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【短編版】刀剣少女カオリ~俺は魔法少女じゃない~

作者: 佐高広豊

 この世には世間一般から認知されていない存在がいるなんて話があったら信じるか?

 俺だったら信じないな。

 なぜなら認知されていないのだから。存在を見たこともなくて、ましてや漫画や小説の話なんだから。


 でもそれを認知してしまったら? そういう存在が本当にいて事故や事件を起こしていたらどうする?

 戦うか、その存在に一生怯えて生きていくかだ。

 そしてある日俺は知ってしまって、しかも戦う力を得たんだ。


 親友や家族を守れるなら俺は戦う。

 正体は知られたくないけどな。



 学校から家に帰る途中で、嫌な気配を感じて俺は立ち止った。気配っていうか寒気がしたからなんだが、周りも薄暗くなった気もする。時間帯的にはまだ明るいときなのにだ。


 不気味に感じながらも家に向かって歩いていると、左腕に衝撃が走り、壁に激突した。何が何だかわからず、左腕を見るとありえない方向に曲がっていた。


「!? っああああ」


 熱い、痛い、それに肺の辺りも同じ痛みが走る。これが肋骨が折れたってやつなのか。それだけ強い力で吹き飛ばされたのだろう。


 顔を上げると黒く醜い化け物がいた。大きさは人と同じだが夜叉の面のような恐ろしい顔。手と足は黒い体のいたるところに生えていて、隙間から細長い触手のようなものが伸び、蠢いていた。


 本能的にこいつはまずいと感じる。急いで立ち上がり左腕と肋骨の痛みを気合で無視して壁伝いに家へ向かって早歩きする。


 その瞬間に強烈な音の後を見ると地面が抉れていた。おそらく触手で殴ったのだろう。左腕もそれに違いない。二度も食らったら動けなくなって止めを刺されるか即死する。


 何も考えず家に向かうのは自分でもわからないが家に行けばなんとかなる気がするからだ。それが甘い考えだというのは左腕と肋骨の痛みが教えてくれているが。


 幸いかどうか知らないが、あの化け物は足が遅いらしい。触手の範囲外に出たらしく、振り返ってみると身体中の手足をもぞもぞと動かしてかなりゆっくりとこちらに迫っている。あのちぐはぐな体なら当然だろう。


 その間に俺は家の敷地内にある倉庫に駆け込み扉を閂を差し奥の壁を背にして座り込む。


「逃げ込んだのはいいけど、これは悪手じゃね」


 化け物は足が遅い。これを利用して誰かいるところに行って助けを呼べばよかったのに。いや、あんなのをどうにかできる人間は近くにいないだろう。


 重装備とか銃火器とかそれこそ魔法みたいなファンタジーみたいな力じゃないと倒せないだろう。ファンタジーって言ったらあの化け物の存在がホラーファンタジーか。


 下手に助けを呼んで誰も敵わず殺されるなら狙われている俺がここで立てこもってほかの誰かを襲わせないようにするしかない。そんなかっこいいこと思ってるけど、できることなら倉庫に逃げ込んだ俺を見失ってどっか行ってくれるのが自分の命的にはいいんだけどな。


 しかしあいつのせいかなんなのか空気が変わってからなぜか人っこ一人見ていない。家がある倉庫に逃げ込んで家族は平気なのかというと、俺には両親がいなくて千代(ちよ)婆ちゃんしか家族はいない。その婆ちゃんは今は老人会でおしゃべりしているだろう。だから家族が狙われるところは今のところないわけだ。


「ああここで終わりか。まだしたいことなんもしてないのに」


 扉が大きく揺れる。あいつが来たのだろう。


「千代婆ちゃんより先には逝くつもりはなかったんだけどな」


 さらに強い衝撃、閂が壊れそうだ。


(たける)の女性恐怖症、なんとかしてやりたかった」


 倉庫全体が揺れる。閂が壊され扉が破られた。醜い化け物の姿が現れる。


「だけど俺はな、やられたらやり返すってのが信条でな。それでも無理ならせめて一矢報いねえと気が済まねえんだよ」


 壁に手を当て立ち上がりながら化け物を見据える。正直あまりの痛さで意識が飛びそうだし足もふらふらだ。けど、なんもしないまま死ぬのは嫌だという根性で俺は意識を持たせている。


