうかがえない。素人見には、完璧、と賞すのに相応しい出来。感心する勇気に、部長はそっと耳打ちする。
「まぁ、彼女は大会じゃ負け無しの猛者だから、実力は確かよ」
どうやら、尊大な態度にはそれだけの理由があったらしい。
「………なんかムカつきますね」
勇気は気にくわないと思いつつも、里見の踊りから目を離せない自分に酷くイライラして呟いた。すると、隣に座った部長が今度は少し声を大にして勇気に言う。
「でしょ? ちょっと痛い目見せたいとか思うでしょ? 」
「めっちゃ思います」
勇気は当然、その言葉に同意した………のだが、それがいけなかったのだろう。勇気の返答を聞いた部長は、
「だからね、勇気くん、勇気を出して彼女をギャフンと言わせて来なさい」
とだけ言って、里見が中央を退くのと同時に、勇気をパイプ椅子から立たせて腕をつかみ、ハンマー投げよろしく、体育館中央へと放り投げた。
「は? 」
中央に立った勇気に向けて一瞬で集まる視線、
「ほら、とっとと踊る! 」
更に部長が手を叩いて追い討ちをかける。逃げ場を無くした勇気は、
「………まじで? 」
と小さく呟いた。
《つづく》