18.令嬢はお客さんを接待する
※すいません、うちのルーターがおかしくて時間までにアップできませんでした。
エリオットも王子として、日々色々こなさなくてはならない仕事も行事もある。ここのところ書類仕事も視察も激増していて、なかなかに忙しい日々はあの頭にくる地下牢の事を忘れさせてくれた。
そんな彼が強制的にムカつくアイツを思い出さざるを得なくなったのは、たまたまティーブレイクに窓から外を眺めていたら発見してしまったからである。
煙が立ち上っている。どうみても見覚えの有り過ぎる建物のあたりから。
「ああ、今日はいい天気だな……」
「見えます? 殿下、なんか煙が」
「たまにはマーガレットを連れて、丘へ遠乗りなんか良いかもしれんな」
「あれって地下牢のあたりだよな? なんだろう、薪でもくべているような……」
「思えば最近仕事詰めで身体もなまっている。よくないな」
「あれ? こりゃ肉の焼ける臭いだ……おいおい、コイツはなかなか食欲をそそるな」
「よーし、今日は郊外へ出かけよう! マーガレットが来たらすぐに出るからな、厩舎に馬の準備をさせておけ!」
「殿下、聞いてます? またレイチェル嬢がなんかやってますぜ」
「サイクス、殿下がせっかく見えないふりをしているのに……」
半ば義務感でいやいや地下牢まで足を運んだエリオットが到着すると、地下牢の入口で若い男が二人、バーベキューコンロの片づけをしていた。服装を見るに見習い料理人のようだ。
エリオットはそれを無視して牢内へ足を向ける。
「あれ? 殿下、あいつらを問い詰めないのか?」
サイクスが驚いて袖を引くのに対し、エリオットは苦虫を噛みつぶした顔で首を振る。
「どう見ても下っ端だ、あれは。何かがあるのは下がメインだ。それに原因は確実に下にいるからな」
「姉上は牢から出られませんからね」
「だけど殿下。片づけを今すぐ止めないと、俺らの分を焼く前に帰っちまうぞ?」
「貴様の優先順位は飯か!? 飯だな!?」
地下牢の前では、恰幅のいい料理人が鉄格子の中に向かって料理の説明をしていた。
「こちらが本日のメイン、牛フィレ肉のレアステーキ 監獄風になります。私は普段は肉が綺麗に見えるように鉄板で焼くのですが、鉄格子をイメージして敢えて網焼きと致しました。ソースに肉汁を使用できませんが、炭火で直に炙ることで燻られた香ばしさがついて野趣溢れる仕上がりになったかと思います」
一切れ口に運んだレイチェルが弾んだ声を上げる。
「美味しい! このソースは以前お店で食べた物とは違いますね」
「はい。今回はお美しいファーガソン様をイメージして、ビターチョコレートを煮溶かしてソースの柱としております」
「まあ、御上手なんだから!」
和気あいあいとステーキの感想を述べあう客と料理人に、エリオットが声をかけた。
「そろそろこっちの話も聞いてもらえるかな?」
あれ? 何の用? と言わんばかりのキョトンとした顔にももう慣れた。エリオットと側近は視線を交わし合い、軽く頷いたジョージが前に出た。
ジョージは傲然と見下ろし、レイチェルの前の皿を指さした。
「姉上、その料理なのですが……どうやって皿を牢内に?」
「聞きたいのはそこじゃないだろ!?」
料理人が一礼した。
「先に中に入れた皿を助手に持たせておき、肉はトングで載せて中で仕上げを致しました」
「あ、そう来たか!」
「だからそれはどうでもいい!」
ジョージを押しのけ、エリオットが叫んだ。
「レイチェル、貴様に俺は言ったよな!? 出前を取るなと」
レイチェルが口の中の物を飲み込み、素直に頷く。
「はい、お聞きしましたね」
「そうか。では、これはなんだ?」
レイチェルは手元の皿を見た。
「まあ殿下、これは出前ではありませんわ」
「ほう? では何だというのだ」
レイチェルが邪気の無い笑顔で答えた。
「ケータリングです」
「同じだ馬鹿野郎!」
エリオットが目を血走らせて周りを見回す。
「だいたい毎度のことだが、牢番は何をしているんだ!」
そう言った途端に、自分の机に座っている牢番と目が合った。
彼の前には同じ料理がサーブされて、口いっぱいに肉をほおばっているところだ。