 触手が高速で俺のほうに飛んでくる。

 アドレナリンか、それとも死に際のせいか、ひどく遅く見える。

 俺は横に軽く体をそらして回避した。


 うまくいった、だが俺の体力じゃ体が持たず、バランスを崩し倒れる。さらに避けた触手が倉庫を殴ったせいで倉庫の中身が崩れ落ちてきた。ほとんど倉庫の中身ががお札のような物だったので、転倒の痛みはなくなった。


 だがこれはまずい、これでは触手に狙ってくれと言っているようなもんだ。慌てて右腕を動かし、落ちたものでなにかないかと探る。お札ばかりで奇跡を願うようなものだが希望に縋るしかない。


 化け物は近距離でとどめを刺したいらしい、ゆっくりとだが確実に倉庫の入り口へと迫る。


「ん、これは刀か」


 お札に埋もれていた中に鞘と鍔、柄があるのを感じた。せっかく見つけたけどよく考えればすでに詰んでいる。体力も限界で身体はふらふら、肋骨と左腕も折れてて動かせない。ならもう駄目元で刀を抜いて最期の力を振り絞って化け物に切りつけてみるか。その前に触手に貫かれそうだが。


 左腕は使えないので足で抑えて柄を持つ。一気に引き抜くと刀身からどんどん光が溢れだしついには圧倒的な光量が俺の視界を埋め尽くした。光が収まると俺は鞘を抑えたままで動いていなのに周りのお札が消えていた。それだけでなく体が軽く、左腕も治っており、肋骨の痛みもない。


「一体何が?」


 俺の格好は女物の着物になっていた。


 色は紫陽花を想起させる淡い紫色。邪魔になりそうな振袖。丈は異常に短く膝よりかなり高い位置にある。白く健康的に見える脚には女子が履くような二―ソックスってやつを身に着けて草履を履いており、動いても脱げないようにするためか紐で固定されている。そして胸には感じたことのない重みがあり、触ると柔らかい。


「なんじゃこりゃあ!」


 おもわず叫ぶが甲高い声になっていて俺が女になったことを際立たせる。その驚きのせいで化け物のことを忘れていたが、さっきの光のせいか倉庫から大分距離をとり夜叉顔を触手で覆い悶えている。体中から生えている手足も蠢いているので気持ちが悪い。


 今なら殺れるのではないか。


体はずいぶん変わったが左腕と肋骨は治り力が溢れている。手元には武器である刀もある。俺は剣道をやったこともないので竹刀を持ったり振ったこともない。ましてや真剣なんてもってのほかだ。だけどやれる自信があった。というかやらないとこちらが死ぬ。


 覚悟を決めると同時にやつの態勢も元に戻ってしまった。動きが少し素早くなって怒っている、気もする。

 

 だが問題ない。


 頭の中に化け物を切るイメージが浮かんでくる。

 俺は刀を抜き放ち、鞘を帯に差して歩き出す。

 怒る化け物はさっきより速く触手を飛ばしてくる。

 それを避けずに刀で切り払う。何の抵抗もなく切れた。

 断面から黒い飛沫が吹き出し、醜い悲鳴のようなものが響き渡る。あれって一本一本神経通ってんのかよ。神経あんのかわからないが。


 化け物はゆっくり後退しながら何本もの触手を乱雑に振るった。

 当たらないものは無視してこちらに振るわれたものは切り落としながらどんどん化け物に近づく。もともと奴は足がひどく遅いのですぐに追いつく。


 「刈る側から刈られる側についた気分はどうだ?」


 俺は化け物の正面に立ち問いかける。化け物の身体に生える触手は全て切り落とした。残っているのは夜叉の面みたいな顔と不気味に蠢く手足たちだけ。

 しかし化け物の様子が変だ。全身をわなわなと震わせている。悔しくて震えているのか?

