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スカウト

-1-


「じゃあ、まずはいつもの通り、バーレッスンからやっていくよ。皆、準備はいい? 」


快活な声でそう部員たちに声を掛けるのは、この浅野高校ダンス部の部長を務めている女子学生の徳川紗世(とくがわさよ)である。彼女は、まだ他の部員が白ベースに青ラインが入った体操服を着ている中で、既に胸周りに派手なフリルが着いた桃色のロマンティック・チュチュに身を包み、準備万端という様相。しかしそんな彼女の気合いとは裏腹に、


「はいっ! 」


と威勢のいい声で答えたのはたった三人の女子部員のみで、16畳ある室内練習場の中は相変わらず静かな有り様。


その理由は簡単である。


部長曰くこの部には15人の部員が居るのだが、実はこの《部門》の部員は3名しかいないらしい。そのため、その僅か3人の部員達に混じって行動させられていた足利勇気(あしかがゆうき)は、大きな鏡の手前に備え付けられた木目調のバーに片手を置きながら、


(どうしてこうなった………!? )


と心中で頭を抱えていた。



これは数時間前のこと。


その時はまだ、校内に終業の鐘が鳴り響いて、次々と昇降口から出てくる生徒の中に勇気はいた、のだが、


「あの、ちょっといいかな? 」


この言葉で彼の状況は一変することになる。ただ、その時は見知らぬ女子生徒から声を掛けられた嬉しさもあってか、思わず彼女の問いに笑顔で答えてしまった。


「いいですよ」


勇気のその返答を聞くと女子生徒は嬉しそうに表情を動かす。


「ありがとう。あなた、部活は? 」


勇気は勿論、その質問に正直に答えた。


「やってないです」


すると、女子生徒は続けて勇気に聞く。


「じゃあ、何処かに入部する予定は? 」


「今は特に」


勇気はそこでようやく彼女が話しかけてきた意図を理解した。どうやらその目的は部活の勧誘のようである。しかし理解するのと同時に、


(あれ? 部員の募集ってもう終わって無かったっけ? )


という一抹の疑問も芽生え、


「なに部の勧誘ですか? 」


すぐにそれを口にする。女子生徒は特に躊躇う様子もなく簡潔に答えた。


「ダンス部」


「ダンス部………」


ただ、それは勇気にとって聞いたことのない部活で、疑問は益々深まるばかり。不思議そうに頭を捻る勇気に、女子生徒は仮入部の紙を差し出しながらこうも続ける。


「まぁ結構ゆるい感じの部だし、そんなに難しく考えないで。大学受験の部活欄を埋めるため、くらいの気持ちでも全然大丈夫だからさ」


「はぁ………まぁ、それなら」


別に部活欄を埋めたいと思っていた訳ではないが、勇気はなんとなく彼女の言葉に押し負けて、仮入部用紙に名前や電話番号、住所を書き込んだ。



これで今に至るハズ、なのだが。


(………あれ? )


「あの、部長、ちょっといいですか? 」


話しかけられた徳川は首を軽く横に動かして、


「え? なに? 告白? 」


冗談っぽく笑った。勇気はそれに、


「なわけないでしょ! 出会って初日で告白って、俺たちは少女マンガの住人かなんかなんですか!? 」


と声を上げる。だが、聞かれた徳川は、けろりとした表情で更に質問を重ねた。


「え? じゃあ部長の座を巡って異能力バトル開始? 」


これには勇気も思わず、


「そんな急展開需要ありませんよ!! あーもう、そうじゃなくてっ! 」


と声を張って、部長の手を引き部員たちから見えない扉の向こうへと移動する。それから、


「なんで俺、バレエなんかやらされてるんすか! 俺は男ですよ! 」


という感じで内容を説明した。すると部長は、右手の人差し指を立てて、


「バレエなら男の人でもするでしょ? むしろ、当初は男が主役なのが当たり前だったし。そう確か1600年代にはルイ王朝で…………」


と流暢にバレエの歴史について語りだす。勇気は慌てて彼女の言葉を遮った。


「あーっ! 分かりました! 分かりましたから! そこは置いておきましょう! 本当の問題は此方ですし! 」


部長は自分の言葉を遮られて少し不機嫌そうな顔をしたが、すぐにもとの調子に戻って勇気に聞く。


「え? 衣装棚に何か問題? 」


勇気はそんな部長のつれない態度にやや興奮気味になりながらも、


「大問題ですよ! 見てくださいよこれ! 」


と衣装棚を開いた。

衣装棚の中には、クラシック、パンケーキ、ベル、オペラ・チュチュなど様々な衣装が揃っていて、とても文句をつけられる様には見えない。むしろ、小規模な部活に似つかわしくないほど本格的である。


部長は首を傾げた。


「いい感じのラインナップでしょ? まぁ、ほとんど最盛期の頃の先輩のお下がりだけど」


勇気は言う。


「ええ、品自体はかなり良いと俺も思いますよ。でもね、良く見てください…………男物が一つもありません」


そう、これだけ凄いラインナップなのに、もはや悪意を感じるレベルで、男物がないのだ。しかし、それについて部長はこう(のたま)う。


「え? 何か問題? 」


勇気はその瞬間決意した。


「俺、入部止めます」



《つづく》

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