王子と目が合ったので急いで飲み込み、にかっと笑って親指を立てた。
「大丈夫っす! 不審な物は入ってやせん! あっしがきちんと毒見してますんで!」
「お前のそれは毒見じゃなくて味見だ!? コイツの料理に何が入っていたって構わんわ! 肉一枚で買収されおって……!」
「いえ殿下、あっしは肉の一枚や二枚で買収されるような男じゃありやせんぜ。きちんとコース料理を最初からいただきやした」
エリオットが牢番を手討ちにしようか悩んでいると、ステーキを片付けたレイチェルがフォークを置いた。
「殿下。私は別に、ただ出ま……ケータリングを取っているんではないんですのよ?」
「いま貴様、出前と言いかけたよな?」
「今度ファーガソン家のパーティがあるので、出される料理の試食をしていたんです」
エリオットのもっともな指摘は無視された。
「僕がいるのに……」
ジョージの悲嘆も無視された。
直後にエリオットが、レイチェルの答えを聞いて爆笑したからだ。
「貴様がパーティ料理の試食!? 自分が出れないのに!? なんだ、協賛の垂幕だけでも出しておくか!? それとも遠くから成功を祈っていますと挨拶文だけの出席か!?」
さんざんやらかしてくれたレイチェルだが、さすがに家のパーティには出ようもない。自分の出れないパーティの下準備をせっせとしている滑稽さ。この間抜けな状況を、レイチェルは自分でわかっているのだろうか?
久しぶりにレイチェル関係で痛快な出来事なだけに、エリオットの高笑いはなかなか止まらなかった。
勝ち誇るエリオットを眺めながら、レイチェルはそっと皿の下に隠した通信文を思い返して微笑んだ。
趣向がお気に召したようで、私も嬉しいです殿下。
当然、貴方もご出席で宜しいですよね?
綺麗に着飾ったマーガレットの可愛らしさに、エリオットはじめ彼女の取り巻きたちは相好を崩した。
「美しいぞマーガレット。花の妖精のようだ」
「まあ、殿下ったら!」
恥ずかしげに睨んで見せる様子も実に可愛らしい。
完成した大人の美貌というより、成長途中の瞬間ハッとさせる危うい魅力が溢れている。幼げを残した彼女の美しさに、デコルテを見せるイブニングドレスは派手過ぎるかと思ったが……むしろアンバランスさがいい!
コレだけ似合うなら贈った甲斐があったな、などと考えてエリオットがニマニマしていると、横に締まりのない笑顔(要するに同じ顔だ)をしたボランスキーが来た。
「素晴らしい美しさですよね、殿下」
「ああ、マーガレットは実に可愛らしい」
「はい、実に。特に肩紐の無いチューブタイプのドレスにしたのはお手柄でございますよ」
「いいだろう? 俺も試着に付き合って悩んだが、敢えてフリルやリボンを抑えて大人っぽいシンプルなデザインもいいかと思ったんだ」
チョイスを褒められて自慢げなエリオットに、ボランスキーがポイントを上げて褒め上げる。
「ええ。ずれ落ちないように締め付けたことで、控えめな胸が強調されて実にいい!」
「……ずいぶん視点が独特だな?」
「そうですか? 普通だと思うけどなー……王国ペタリズム協会会長として、マーガレット嬢にはペタ・オブ・ジ・イヤーを進呈したい!」
「……そんなに、無いと言うほどではないと思うんだが」
「ああ、殿下ほどのお方が何をおっしゃいますか!? ペタというのはささやかながら主張していなくてはいけないんです! 絶壁やまな板なら良いってもんじゃない! この微妙なラインを理解していただかないと殿下、ペタリストとしては二流どまりですよ!?」
「いや、それ一流になったら何かが終わってる気がする……」
と、エリオットは鼻息荒いボランスキーを見ながら言った。
「貴様、家名がボインスキーなのになぁ……」
「ボランスキーです、殿下」
新しくもらったドレスを堪能していたマーガレットが、最後にポーズを決めてからエリオットに駆け寄った。
「エリオット様、本当にありがとうございました!」
「これぐらいなんでも無いさ、マーガレット。君を美しく飾れて俺も嬉しい」
想い人に抱きつかれて鼻の下が延びまくるエリオット。