 遠慮なく切ろうとすると顔からひときわ太く速い黒い触手が伸びた。


「ぐっ」


 刀で反らしたがそれでも脇腹を抉られた。ちくしょう、攻撃手段をなくしたと思わせて口から触手出すとかまじでホラーファンタジーの敵じゃねえか。それに気分はどうだとか聞いといてこの様とか情けなさすぎる。よろけながら化け物を見ると勝ち誇ったように口から出た触手を振り回す。

 すごく、気持ち悪いです。 


 傷はなかなか深く血がとめどなく溢れ出す。さっきのときより怪我がひどくないか。それでも痛みはあまりなく、それどころか肉が焼けるような音を立てながら煙が出てどんどん修復していった。


「おいおいなんなんだよ、こんなのおかしいだろ」


 一緒に抉られた着物も治ってきれいさっぱりなかったことになっている。正直自分がどうなったかわからないのが恐いがとりあえず目の前の化け物をなんとかするのが先決だ。


 今の一撃で俺に致命傷を負わせたことで勝利が確定したと思っているのか変わらず触手を振り回し歓喜に踊っている? ようだ。あほみたいに振り回すせいで視界も埋まっているらしく、完治した俺に気が付いていない。うん。やはりどう見ても気持ち悪い。人間の嫌だと思うところ全て体現しているようだ。


「勝負はまだ決まってないのに調子に乗ってんじゃねえよっ!」


 口から出ている触手を上段からの振りおろしで断ち切り飛沫を浴びないように後ろに一歩下がる。身体の触手を切った時よりも多く黒い飛沫を吹き出し悲鳴のようなものも大きかった。


「さて、そろそろ終わりにするぜ」


 俺は刀を持ち直し化け物に向かって飛び出す。

 顔に刀を突き刺し、そのまま飛び上がり、一回転しながら化け物の後ろに着地した。

 

 数秒の間


 醜い悲鳴とともに化け物の身体は二つに分かれ、遅れて断面から黒い液体が噴き出した。

 しばらく液体をまき散らした後、辺りに飛び散った黒い液体ごと塵になり消えて行った。


 「ふぅ、終わったか」


 刀を帯の鞘に納めて一息吐いた。化け物が消えた後薄暗かった周りが元の明るさに戻った。 



 「……これが俺?」


 化け物退治をした後俺は自分の部屋に戻り鏡を見ていた。倉庫の整理は後でするとして自分の容姿が気になっていたのだ。戻り方もわからないし、もしかしたら一生このままかもしれないのでどんな顔か見たかったのだが、これがまた予想以上に可愛いじゃなくて美しい系の見た目だった。


 髪は男の時よりは少し伸びただけのいわゆるショートヘアだったが、艶とか質感が比べものにならないくらい良かった。

 戦う和服美人とか結構俺好みだけど、自分がなるのとかは勘弁願いたいところだ。


「戻れるのかこれ?」


 変わった時はあの化け物をなんとかしたい思いいっぱいで刀を引き抜いた。なら元に戻りたいと思って刀を戻すとかなのか。とりあえず実践のため刀を抜く。そして元に戻りたいと軽く念じながら刀を鞘に納めるがとくになにも起こらない。嘘だろ。このままなんてありえない。そんな強い思いで刀を握りしめると光が溢れ視界が埋まる。


 視界が戻り、鏡を見ると見慣れた自分の顔があった。服も制服に戻っている。おそらく玄関に脱いでおいた草履も靴に変わっている、と思う。やはりというか左腕と肋骨の骨折もない。


「ああ、よかった。本気でなりたいって思わないとだめなのか。まだよくわからないな」

「薫大丈夫かい!」


 安堵していると慌てたような声を出して俺の唯一の家族である千代婆ちゃんが帰ってきた。ちなみに俺の名前は刀花薫(とうかかおる)だ。名前に刀がついていて本当に刀を振るうとは思っていなかったけど。


 刀はどうしよう。部屋に置いとくのも邪魔だしなあと思うと刀が小さくなり、ネックレスとして首にかけられるようになった。これはつまり肌身離さず身に着けていつでもあんなのと戦えってことですか。これは変身とは違い気軽に変わるようだ。


