入部しよう
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スカウト翌日の夕方、足利勇気はいつものように下校しようと昇降口にやってきた………のだが。
「こんにちは、足利くん」
靴箱の前に立ったところで、つい昨日嫌というほど聞かされた声に、靴を持った手を止められてしまう。そして、悪寒を覚えつつ勇気が顔をそちらに向けると、ガラス扉の向こうあったのは言わずと知れた徳川紗世の姿で、勇気は慌てて進行方向を変え、徳川が待ち構えているのと別の扉に走った。しかし、
「ど・こ・い・く・の? 」
それは彼女の見事な横移動によって阻止され、勇気は青ざめながら、徳川に言う。
「くっ………! は、話は昨日の内についているはずだ………! 」
すると徳川は単調に答えた。
「ええ、ちゃんと《仮入部》は取り消しておいたから安心して。貴方は今日から正式に部員よ、おめでとう」
「なん………だと!? 」
その答えに思わず持っていた鞄を足元に落としてしまう勇気。彼は一瞬の放心の後、慌てて徳川に反論した。
「悪い冗談はやめて下さい! 俺は、入部届けなんて書いた覚えは………! 」
ただ、その言葉は途中で途切れる。
「はっ………まさか! 」
そう、これについては思い当たる点があるのだ。それは最初に出会ったときに書いた仮入部の書類。確かにあれには、住所、氏名、学年、クラス………と入部届けに十分な内容を書き込んでしまったはずだ。事実に重い至った勇気に、徳川は目を閉じ、不敵な笑みを浮かべて言う。
「ふふ、私の画像加工スキルを舐めないでくれる? 伊達に部長はしてないの! 」
「部長って一体何!? 」
勇気は思わず頭を抱えた。そして、ふとこんなことに思い至る。
「なんでそこまでして俺をダンス部に入れたがるんですか!? 別に他の奴でも良いでしょう!? 」
彼の質問に部長は淡々と答えた。
「無理よ。あなた以外は皆部活に入っているし、うちの学校は兼部禁止だもの」
彼女の説明はとても現実的な話である。しかし、まだ納得は出来ない。
「は? そんなはず………!? 宇喜田や一条は? 」
そう勇気の友人二人は、まだ帰宅部だったはずだ。すると、部長はこうも説明する。
「あー、あの子達? 『可愛い衣装を着て、私達と一緒に踊りませんか? 』って誘ったら足元の草を発火させる勢いでサッカー部に走っていったけど? 」
つまり、諸悪の根源はここにいたのだ。
あまりに大きな敵の存在に、勇気は最早戦う気力を無くし、コンクリートの地面に膝をつく。
「あの薄情者共っ………! つーか、なんでそうしなかった俺! 」
部長はそんな彼にそっと手を差しのべた。
「とにかく、うちの部を救えるのは貴方しかいないの。さぁ、勇者よ! 踊り子の服を着るのよ! 」
踊り子勇者はその手に向かって自分の手を伸ばしかけて、大きく右に振り払う。
「嫌だっ! そんなの勇者じゃない! 退部届け………そう、退部届けを出すぞ! 」
きっと最後の希望まで絶たれているとは思わなかったのだろう。徳川はゆっくりと膝を折って彼に目線を合わせて言った。
「残念だけど、うちの学校には入部から半年は退部出来ないって決まりがあるから。諦めなさい」
勇気はその事実に唇を噛み、固めた拳で床を強く叩く。
「誰だよ、そんなルール作った奴! 今すぐ出てこい! 性根叩き直してやる! 」
そして直後、現実の無情さを知った。理由は簡単である。言葉の後、目の前で、
「え? もう出て来てるけど? 」
と涼しい顔をした現生徒会長、徳川紗世が言ったからだ。
「………… 」
勇気は完全に思考を停止した。
※
「はっ! 」
そして、目を覚ますと、
「なんだ、夢か………」
そこは見知らぬ体育館で、自分はいつの間にかマキ・コスチューム(フラメンコ衣装)に身を包んでパイプ椅子に座っていたという。
《つづく》