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48.王子は進化論について考える

コミカライズ第三話、最終話の掲載記念でもう一本です!

番外編ばかり続いてましたので、ちょっと今回は本編ぽい物で……Web版でいう所の27話と28話の間になります。


コミカライズの短期集中連載も無事に最終話を迎えましたね。平未夜先生ありがとうございました。

イベントに合わせて追加の話を載せておりましたこちらも、これにて再度完結とさせていただきます……と思ったら、コミックの単行本化も計画が進んでいるようです! そちらの発売日が確定しましたら、もう一度応援小話を載せたいなと思います。

まだ読んで下さっている皆様、もう少しお付き合い下さいませ。


 ヘイリーは猿である。


 猿に小難しいことはわからぬ。

 わかるのは群れる者たちの力の強弱とフルーツの種類だ。

 群れの中で誰が自分より上か下かがわからなければ、己の立ち位置が決められない。

 違いが分かるのは大事なことだ。

 ちなみにリンゴよりバナナが好きだ。柿は熟したのよりコリコリ硬いのがいい。


 牢に閉じこもって出てこない元婚約者(レイチェル)を、飽きもせず今日も糾弾に来たエリオット王子……は、その前に上を見上げながらレイチェルに尋ねた。

「おいレイチェル。ちょっと気になったんだが」

「なんですか?」

「このエテ公は、なんで俺が来る時はいつも高いところでふんぞり返っているんだ?」

「そこの場所が気に入ってるんじゃないですかね」




「どうもコイツには悪意というか、バカにしているような雰囲気を感じる」

 猿を見ながらぶつぶつ言う王子に取り合わず、レイチェルはページをめくりながらお茶をすすった。

「おい、聞いているのか?」

「聞いてますよう」

 王子がキーキーうるさい。ゆっくり読書も出来ないので、レイチェルはうんざりしながら顔を上げた。

「そうですね……動物の無垢な瞳には己が映ると申します。悪意を感じるなら、殿下ご自身にそう見られる心当たりがあるのじゃございませんか?」

 レイチェルの皮肉気な言葉に、己を信じて疑わないエリオットはムッとして言い返す。

「そんなものがあるものか! こらエテ公、ちょっと俺の正面に来てみろ!」

 エリオットに言われて、レイチェルの猿が鉄格子をスルスルと降りてきた。顔の高さに来るとエリオットと目を合わせる。

「俺のどこに後ろめたさがあるものか! どうだ見ろ、この曇りなき瞳を。なあエテ公、貴様もわかるであろう!?」

「猿に何を理解させようとしているんですか……」

 読んでいた本を閉じて呆れるレイチェルにかまわず、エリオットは大まじめに猿をにらみつける。

 人間たちの言っていることが判っているのかどうなのか。ヘイリーはじっとエリオットの顔を見つめると……次の瞬間「ハッ!」と鼻で笑って、スルスルと下へ降りて行った。あとは興味なさそうに、ベッドからティーテーブルによじ登って座り込む……王子様に尻を向けて。


