《6》
そこからは無我夢中だった。自分でもどういう行動を取ったのか、はっきりと覚えていない。身支度もそこそこに部屋を飛び出し、実家であるアパートに辿り着き、待機していた刑事に連れられ車の中へ。
そこで、父の死について詳しく知らされた。
父は自室で、首吊り自殺を図ったのだという。
発見のきっかけは、父の会社の同僚による通報。些細な遅刻さえしたことのない仕事人間だった父が会社を無断欠勤し、不審に思った彼はすぐに電話を掛けたそうだ。だが父が電話に出ることはなく、翌朝――今朝になっても連絡が取れなかった。
父の両親は既に他界しており、娘である私に電話を掛けたものの繋がらず、警察に通報することにした。遺体が発見されたとき、死後丸一日も経過していなかったという。
父は遺書を残していた。そこには「妻を殺害し、遺体を遺棄した」という内容と、謝罪の言葉が記されていた。
「そんな……。どうして、今になって母のことを……」
「由美子さんにとって、二重のショックになるかと思いますが――」
遠慮がちに前置きすると、刑事は詳しい説明を始めた。
一週間前、実家であるアパートから三十キロほど離れた山中で、白骨化した遺体が発見された。死後かなりの年月が経過していたものの、少ない分析結果から、それが私の母である可能性が浮かび上がったのだという。白骨遺体には複数の陥没痕があり、他殺の疑いが強くなった。殺害した妻の遺体が発見され、罪に問われることを恐れて首吊り自殺をはかったのだろう――それが警察の見解ということである。
父が、母を殺害した。正直〝今さら〟という感情しか沸いてこなかった。私にとってそれ以上に重大なことは、最愛の父を失ったということ。
心を抉られるような事実に、身体は〝信じたくない〟という拒否反応を起こしているようだ。震えが止まらない。
だが――呼吸を止めた父の姿を見た途端、震えは止まった。ただ呆然と、横たわる父を見つめることしかできない。自身の許容範囲を超えたとき、頭の中は文字通り真っ白になるようだ。
沈黙。静寂。虚無。
それらがふさわしい表現なのか分からない。永遠に続きそうな居心地の悪い空気の中、微かな声で父を呼んだ。
その瞬間、音のない世界が壊れた。もう二度と、父が目を開けることはない。硬直した身体を抱き締め、むせび泣いた。周りの迷惑を考えるような気持ちの余裕はなかった。
私が父を殺したようなものだ。私が東京になど行かず傍にいれば、父の自殺を止めることができたかもしれないのだから。
父が死んだのは、私のせいだ。
――ワタシノ、セイダ――
その言葉を意識した途端、脳を突き刺すような痛みが走った。
「由美子さん! しっかりしてください! 由美子さ――」
刑事の声は、あっという間に遠ざかっていった。