12.令嬢は奉仕活動をする
サイクスが歩いていると、向こうから神父に連れられた小さな子供たちがぞろぞろやってきた。
「おにいちゃん、こんにちわ!」
「おう、こんにちわ!」
「おじちゃん、こんちゃ!」
「ぶっ殺すぞガキャ」
行列と行き過ぎて、はたと考えた。
あれ? なんで孤児院の子供が城内を歩いてんの?
振り返ってみると、子供たちはぞろぞろと一つの扉へ入っていくところだった。すでにお馴染みの、レイチェルが入っている地下牢への扉。
「……おい、またなんか始まったぞ」
サイクスの通報を受けて、またもや緊急出動させられたエリオット王子たちは急いで地下牢への階段を駆け下りた。そこには……。
「むかーしむかし、ある所に。花の王国と呼ばれる小さな国がありました」
鉄格子を挟んで地べたに座る子供たちへ、レイチェルが絵本の読み聞かせを行っていた。
薄暗く日の光が差し込む石造りの無機質な部屋の中で。木箱の山と大峡谷の壁画に挟まれ絵本を開く少女と、ワクワクしながら一心に少女の手元を見つめる数十人の幼児たち。 そしてあいだに鉄格子。
「なんなんだ、この空間!?」
思わず叫んだエリオットを子供たちが振り返り、しかめっ面で唇に指を当てて“静かに!”というゼスチャーをする。
「……俺が悪いのか?」
納得がいかない顔でエリオットが横のジョージに聞くが、ジョージにしたってそんな事を聞かれても答えようがない。
「なんか、奴隷商の倉庫みたいだな」
頭に浮かんだ発想を呑気に口に出すサイクスをエリオットが睨んだ。その発想で言ったら役どころはエリオットが奴隷商でサイクスは管理係兼用心棒、ジョージが番頭と言った所だろうか。
それではエリオットが悪でレイチェルが悲劇の主人公になってしまう。そんなろくでもないストーリーは認められない。
とはいえさっぱり状況が判らないシチュエーションに、自分たちだけでは答えが出てこない。中断させられた子供たちのブーイングを背に浴びながら、ジョージがレイチェルに聞いてみた。
「……姉上、これはいったいどういう状況なのですか?」
嫌そうに聞いてくる愚弟に、朗らかに答える見た目聖女なレイチェル。
「まあ、貴方に聞かれるとは思わなかったわ。いや私ね、毎週慈善奉仕で孤児院を廻っていたのよ? でも今はこんな身の上だから、中止せざるを得なかったんだけど……嬉しいわよね、子供たちが会いたいって面会に来てくれたの」
言外に『おまえ姉の何を見てたの!?』という非難と『王子のせいで慈善活動がストップしたんだぞ!?』という非難と『いたいけな子供たちに気を使わせやがって!』という非難がコンボで含まれている器用な返答に、王子たちはうっ、と詰まる。
そんな彼らを置いといて、レイチェルは慈母の笑みで子供たちへ向き直り、絵本の続きを読み始めた。
「花の王国には一人の王子様がいました。
金髪の美しい王子様で、女の子はみんな王子様に夢中です。
でも、王子様は見た目はカッコいいのですが……たいそうおバカで、どうしようもない女好きだったのです。
家来にいくら言われても、お勉強もお仕事もしない王子様。
市民にバカにされても、ふらふらふらふら浮気ばかりの王子様。
かわいい女の子を追いかけてばかりで毎日遊んでばかりです。
仕事をしない王子様。家来はみんな大弱り。
家来も市民も冷たい眼で見ているのに、色ボケ王子様は判りません。
怒った市民はとうとう王子様を捕まえました。
みんなでお説教をしましたが、それでも懲りない王子様。
何が悪いのか判らない王子様を、とうとう家来も見放しました。
さあ、王子様の運命は?」
レイチェルの問いかけに、目をキラキラさせて聞いていた子供たちが一斉に。
「王子様は首ちょんぱっ! 王子様は首ちょんぱっ!」
子供たちの楽し気な合唱に、レイチェルもにっこり笑って。
「そうです、王子様は広場に引きずり出されて首ちょんぱ! ダメな王子様はギロチンで死刑になりました!」
「わあぁぁぁぁぁい!」
「ちょっと待てえぇぇぇぇぇっ!?」