 とにかくそういうのは全部後だ。なんか俺のことを心配しているみたいだし早く婆ちゃんの元へ行こう。



「無事だったか」


 明らかに俺を見てホッとしている千代婆ちゃん。なにか知っているかもしれないけど、俺が勝手に倉庫の刀を使ったことでなにか言われるかもしれないし、そもそも女に変身したなんて恥ずかしくて言えないのでここは誤魔化しておこうか。


「どうしたんだ婆ちゃん、そんなに慌てて。別に無事だとか大丈夫とか言われるようなことは起きていないけど」

「はあ、そうかいな。倉庫の中がほとんど空になってたけど何もなかったんだね」

「えーとそれは、いや間違って中身ぶちまけちゃってさ紙が全部外に飛んでいちゃったんだよ。うん」

「へえ……まああんたが無事だったならそれでいいさ。あたしはいつでも暇だから話し相手が欲しかったら言うんだよ」


 千代婆ちゃんはいぶかしげな顔をしながらも奥の部屋に入っていった。


「ありゃ絶対なにか知ってんな。けど俺も本当のことまだ話す気にはならないし、詳しくはまたいつか話す気になったらだな」


 実は今日のことは夢でした、なんてことがあるかもしれない。そういや宿題があった。化け物のせいで忘れるところだったぜ。化け物め、ここまで影響を与えるとはけしからんなと思いながら俺は部屋に戻った。



 翌日の放課後。もちろん宿題はきちんとやった。俺の成績は中の中、つまりど真ん中あたりの普通ってやつだ。


 普通に学校へ行って普通に授業を受けて、普通に親友である斉藤武(さいとうたける)や他の友人たちと話したりしてとくに変わった様子もなく、いや今日は少し変わっていたか。


 俺のクラスのクラス委員長である岬奈菜(みさきなな)からよく見られていた気がする。いつも視線を感じてたんだが、今日は視線がないときはないくらいだった。


 嫌な視線でもないし、そもそも本人に言って自意識過剰なんじゃない? って言われたら結構心に来そうだから聞かないが。


 それくらいしかないので昨日の化け物との戦いはやっぱり夢だったんじゃないかと思い始めていた。


「おい、薫。お前今日大丈夫か?」

「いや突然なんだよ。別にいつも通りのつもりだけど」

「ああ、いや親友の勘ってやつだ。なんとなく昨日のお前と比べて今は悩みがあるのかなってな」


 さすが小中、そして今の高校でも全てクラスが同じで付き合いが長いイケメンだ。でも千代婆ちゃんにも話していないことを武に話すわけにもいかない。


それにこいつは昔に女子とトラブルがあって女性恐怖症なのだ。俺が女になるなんて知ったらどう思うだろうか。


「話したくないなら仕方ないな。俺はいつでも薫お悩み相談所開いてるから気軽に来い」

「なんだよそれは。まあどうしようもなくなったらそこへ行ってやるよ。それじゃまたな」


 分かれ道に差し掛かり武と別れる。それからしばらく歩いていると、昨日と同じ寒気を感じた。だが、周りは暗くなっていない。まさかと思い分かれ道まで引き返すと武が通る道の先から暗くなっている。


 このままだと武があの化け物に殺される? そんなのは許せない。俺は偶然あの力が家の倉庫にあっただけで、武にはそんなものはないはずだ。それに一人であんなのに襲われて死の恐怖を味わうのは俺だけでいいんだ。俺は武がいる場所へ駆け付けた。


 時間はたいして経っていなかったので、武にすぐに追いついたが、やはりというべきか昨日俺が倒した化け物とは少し違う形をしたものが武に迫っていた。


 そいつは大きさと顔、触手を持つのは同じだが、手足の代わりに耳と目がびっしり体中についていて、俺が見たものよりもさらに不気味だった。化け物に足をやられたのか武は身動きが取れず逃げることができない。