 猿のあんまりな態度で茫然自失していたエリオットが、ハッと我に返った。

「……きぃさぁまぁぁああっ!? こらっ、畜生のくせにいい度胸だ! おい、聞いてるのか! 出て来い、手討ちにしてやる!」

 と怒鳴りまくったものの……いくらがなり立てても猿はノーコメント&ノーリアクション。一向に返事をしないので、カンカンの王子は飼い主の方に向き直った。

「おいレイチェル! コイツの態度はやっぱり悪意充分じゃないか!?」

「殿下はホント疑り深いですねえ。気のせいですよ、気・の・せ・い」

「今のはそんな気のせいレベルの話じゃないだろうが!? おまえも見てただろう!? 今! なんだ、この失礼極まりないエテ公は!」

「失礼だなんて……ヘイリーはきちんと礼儀をわきまえている猿ですよ? おいでヘイリー」

「ウキー」

 レイチェルが呼ぶと猿はちゃんと反応した。ちょこちょこと歩いて行って主の前にひざまずき、レイチェルの人差し指を手に取って爪先にチュッとキスをする。

「どうですか、完璧な礼じゃないですか」

「ぐっ……このエテ公、相手を見やがって!」

 ちなみにエリオットがいくら来い来いとジェスチャーしても、猿は興味なさそうに大あくびをして無視するだけだ。

「おい、こらおまえ! 王子を無視するな!」

 叱ってみるけど……言われたヘイリーはティーテーブルの上で腕枕で横になり、お昼寝体勢に入っている。王子様を完全スルー。

「くそぉぉぉ……」

 歯噛みするエリオットに、後ろで見ていたボランスキーが助言した。

「殿下、この猿にしてみれば殿下とは主従関係がありません。殿下が何を言っても、自分には関係ないと思っているのでは?」

「む、なるほどな」

「レイチェル嬢はあれこれエサを与えているから主人と認めているのでしょう。動物には何か物をあげないと殿下の有難みが分からないのではないでしょうか」

「ふむ、そうか……おいエテ公、これをやろう!」

 エリオットはちょうど(ボランスキーの)ポケットにあった銀貨を一枚鉄格子の中に入れてやる。今度は興味を示したヘイリーはトコトコやってきて、銀貨を受け取ると撫でてみたり光にかざしたりした。嬉しそうに飛び跳ねたのを見るに、価値を認めたらしい。

 ヘイリーはエリオットに向き合うと、

「ウキッ!」

 額の前に二本指の手刀をピッとかざして軽く敬礼をすると、もらった硬貨を自分の宝箱にしまいに行った。


 それだけ。


「…………(かる)っ!?」




 唖然としたエリオットは、新しい本を探しているレイチェルに文句を言ってみた。

「おいレイチェル、このエテ公贅沢すぎるんじゃないのか!? 銀貨をもらっておいてなんだ、この反応の薄さは!」

「猿に硬貨を渡しても、貨幣価値がわかるわけないじゃないですか。光る金属片と扱いは一緒ですよ」

「うぐっ……!」

 言葉に詰まるエリオットの隣で、ボランスキーが興味深そうに戻ってくる猿を眺めた。

「コイツ、レイチェル嬢がコインをあげたらどうするんだろう?」

「あ、確かに……」

 なんと無しに王子一行の視線がレイチェルに集まる。

「……別に面白いことは無いと思いますけど」

 皆に注目されたレイチェルが肩を竦め、ヘイリーを呼んだ。

「ヘイリー、お小遣いをあげましょう」

「ウキッ!?」

 “お小遣い”の意味が判るのか、パッと顔を上げたヘイリーは嬉しそうにレイチェルの元へ走ってくる。おやつの事だと思っているのかもしれない。


 食い物を期待している猿が硬貨をもらったらどうなるか……。


 エリオットたちがちょっとワクワクしながら見ていると。

「はい、ヘイリー」

 レイチェルが銅貨を渡した。受け取った猿はコインをもらうと、ためつすがめつして表裏を見ている。

「ウッキー!」

 喜んだみたいで二、三回跳ねると、それを抱えて宝箱に走った。そして今度は袋を抱えて戻ってくる。レイチェルの目の前のテーブルに上がると、持ってきた袋をひっくり返した。

 転がり出て来たのは銅貨が十二枚。

「ウキー! ウキー!」

 積み上げた硬貨をペシペシ叩いて訴える猿に、レイチェルが何を言いたいのかに気がついた。

「あ、十二枚集まったから銀貨に両替するのね? はい、ヘイリー」

「ウッキー!」

 銀貨に換えてもらって喜ぶ猿。大事に抱えてまた宝箱にしまいに行く。


 猿の足音だけが響く無音の空間に、二回深呼吸するほどの間を置いて。

「……ばっちり貨幣価値がわかってんじゃないか!?」

 エリオットの叫びがこだました。




「この猿畜生め、なんともコケにしてくれる……!」

 歯ぎしりするエリオットの前で、猿は呑気に毛づくろいをしている。ちなみにこのヒトをナメてる小動物を脅そうと、エリオットはサーベルを牢屋に突き込んでみたが……猿がくつろいでいるのは絶妙に刃先が届かない場所だった。エリオットがそれに気がついた瞬間に見せた、馬鹿にしくさった猿の嘲笑ときたら……。