エリオットは鉄格子の向こうとこっちでキョトンとしているレイチェルと子供たちの間に割り込んだ。
「お前はどういう本を読み聞かせているんだ!?」
「なにかおかしかったですか?」
「なんでおかしくないと思えるんだ!? 陰惨な内容すぎるだろう! しかもあてこするような内容の本をよくもまあ探してきやがって……」
「あら」
レイチェルは曇りのない笑顔でほほ笑んだ。
「殿下はなにか、身につまされる覚えがあるんですか?」
「くっ……!」
明らかに判ってやっているレイチェルの張り付いた笑顔と、よく判っていない子供たちの訝し気な顔。事情を理解していない子供たちの前で罵倒するわけにもいかず、わなわな震える指を鉄格子越しにレイチェルに突きつける。
「俺の事はどうでもいい! この本どう考えても教育に悪いだろう! もっとマシな本は無かったのか!?」
「あら、よくある物語の本を読んであげていただけじゃないですか」
「よくある内容か!? 浮気だのギロチンだの、子供に読ませる内容じゃないだろう!」
レイチェルが手元の本をひっくり返した。どう見ても子供向けの絵本だ。
「別に普通じゃないですか。勧善懲悪を目的にしたフィクションですよ? 子供に読み聞かせるにはちょうどいい題材ですよ」
「チョイスに悪意がある! どう考えても俺にあてつけてるだろう!」
カンカンのエリオットに対して、のらりくらりとへらへら笑うレイチェル。
「まあ殿下、浮気をされていましたの? それはギロチンものですねえ」
「貴様、よくもぬけぬけと……そもそもお前がマーガレットに嫌がらせをしたからだろうが! 逆恨みを恥じろ、魔女め!」
頭に血が上って最後の方は大声になってしまった。レイチェルを怒鳴り付けたエリオットがハッと気が付くと、後ろで子供たちが囁いている。
「何あのお兄ちゃん、怒鳴ってばっかで嫌な感じ」
「御本の王子様に似てるよね」
「あー、そういえばこのお兄ちゃんも金髪だよ?」
「浮気して遊んでばっかなの?」
「やーい首ちょんぱ」
多分聞こえよがしなんていう悪意もないのだろう。思ったことを言っているだけな分だけ、余計にグサグサ突き刺さる。
「くそう!? 貴様ら、俺はちゃんと仕事しているからな!? 遊び歩いていないからな!?」
「子供に何を言い訳してるんですか……」
「言い訳じゃない! ホントだぞ!?」
「お兄ちゃん、焦ってる~」
「お兄ちゃんも首ちょんぱ?」
完全にアウェーな空気に押されて、エリオットたちは後ずさる。まさか子供たちの方とやり合うわけにもいかない。
絵本を楽しんだ子供たちはレイチェルを取り囲み、楽しそうにはしゃいで大きなビスケットを受け取っている。なんで牢に入っている方が差し入れを渡しているんだろう、とエリオットはぼんやり考えた。
何を言うにも子供たちの前では分が悪い。エリオットたちは出なおす事にした。
正義の味方は自分たちなのだ。それが子供たちを蹴散らして、目の前でレイチェルを締め上げるわけにもいかない。
苛立ちを込めて床を踏みつけながら出て行こうとしたエリオットたちへ、レイチェルが絵本を差し出した。
「殿下たちもこういう本を普段から読んで、読み聞かせの練習をされるといいですよ?」
言外に奉仕活動ぐらいしたら? という皮肉をひしひし感じるが、もう幼児の視線に晒されたくないエリオットは絵本をひったくってさっさと地下牢から出て行った。
執務室へ向かいながら、エリオットはしきりに悪態をつく。
「くそっ、レイチェルめ! 毎度毎度厭味ったらしい事ばかりしやがって! 俺が何も慈善をしていないかのように子供たちの前である事ない事……」
「子供があんなにいると怒鳴れないですよねえ……殿下“ええかっこしい”ですもんね」
「うるさいっ!」
エリオットがサイクスを殴る横で、ジョージが絵本を眺めた。
「こんな童話聞いたことが無いな……どこの国の物語なんだ?」
ページをパラララッと早送りし、奥付を見た。
“ E王子へ愛をこめて 作・絵 R・F ”
「これ、姉上のお手製だ……」
「畜生、何がよくある物語だ!? 思いっきり俺への当てこすりじゃないか!!」