 ちょうど武からは俺の姿は見えておらず変身するのには都合がいい。目の前で親友を殺させるわけにはいかない。俺は武を助けたい一心で刀のネックレスを掴み念じる。


 光が一瞬溢れて収まると俺の姿はミニ丈着物の美少女となった。


 武を殺さんとする触手を切り捨てて化け物から目を逸らさずに声をかける。


「大丈夫か」

「あ……ああ。ありがとう。あいつはいったい」

「オレもよくわからん!」

「はあ!? そんな自信持っていうことか」

「うるさい、とりあえず下がってろ、オレがあの化け物をなんとかすっから」


 人が会話しているときに関わらず化け物は触手を次々に飛ばしてきていた。だが全て切り捨てたから問題ない。


 あの手足の化け物とほとんど形が同じなら夜叉顔の口からまた触手を生やすのだろう。あまり武には見せたくないし、俺も見たくない。そうだ、やつは足が遅い。ならば後ろに回って攻撃すれば行けるのでは。そうと決まれば実行あるのみ。


 自分でもありえない速度を出して化け物に向かって走り出す。一回目ではあまりわからなかったがこの姿は身体能力も格段に上がっている。

 そんな俺に触手は襲い掛かるがそれよりも速く移動して裏へ到達。

 断ち切るために振りかぶるが、化け物の身体中にある目たちに一斉にぎろりと睨まれ、動けなくなった。

 その瞬間を化け物が逃すはずがない。


「ぐはっ」


 触手に弾き飛ばされ壁に激突。

 口の中が血の味で充満する。内臓をやられたってやつか。身体が重く動けない。


 化け物は今の攻防で俺に対象を変更したみたいで、のっそりと方向を変えてきた。これでとりあえず武は狙われずに済むな。目と耳のやつは特殊能力ありかよ。手足のやつもなにかあったかもしれないけど俺には相性がよかったのかあっさり倒された。どうやらあいつの目を見るか睨まれるかで対象の体の自由を奪うってとこか。後者ならなかなか面倒だが前者なら目を瞑れば簡単だ。


 この間に化け物は移動し終え、俺はよくわからない自動回復で動けるようになっていた。


「いくぜっ!」


 再び化け物に突進。

 化け物の触手を避けて切り捨てつつ、目に注目しながら化け物の周囲を高速で回るように走る。

 だがトンボとかにやるぐるぐる作戦は失敗だ。やつの目は睨むときしか動かない。

 ならば回るのをやめて正面突破だ。

 夜叉の顔を割るように突きを入れようとする。

 目が俺を睨むと同時に俺は目を閉じる。

 

「よっしゃ」


 体は止まらず鈍い感触と共に醜い悲鳴が響き渡る。

 口から触手を吐かれるのは色々困る。

 そのまま切り上げ。

 横に一閃。

 刀を納める。


 大きな醜い悲鳴と黒い飛沫が上がり、たぶん化け物は黒い塵となって消えただろう。


「はぁ。まじでなんなんだよあの化け物は」


 目を開き化け物がいないことを確認して気を緩める。武のことを思い出しそちらへ向かった。


「君のおかげで助かった、ありがとう」

「そんなの気にすんなって。ほら、立てるか」

「……」


 俺は自分の今の姿を忘れ、怪我して立てない武に手を伸ばしたが、武の顔色が青ざめ始めたところで思い出す。


「ああ、ごめんな。ちょっと人呼んでくるからじゃあな」

「あ、ちょっと」


 慌てて手を引っ込めてその場から立ち去った。


「親友にあんな顔させるとは。というか手を差し伸べてああいう感じなのを実際に見ると結構来るな」


 わかっている。あいつがなぜ女性恐怖症なのか。だけど自分のせいでそれを出させたなんて。どれだけ自分は愚かなんだろうか。俺は人目のいないところで男に戻り、急いで武のもとへ向かった。