の幸せが一瞬で砕け散る一言。
「よーし、じゃあこれで、私レイチェルさんに自慢してきます! エリオット様に、とっても優しくしてもらってるって!」
「……マーガレット。なにもあんなヤツにわざわざ見せなくたって……」
マーガレットのプランに消極的な意見を述べたエリオットに、衝撃の返答が。
「でもエリオット様。せっかくレイチェルさんがパーティをしてるんですもの、そこにこのドレスで乗り込んで、エリオット様に愛された主役は誰か、思い知らせてやりたいのですわ!」
“登城中に寄ったら、地下室に次々着飾った来客が入っていった”
そうマーガレットが伝えた情報を受けて、エリオットたちは現場に急行していた。
「くそっ、昼間に気が付くべきだった……」
「そうっすね……レイチェル嬢がおかしな事やって、殿下に被害が出ない筈は無いんだよなあ」
「どういう判断基準だ、それは!?」
地下牢の入口は扉が開け放たれており、中から眩いほどの灯りと楽しそうな騒めきが裏庭にまで漏れていた。
「くそっ、どこのバカが地下牢でパーティなんて……!」
「だって、レイチェル嬢だもんな」
「姉上ですからねえ……」
階段を駆け下りれば、そこには。
昼間のような明るさにまで室内を照らす、横に広いシャンデリア。
夜会というにはラフではあるものの、それなりに着飾った紳士淑女たち。
無かった筈のテーブルがいくつも置かれ、ボーイがどんどん料理をサーブしている。
そして端っこでいつもの薄汚れた作業着に蝶ネクタイを付け、樽からワインをサーブしている牢番。
……牢番。
「おい。貴様!」
「あ、これは殿下」
「殿下じゃない! おまえ何やってるんだ!?」
「アルコール係です。試しに飲んで見ましたが、赤も白もすっげウマいっすよ。ロゼもありますけど瓶で一ケースなんで、早めに飲まないと無くなります」
「そうじゃねえよ!? 貴様は地下牢の管理が仕事だろうが! なんでコイツらが入る前に止めないんだ!」
「いや、だって……」
そう言って牢番は周りを見回し……。
「こんなお偉いさんたちがどんどん集団でやってきて、あっしに止められるとでも?」
「そう言う仕事なんだ、追い返せばいいだろう!」
「でも、招待状があるって押し切られちゃいまして……なんか、言葉が片言の人も多いし」
「はあっ!?」
やたらにハイな人混みをかき分けて、エリオットは楽しそうに談笑していたレイチェルの所へたどり着いた。
「おい、レイチェル! なんだこの騒ぎは!?」
「あ、どうも殿下」
レイチェルも着飾っていた。紺色のイブニングドレスに、控えめながらパールのアクセサリーを付けている。
こんな物を最初から牢屋に持ってくるはずがない。
人を殺せそうな目線で睨むエリオットへ、レイチェルは普通に知人に話しかけるようにおっとりと答えた。
「よく考えたら私、まだ引っ越しパーティをしていなかったんですよ」
「引っ越しパーティ!?」
「でも、私も今、こんな身の上でございますでしょ?」
「それは忘れてないんだな……」
「なので普通の貴族や政治家の方は、王子の手前パーティに来にくいかと思いまして……今日の招待客は、懇意にして下さってる諸外国の大使や聖職者、商人の方々に限定しました」
「気遣いが中途半端!?」
エリオットがぐるっと見回せば、確かに見知ってはいるけど自国の人間じゃない者ばかりだ。正装した聖職者も多い。普通の夜会服で王国語をしゃべっている者もいるが、顔を全然知らないので多分あれが商人だろう。公爵家と懇意ならば、だれもが相当な豪商と思われる。見知っているらしいジョージの顔色が凄いことになっていた。
叫びだしたいのを必死に抑えているエリオットを尻目に、レイチェルは次々と招待客の挨拶を受けて親密そうに盛り上がっている。一人鉄格子の向こうにいるのに誰も気にしていない。むしろエリオットたちの方が地平線の彼方にいるかのような疎外感を覚えていた。
「レイチェルめ……!」
外国人に財界人に宗教界。つまり、今ここにいるのは王子の権力では黙らせられない者ばかりだ。牢番が押し切られたのも訳はない。
