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甘い記憶  作者: 愛莉
4/8

《4》

 夏休みまで一週間を切った日曜日。まだ午前十時をまわったばかりだが、じわりと汗が滲むくらいの室温だ。扇風機の風を浴びながらテーブルに向かい、ペンを手にする。この夏休みが、大学に入学してから初の長期休暇だ。せっかくだからゆっくり帰省ができたらいいなと思いながら、アルバイト先に提出するためのシフト希望表を眺めた。


 お盆休み期間は忙しいため、出来るだけたくさんの人に出勤してほしいと言われている。だが父の会社の夏季休暇も、お盆休み期間と合致していた。父が毎日仕事をしている期間に帰省しても、学校のない私は暇になってしまうだけだろう。アルバイト先には申し訳ないが、やはりお盆休み期間は欠勤にしよう。そんなことを考えながら、希望の日時を記入していく。


「――由美子、ちょっといい?」

 ドアの向こうから聞こえた声に、「はーい」と返す。カチャッとドアが開き、グラデーションカラーのワンピースを着た晴香が顔を覗かせた。


「これから買い物に行かない? いつものスーパー、特売らしいんだけど」

「いいよ。すぐ支度するから、ちょっと待ってて」

 書きかけのシフト希望表をファイルに挟み、服を着替える。晴香と一緒にアパートを出ると、徒歩十分ほどの距離にあるスーパーへ向かった。


「晴香は夏休みの帰省、どうするつもり?」

「まだ何も決めてないよ。由美子は?」

「私は一週間くらい帰るつもり」

「あんまり長く帰っても、やることがないだろうしね。夏休みは稼ぎ時だからたくさんバイトを入れたいし、テニスサークルで合宿の話も出てるし、彼氏と会えなくなるのも寂しいし……帰らなくてもいいかも」

 おどけるように、晴香は肩を竦めた。


「由美子のお父さんは、帰ってくるのを楽しみにしてるんじゃない?」

「まぁね。一週間くらい前にメールしたとき、『夏休みに行きたいところがあったら、どこでも言ってくれ』って言ってた」

「そっか。愛されてるよね、由美子」

 照れ臭くなりながらも、「一人娘だからかな」と返しておいた。



 スーパーに着くと、晴香は携帯電話のメモ欄を開いた。今日、買うべきものが記されている。食事のメインとなる肉や魚、無くなりかけている調味料類、パンにつけるためのジャム、そのほか特売になっているもの。


 売り場を順にまわって必要なものを買い物かごに入れていき、最後、ジャムを取りに向かった。フルーツジャムの数々が陳列されているコーナーを眺める。


 そこでふと、ハチミツのチューブが目に入った。昔、母が買ってきてくれていたものと同じメーカーのものだ。イメージキャラクターである可愛らしいミツバチのイラストがプリントされており、小さい子供は喜ぶのではないかと思う。私もその一人だった。


「何を見てるの?」

「別に、何でもないよ」

 誤魔化したものの、晴香は私の視線の先に気付いたようだった。


「そういえば由美子、ハチミツ嫌いだったよね」

「嫌いというわけじゃないんだけど……トラウマみたいなもの、かな」


 母がいなくなってから、ハチミツを口にすることはなかった。父は甘いものが苦手で、ハチミツやジャムの類は、ほとんど家に置かなかったのだ。私や母が好きだったハチミツパンを食べたこともないと思う。

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