「武!」

「彼女が呼んだのは薫か。悪いな、ちょっと足を怪我しちまって一人じゃどうしようもなかったとこだ」

「足以外怪我はないか」

「ああ大丈夫だ。彼女から聞いたのか」

「そ、そうだ。着物を着た女の子が俺に人が怪我しているから助けてやってくれってな」


 咄嗟に嘘を吐いて、武に肩を貸して家に向かって歩き出す。


「それでか。そこまで心配されるものではないけど、明日は歩くのが辛くなるくらいだ」

「十分心配物だろう。なにがあったんだ?」


 俺は知らないふりをして武に聞く。


「不気味な化け物が現れてそいつに襲われたんだ。足をやられて殺されるって思った時に着物を着て刀を持つ女の子に助けれらた。信じられない話だけどな」


 信じるも信じないもそれは俺だからな。


「それに助けてもらった彼女に悪いことをしてしまった。差しのべられた手を掴めなかったんだ。普通は気分を害するところを彼女は申し訳なさそうに手を引いて誰かを呼んでくると言ってどこかへ行ったんだ。そのあと彼女の言う通りお前が来た」


 差しのべられた手を見て顔を青ざめるとか事情を知らない子がされたらあまりいい気分にはならないだろうな。


「また彼女に会えないものかな」

「お礼か」

「ああそうだ。化け物から救ってくれただけでなく、無理に俺に触ろうとしないで立ち去ってくれた優しいあの子にな」

「お前まだ無理なんだろ」

「今は無理だ。けど俺はあの子のために克服しようと思う。一目惚れだ。恋とは人を成長させるものなんだな」


 うわあ、まずいなあ。あのまま去っていけばよかったか。いや、どちらにせよ化け物と戦い武を助けたことで女の俺を探そうとするだろう。悪いことしたと思いながらも、命を助けられたからまあいいかとそう考えることにした。


 

 最近武が俺によくこう聞いてくる。

 

「薫、あの子を見たか?」

「お前もほんとにしつこいな」

「何を言うんだ。礼と詫びを言わないと気が済まないんだ」


 それもあるだろうけどただ会いたいのが本音だろ。あいにく武の前であの姿になる予定はない。


 あの日から何日か経った。今日までで化け物を何体か倒した。いったいなんなのかと聞きたくなるが、別に刀があれば死ぬことはないし暇なので人助けだと思ってやつの気配を察知したらそこへ行って倒している。


 手足の化け物と目と耳の化け物に加え口と鼻の化け物と戦った。手足は結局能力がわからず、タネが割れている目と耳と同じく瞬殺した。だけど口と鼻はなかなか厄介だった。


猛烈にうるさく頭が痛くなるような鳴き声を体中から発して行動を阻害するタイプで苦しめられたがなんとか声の切れ目で攻撃することで倒せることに気付いてからは楽勝だった。


 今日も放課後街をふらつく。武も着物の少女を探して街に出ているが俺とは反対方向なので女の姿の俺を見ることはないだろう。


「ん、これは」


 一際強い寒気を感じる。今までのやつらとは大きく違う感じだ。


 気配を辿るとどんどん街の奥へ進み、しだいに人が少なくなる。こんなところまで入るのは初めてで新鮮に思うとこもあるが、恐怖もある。一体どれだけ強い化け物なのか。


「ああああぁぁっ!」


 女の子の悲鳴が聞こえ刀を握り変身して道を抜けると街の奥の割には広い場所へ出た。


 そこではこれまで倒した化け物の集合体のような姿をした巨大な化け物が杖を持った青い服を着た女の子を触手で縛り上げていた。少し離れたここからでもわかるくらいの強い締め付けでこのまま見ていると死んでしまうだろう。


「はああぁ!」


 飛び出して女の子を縛る触手を断ち切り、そのままの勢いで女の子をお姫様抱っこして化け物から距離をとる。


「う……あなた、は」

「無理に喋らなくていい。あれを倒したら助けとか呼んでやるから今は休んでろ」

「そうだぞ、この女の言うとおりだ。今は回復に専念しろ」


 女の子の肩に喋るぬいぐるみが現れて動こうとする彼女を止めていた。すごい気になるけど目の前の今までのが合体したやつを倒してからだ。


「気を付けろ。奴は妖魔だ。それもかなり強い部類の」

「……忠告どうも」


 ぬいぐるみの言う妖魔とはよくわからないが今までの化け物の特徴が全てあることから親玉みたいなものなのだろう。よくわからなくてもあいつを塵にすることは変わらない。


 どうしてかは知らないが俺たちのやり取りを見ていて待っていたらしい。俺が刀を構えると妖魔は体中の目をこちらに向け、口は声を発するように閉じ、耳と鼻を引くつかせ、触手だけでなく手足も伸びてきて同じように蠢かせて戦闘態勢に入った。かなり気持ち悪いです。


