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甘い記憶  作者: 愛莉
2/8

《2》

 父は七歳だった私に「お母さんは虹を捜す旅に出掛けたんだよ」と言い、当時はそれを信じ込んでいた。だから母がいないことに疑問を抱くこともなく、少しの寂しさを感じながらも父と生活していた。


 だが、そんな嘘をいつまでも信じ続けるはずがない。成長した私は真相を父に訊ね、そこで「母は行方不明になっている」と聞かされた。


 十二年前のある日、父が帰宅すると、私が独りぼっちで留守番をしていた。父はすぐに母の携帯電話に発信したが、繋がることはなかった。


 母が帰宅したら「遅くまで子供を置いて出掛けるな」と注意するつもりだったものの、深夜になっても帰らない。母の実家や知人に連絡を取ってみても、母の居所は分からなかった。おかしいと思い捜索願を出したものの、母が発見されることはなかった――。父から聞いた話を簡潔にまとめると、このようになる。もちろん、十二年経った今も状況に変化はない。


 言葉に出すことはないが、父は諦めてしまったのではないかと思う。私の方も、父の荒唐無稽な嘘を信じていた期間があったためか、悲しみにくれる時間は少なく済んでいた。それに、母に関する記憶は少ない。小学二年生までのことなど、ほとんど覚えていないというのが現実だった。


 大好きだったハチミツパンのこと。

 優しくて美しい、母の笑顔。


 そのくらいしか――作文の中に書かれていることくらいしか、母に関する記憶は残っていないのだ。というよりも、あまり思い出さないようにしていたのかもしれない。必死に私を育てようとしてくれている父を悲しませたくない、心配させたくない、そんな思いが私の心に蓋をしてきたのだと思う。


 父は不慣れな家事と忙しい仕事を両立させ、ここまで私を育ててくれた。母の失踪から十年以上経った今も恋人など作る気配はなく、私に愛情を注いでくれている。だからこそ、東京の大学へ進学したいという私のワガママも許してくれたのかもしれない。恥ずかしくて言葉には出せないが、私の幸せを一番に考えてくれる優しい父を誇りに思っていた。



「――由美子」

 後ろから聞こえた声に振り返ると、開け放したドアの向こうに父が立っていた。その手にはペットボトルのお茶が握られている。


「荷作りは進んでるか?」

 手にしている作文を収納ケースにしまいながら頷く。父は部屋に入ってくると、しゃがみ込んでいる私にペットボトルを手渡してくれた。礼を言いつつキャップを捻り、お茶に口をつける。


「そろそろキリをつけたらどうだ? 夕飯の支度もできてるから」

「もうそんな時間?」

 壁に掛けられた時計に目をやると、午後八時を回ろうとしていた。


 父と一緒にキッチンへ向かう。キッチンと言っても、リビングの中にある、ほんの小さなスペースだ。母が失踪する前、私たち家族は二階建ての一軒家に住んでいた。その数年後に家を売り払い、今のアパートに引っ越した。忙しかった父が家じゅうを掃除する手間を省きたかったのと、悲しみに暮れた心を自然で癒したいという思いがあったという。元々住んでいた家は駅の近くであり、深夜であってもネオンがチカチカと眩しい場所だった。

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