そんな連中がこの状態を見て、レイチェルとエリオットのどちらの肩を持つか言うまでもない。向こうはパーティでスマートに立場を訴えているのに、自分が杓子定規な対応をすれば逆効果だ。
歯ぎしりで音が出そうなエリオットの前で、レイチェルと豊かな白髭のジジイがなんだか盛り上がり、楽しそうにグラスを打ち合わせた。
「プリズンイエーイ!」
「イエーッ!」
ハイテンションに雄叫びを上げる二人に思わず食ってかかるエリオット。
「おい! 牢屋の何が楽しいんだ、コラ!」
「待って! ダメです殿下、抑えて! あの人枢機卿です、喧嘩売っちゃ駄目です!」
必死に止めるジョージに引っ張られ、エリオットは悔し涙を飲んで引き剥がされた。
「くそう、コイツらになんとかレイチェルが悪いと訴えられないものか……」
「あとでそれぞれに立場を説明しに人を派遣するしか……しかしこの人数、誰が来ているんだか覚えられるかな……」
盛り上がるパーティ会場の片隅で、ワイン樽に隠れながらボソボソ相談しているエリオットとジョージの様子に。
ふんっ、と鼻息を荒くしたマーガレットが立ち上がった。
「エリオット様、あたしが説明してきます!」
「マーガレット!?」
「だっておかしいじゃないですか! 正義の味方のエリオット様が、悪い筈のレイチェルさんにしてやられるなんて!」
「してやられる……」
その通りだけど、マーガレットに言われると……。
へこんでいるエリオットをジョージが慌てて介抱している間に、マーガレットはずんずん歩いて行って端にあった箱の上に立った。
「みなさーん、聞いてください!」
マーガレットのパーティ中とは思えない呼びかけに、何事かと来場者の視線が集まった。
「みなさん、なにを言われたか知りませんが、ホントは悪いのはレイチェルさんなんです! エリオット様は私を助けるために、敢えて婚約者のレイチェルさんを断罪して牢屋に入れたんです! 騙されないで!」
一瞬、シンとした会場。
物音のしない中、箱の上で胸を張ったマーガレットがふんぞり返る。
数秒で音が戻った。
エリオットの歓迎しない方に。
「ワハハハハ!」
「イッツァ・ナイスジョーク!」
「プリズンイエーッ!」
酒が回り過ぎて何かの余興だと思った観客たちに拍手喝采され、なんだかよく判らないけどヘコヘコ周りに頭を下げて回るマーガレットの様子が余計に説得力を無くしている。
しまいには、マーガレットも騒ぎに引きずり込まれて一緒に乾杯していた。
「プリズンイエーイ!」
「イエーイ!」
料理をお皿に山盛りにしながら目をキラキラさせてマーガレットが戻ってきた。
「エリオット様、やりましたよ!」
「ああ、そうね……」
全然効果が無かったとも言えず、萎れるエリオットをマーガレットは口いっぱいに御馳走を頬張りながら不思議そうに見つめた。
ジョージが気付いた。
「あれ? サイクスは? 一緒に来たのに」
牢番が新しいワインを注ぎながら会場の真ん中を指す。
「騎士の兄ちゃんなら、最初からパーティで盛り上がってますぜ」
昼間食べそびれた料理と美味しいワインに、テンションのあがったサイクスはどこの誰かも知らないおっさんと盛り上がっていた。
「いいなあ、毎日やらないかな」
「ワハハハハ ミーツゥー!」
「俺もだ!」
サイクスと隣の大国の大使はグラスを打ちあわせた。
「プリズンイエーッ!」
ご連絡
:16と17でジョージの状態が矛盾してました。ごめんなさい。気が付きませんでした。
あとでマーガレットだけに書き直します。
:多数の方に「いいにする」とはなんぞやとご指摘いただきまして、慌てて確認を取りました。
「いいにする」は「良しとする」に語意の近い、静岡県・山梨県にしかない方言でした。いわゆる甲駿遠地方、別名「関東にも東海にもハミ子にされてるブラザーズ」独特の言い回しのようです。
生まれてこの方数十年、標準語もしくは全国区の言葉と信じて疑いませんでした。びっくりしています。友人知人に聞いたら誰もが同じでした。ちょっと周りがパニックになってます。
単純に「良しとする」にしてしまうと語感が変わるかもなので、連載が終了しましたら文意を考えて置換を致します。