 夜叉の顔は変わらずに、サイズが倍以上で目、鼻、口、耳、手、足が黒い体中に無数でばらばらに配置されて全てが動いているのだ。さらにパーツの隙間から触手が生えて相当やばい見た目だ。そんなのと戦うとか本当は逃げ出したいけど逃げたらもれなく後ろの彼女が殺されるだろう。それに倒すと言ったんだ。ここは男として引くわけにはいかない。

 

 今女だけど。


 俺が動き出すと同時に妖魔の大量の触手とが四方八方から俺に向けて襲いかかる。

 いくらなんでも数が多すぎて捌ききれない。

 一方を切り開き、できた道を駆け抜ける。

 

 触手の猛攻を避けつつ妖魔本体に近づく。

 しかし全身の目に睨まれる。

 目を閉じやりすごそうとしたがさらに醜い悲鳴が鳴り響きつい耳を塞いでしまった。

 そんな動けない俺の体に妖魔の手足伸び絡みついて磔状態にされた。親玉限定で自在に動かせるパーツなのか。 

 耳も塞げず悲鳴が脳に直接届き激しい痛みに苛まれる。


「ぐ……しまった」


 さらに目を開けてしまい身体の自由を物理的にも能力的にも拘束され宙に吊り上げられた。

 なんとか刀を手放さないでいたがかなりまずい。

 そして妖魔は俺の心臓辺りにかなり先を尖らせ貫通力が高めな触手を向けた。

 俺には異常な回復力があるけど即死みたいなものはどうなるんだ?

 死ぬのか。まかせろってあの子に言ったのに。

 妖魔は悪趣味なことにすぐに俺に止めを刺さずに、今だ動けない女の子の目の前に俺を運んだ。

 なんでわざわざ目の前に持ってきてやるんだよ。

 ふざけんなよ。

 死ぬ恐怖よりもあの子に与えてしまう絶望感を心配した。


「や……め……ろぉぉ」


 声がうまくでない。


「嘘、私のせいであの子が」


 触手が勢いをつけるために後ろに下げる。


「いやああああぁぁ!」


 しっかり狙い澄まされ勢いの乗った触手は簡単に俺の心臓を貫いた。

 大量の血を滴らせながら妖魔は俺の体から触手を抜いた。

 胸にぽっかり穴が空いてしまったようだ。

 物理的に。


「ごはっ!」


 口からありえないほどの血を吐きだし、拘束を解かれた俺は地面に落ちる。

 あまりにひどすぎて痛みも何も感じない。

 だがどうやら即死は免れたらしい。


「あなた!」


 肩にぬいぐるみを乗っけている女の子が俺に駆け寄った。

 いつのまにそんなに動けるようになったんだか。

 それなら


「なん、で逃げねぇ」

「私が弱いせいであなたがこんな目に合ったのに逃げられるわけないでしょ」


 女の子が俺に空いた穴に手を向けて暖かい光を注ぎこんでくれた。しかし効果は無く、穴から出る血は止まらない。


「奈菜、もうこの女はだめだ。それに絶望してたらそれこそ妖魔の食い物を作ってしまうぞ」

「でも!」

「でもじゃない。今はやつも女を殺して油断している。動けるくらい治った奈菜なら逃げられる」


 あの化け物は絶望が食い物なのか。

 本当に趣味が悪い。

 ならもう餌作ってる場合じゃないよな。

 それに俺はこんなところで死ぬ気はさらさらないしな。


「……!! ありえない。どんなに強い魔法少女でもこんな再生力は」

「あなたは、一体」


 何か物が溶けるような、肉が焼けるような音と煙を立てて俺の傷はみるみる塞がっていった。着物も同時に治ったので胸は見せていない。


「悪い心配かけた。もうこんなへまはしないさ」


 弱い化け物を倒して調子に乗ってなにも考えずに突撃してこの様だ。自動回復もあるからって気持ちで戦っていた。絶望が妖魔の餌となるのならこの子の前で醜態晒して絶望させるわけにはいかない。