「なあボランスキー。なんでエテ公ッてヤツは、態度の悪い時だけ人間臭いんだろうな」

「研究してみてはいかがでしょう」

「来世に学者に転生したらな」

「今からでも間に合いますが」

「地味な勉強は好かん」


 ボランスキーの後ろで見ていた伯爵家の三男が首をひねった。

「この猿、なんでいつも殿下ばっかり軽く見るんですかね? 普通、レイチェル殿以外は誰でも同じに見えるのでは?」

「そう言えば、殿下への態度が一番悪いな」

 他の者もざわざわし始める。

 正解は、エリオット以外はほとんど見てるだけだから猿害に遭っていないだけなのだけど……それをわからないのが、エリオッツ。

 なのでちょっとからかいたくなったレイチェルは、少し可哀そうなモノを見る目つきでエリオットを眺めた。

「猿は相手の品格を見ると言いますか……殿下がいつも人一倍騒いでジタバタしているので、一番小物と思ったのでは……?」

 読書を邪魔され少しムカッ腹の公爵令嬢が口にした軽い挑発に、一番偉い(筈の)王子様は激発した。

「俺が一番威厳が無いだと……!? こんな場でなければいくらでも優雅に振舞っているわ! なんといっても第一王子だからな。エテ公ごときに後ろ指を指される筋合いはない!」

 猿と対等に勝負している段階で、すでに威厳が無いのに気がつかない。それが第一王子、エリオット。

「ヘイリーにしてみれば地下牢(ここ)が全てですから。ここで見ている殿下の姿が……」

「……姿が、なんだ?」

「私に言わせないで下さいませ」

「くっ、貴様……」

 レイチェルのむしろ腹立たしい気遣い! もちろんエリオットは爆発寸前だ!

「まあ……猿ながら騎士の礼も出来るヘイリーですから、他の猿よりはちょっと礼儀に厳しいかもしれませんね」

 暗に「おまえ礼儀が猿以下だぜ?」と憎らしい元許嫁(レイチェル)に言われ、エリオットが変な方向に噴火した。

「くそっ、そこのエテ公に本物の騎士の礼がどんなものか見せてやる! よく見てろよ!? よし、マーガレット!」

「今日は来てませんが……」

「そうだった!」

 スタートラインでクラッシュする辺りが、猿に見下される原因かもしれない。

 手本を見せてやると宣言した直後に立ち尽くすエリオットを、猿が興味津々に見つめている。さっきまで散々無視していたくせに。

 引くに引けないエリオットに、レイチェルが心配そうに声をかける。

「あの、マーガレット様がいらっしゃらないならボランスキー様でも……長髪だし」

「そんな理由で私が女役ですか!?」

 後ずさる侯爵家嫡男に王子の据わった視線が刺さる。

「ボランスキー、背に腹は代えられん……貴様ちょっとマーガレットの代役をやれ! このままではエテ公に俺のメンツが立たんのだ」

「殿下、勘弁してください! なんというか、その」

 ボランスキーが牢を指した。

「なんか、レイチェル嬢から嫌な感じに熱い目力を感じてるんです……」

「大丈夫です、次の新刊に間に合わせます!」

「おまえは何の話をしているんだ!?」


 ボランスキーが辞退して他の者も……となると、この場で女子は、一人……。

「ええい、もう仕方がない! ものすごく気が進まなくて無茶苦茶嫌なのだが……レイチェル、貴様に礼を受ける栄誉を与えてやる! 末代までの誇りにするがいい!」

「私、ここに死ぬまで入っているか処刑されるはずなんですよね?」

「つべこべ言うな! このエテ公に目にもの見せてやる必要があるんだ!」

「猿の為にこのグダグダ劇をやっている段階で、すでに威厳も何もあったものじゃない気がしますが……仕方ないですね。私も気が進みませんが」

 レイチェルが鉄格子際まで歩いて来る。猿の目を気にしながらエリオットがその前でサッと流れるような身のこなしでひざまずき、掌を差し出したところへ……レイチェルが足をひょいっと出した。

「靴舐めろ」




 何が起きたかを理解した後のエリオットの荒れ具合は、いちいち説明するまでも無いだろう。

 鉄格子をサーベルで散々切り付けるという、無駄な作業がひと段落ついたところでボランスキーがなだめにかかった。

 それを見ながらどんな着火剤よりも優秀な公爵令嬢は、安全な牢内で悪びれなくコロコロ笑っている。

「いや失礼致しましたわ。ついつい嫌悪感が先立ってしまって、思わず足の方で」

「良く考えたら貴様、さっきからエテ公以上に失礼じゃねえか! 王子が来たのに目もくれずに本を読んでいるとか! 王族へ向かって皮肉を言うのも、無礼すぎるにも程があるだろ! 挙句の果てに『靴舐めろ』ってなんだよ!? ついついでそんな言葉が出てくるかぁっ!」

