スカウト
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「じゃあ、まずはいつもの通り、バーレッスンからやっていくよ。皆、準備はいい? 」
快活な声でそう部員たちに声を掛けるのは、この浅野高校ダンス部の部長を務めている女子学生の徳川紗世である。彼女は、まだ他の部員が白ベースに青ラインが入った体操服を着ている中で、既に胸周りに派手なフリルが着いた桃色のロマンティック・チュチュに身を包み、準備万端という様相。しかしそんな彼女の気合いとは裏腹に、
「はいっ! 」
と威勢のいい声で答えたのはたった三人の女子部員のみで、16畳ある室内練習場の中は相変わらず静かな有り様。
その理由は簡単である。
部長曰くこの部には15人の部員が居るのだが、実はこの《部門》の部員は3名しかいないらしい。そのため、その僅か3人の部員達に混じって行動させられていた足利勇気は、大きな鏡の手前に備え付けられた木目調のバーに片手を置きながら、
(どうしてこうなった………!? )
と心中で頭を抱えていた。
※
これは数時間前のこと。
その時はまだ、校内に終業の鐘が鳴り響いて、次々と昇降口から出てくる生徒の中に勇気はいた、のだが、
「あの、ちょっといいかな? 」
この言葉で彼の状況は一変することになる。ただ、その時は見知らぬ女子生徒から声を掛けられた嬉しさもあってか、思わず彼女の問いに笑顔で答えてしまった。
「いいですよ」
勇気のその返答を聞くと女子生徒は嬉しそうに表情を動かす。
「ありがとう。あなた、部活は? 」
勇気は勿論、その質問に正直に答えた。
「やってないです」
すると、女子生徒は続けて勇気に聞く。
「じゃあ、何処かに入部する予定は? 」
「今は特に」
勇気はそこでようやく彼女が話しかけてきた意図を理解した。どうやらその目的は部活の勧誘のようである。しかし理解するのと同時に、
(あれ? 部員の募集ってもう終わって無かったっけ? )
という一抹の疑問も芽生え、
「なに部の勧誘ですか? 」
すぐにそれを口にする。女子生徒は特に躊躇う様子もなく簡潔に答えた。
「ダンス部」
「ダンス部………」
ただ、それは勇気にとって聞いたことのない部活で、疑問は益々深まるばかり。不思議そうに頭を捻る勇気に、女子生徒は仮入部の紙を差し出しながらこうも続ける。
「まぁ結構ゆるい感じの部だし、そんなに難しく考えないで。大学受験の部活欄を埋めるため、くらいの気持ちでも全然大丈夫だからさ」
「はぁ………まぁ、それなら」
別に部活欄を埋めたいと思っていた訳ではないが、勇気はなんとなく彼女の言葉に押し負けて、仮入部用紙に名前や電話番号、住所を書き込んだ。
※
これで今に至るハズ、なのだが。
(………あれ? )
「あの、部長、ちょっといいですか? 」
話しかけられた徳川は首を軽く横に動かして、
「え? なに? 告白? 」
冗談っぽく笑った。勇気はそれに、
「なわけないでしょ! 出会って初日で告白って、俺たちは少女マンガの住人かなんかなんですか!? 」
と声を上げる。だが、聞かれた徳川は、けろりとした表情で更に質問を重ねた。
「え? じゃあ部長の座を巡って異能力バトル開始? 」
これには勇気も思わず、
「そんな急展開需要ありませんよ!! あーもう、そうじゃなくてっ! 」
と声を張って、部長の手を引き部員たちから見えない扉の向こうへと移動する。それから、
「なんで俺、バレエなんかやらされてるんすか! 俺は男ですよ! 」
という感じで内容を説明した。すると部長は、右手の人差し指を立てて、
「バレエなら男の人でもするでしょ? むしろ、当初は男が主役なのが当たり前だったし。そう確か1600年代にはルイ王朝で…………」
と流暢にバレエの歴史について語りだす。勇気は慌てて彼女の言葉を遮った。
「あーっ! 分かりました! 分かりましたから! そこは置いておきましょう! 本当の問題は此方ですし! 」
部長は自分の言葉を遮られて少し不機嫌そうな顔をしたが、すぐにもとの調子に戻って勇気に聞く。
「え? 衣装棚に何か問題? 」
勇気はそんな部長のつれない態度にやや興奮気味になりながらも、
「大問題ですよ! 見てくださいよこれ! 」
と衣装棚を開いた。
衣装棚の中には、クラシック、パンケーキ、ベル、オペラ・チュチュなど様々な衣装が揃っていて、とても文句をつけられる様には見えない。むしろ、小規模な部活に似つかわしくないほど本格的である。
部長は首を傾げた。
「いい感じのラインナップでしょ? まぁ、ほとんど最盛期の頃の先輩のお下がりだけど」
勇気は言う。
「ええ、品自体はかなり良いと俺も思いますよ。でもね、良く見てください…………男物が一つもありません」
そう、これだけ凄いラインナップなのに、もはや悪意を感じるレベルで、男物がないのだ。しかし、それについて部長はこう宣う。
「え? 何か問題? 」
勇気はその瞬間決意した。
「俺、入部止めます」
《つづく》