「別に悪気はなかったんですのよ? ついうっかり」

「貴様に悪気以外があるわけ無いだろう!?」

 ギャンギャン騒いでいるエリオットの後ろで、取り巻きの一人があることに気が付いた。

「あれ? ……『靴舐めろ』って、そもそもレイチェル様は靴履いてない……」

 言われて全員レイチェルの足元を見る。

 今の今までベッドでゴロゴロしていたレイチェルは、ベッドを降りる時にサンダルをつっかけていた。つまり靴じゃない。

 それに気がついたレイチェルが、ポッと赤くなってモジモジした。

「嫌だわ、私気がつかなくって……生足だなんて、殿下にはご褒美過ぎたわ」

 鉄格子対エリオットの第二ラウンドが始まった。




 人間たちが騒いでいるのを見て、ヘイリーは危機感を持った。

 今日のはなんだかいつもより激しく騒いでいる。喧嘩しているみたいだ。

 もしかしたら金髪のバカ(エリオット)ご主人様(レイチェル)にボスの座を挑んで、争いになっているのかもしれない。

 何をどう考えても金髪のバカがご主人様に勝てる道理がないのだが、激しく争うとお互い大怪我をするかもしれない。

 ここはひとつ、サブリーダーである自分が間を取り持とう。


「ウキー!」

 少し場が落ち着いたところへ、猿の鳴き声が響いた。思わず皆が見ると、ヘイリーが紫色の布を持ってテーブルによじ登る所だった。

「……なんだ?」

 注目していると、白い子猿は布を広げた。三角形をしていて、なんだかブリーフに見える……実際にヘイリーはそれを広げると、足を通し始めた。まごう事なき、紫のブーメランパンツ。

 履き終わると、猿はテーブルに仁王立ちで胸を張った。

「ウキー!」

 その姿に、エリオッツが一斉に騒めく。

「パ……パンツを履いた猿!?」

「パンツを履いた猿だ!」

「なんだ!? 布切れ一枚で、いきなり猿が進化の過程をたどり始めたように見える!」

「俺たちは新人類の誕生を目撃しているのか……!」

 どよめく仲間の中で、ボランスキーが首を捻る。

「あれ? この姿、どこかで見たような……」

「ウッキャー!」

 周りの困惑をよそに、猿が踊り始めた。妙にクイクイ腰を使いながら、身をくねらせて踊り狂う。それを見たボランスキーが、ポンと手を打った。

「あ、これアダム・スチュアートの真似だ」

 それをきいて、レイチェルが踊るヘイリーの頭を撫でた。

「ヘイリー、アダム様のダンスでみんながフィーバーしたのを覚えていたのね。とげとげしい空気を和らげようと……いい子いい子」

「ウッキー!」

 よく見ていたらしく、音楽もないのになかなかリズム感のある踊りっぷりだ。見ている方も、中には釣られて歓声を上げる者まで出てきた。

 但し……。

 王子の横にいるボランスキーは、怖くて主の方を振り向けない。何といっても我らが女神マーガレットが、この猿が真似しているアダム・スチュアートなる色男に先日骨抜きにされたばかりなのだ……まさにこのダンスで!

 何故か黙り込んでいるエリオットのアレやコレやを刺激しているに違いないのを考えると、猿の物真似に呑気に笑えるどころじゃない。

 そんな観客の事情まで分かっているのかいないのか、猿のストリップは最高潮に盛り上がった場面にまで達した。レイチェルがパーテーション代わりにタオルを広げて下半身を隠してやると、ヘイリーは踊りながらパンツを脱ぐ。人間(アダム)がやった通りに振り回してからブツを放つと……宙を飛んだ紫色の小さな布切れは鉄格子の間をすり抜け、王子の頭にポスンと落ちた。

「まあ殿下、ちょうど当たるなんてラッキーですね! マーガレット様とお揃いですわ!」

 レイチェルの無邪気に毒を含んだ煽りにも無言の王子は……静かに頭に乗っかったヘイリーのパンツ(スペシャルサービス)を摘まみ上げると。

「このエテ公、進化しすぎだっ!」

 突然叫んで床に叩きつけた。

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