「お前、大丈夫なのか」

「ああ、オレもよくわからんが勝手に治るんだ。だからオレが傷ついたからって絶望しないでくれ」


 今度こそ、やつを倒す。


 俺が復活したのを見て少し妖魔は戸惑ったような動きをしたが、すぐにあの気持ち悪い戦闘態勢をとった。


 倒すにはどうしたものか。近づこうにも大量の触手が行く手を阻み、うまくすり抜けられても悲鳴と目に睨まれて手足に捕まりまた貫かれる。いや、二回目は頭をやられるかもしれない。さすがに頭は戻るかわからないし試したくもない。


 あの妖魔には接近戦は難しい。女の子が戦えれば触手を陽動とか頼めたのだがそれは無理そうだ。せめてなにか遠距離攻撃ができれば……できるか?


 俺は刀を上段に構えた。

 それに反応して大量の触手が俺に向かって襲い掛かる。

 迫りくる触手を気にせず全集中を刀に向ける。

 触手が来るのがゆっくりに見える。

 そこに少しの綻びのような隙間を発見した。


「くらええぇぇっ!!」


 馬鹿みたいに速く走れるなら、俺の力はそれ相応にあるはずだ。

 今までの敵にも変身前ではできなかった動きをしていたんだ。

 できないはずはない。

 勝手にありえないと掛けていたリミッターを外すように全力で刀を見えた隙間に向けて振り下ろす。

 強烈な手応えを感じた。


 一心不乱に振り下ろしたので下を向いて目を閉じていた。触手の攻撃が来ないのでうまくいったのだろう。おそるおそる顔を上げる。


 触手が黒い塵となり目の前を遮っていた。それが消え去り視界が晴れた先に見えたものは、手足で防いだのか、ほとんど塵と化した手足とそれでも防ぎきれず全身ずたずたに切り裂かれ黒い液体を流す妖魔だった。


「は? なんだこれは」


 今さら変身したりあほみたいな身体能力で動いたり化け物と戦ったりしててもやはりありえないと思っていたことが現実で起きると驚くものだ。それがもっと予想外のことだったら特に。


 俺がイメージしていたのは斬撃を飛ばし、触手や本体に近づかなくても攻撃するというものだった。

 しかし威力がイメージより遥かに高かった。

 


 妖魔は瀕死のようで、醜い悲鳴すら上がらず、ひゅうと息をこぼすような音しか聞こえない。目も鼻も耳も口も傷があるせいか機能しないようで、近づいてももう俺の行動を阻害するようなことはなかった。

 見ていて痛々しいので巨大な体を断ち切るように刀を一閃して鞘に納める。


 妖魔は黒い塵となり消えて行った。


「今回はやばかったな」


 自動回復、再生か。あれがなければ確実に負けていた。毎回敵の大きい攻撃を食らっても平気なのが本来おかしいことだけど、それのおかげで妖魔を倒すことができた。


「お前は何者だ」

「ちょっとミフト」


 女の子の肩に乗っているぬいぐるみが俺に向けて疑わしそうに問う。


「助けてもらってその態度か。そんなやつに素直に教えると思うのか?」

「なんだと」

「ミフト! あなたが悪いわ。ごめんなさいせっかく助けてもらったのに。普段はこの子、見知らぬ人でもこんな態度とらないのに」

「奈菜、こいつは魔法少女であるためのパートナーがいないんだ。初めて会う魔法少女は俺が知っているパートナーがいるから疑っていないだけだ」


 なにやらよくわからない単語が出てきたがもう疲れたので帰りたい。心臓貫かれて死にかけたし。帰ろうとすると女の子が前にでて進路を塞ぐ。


「ちょっと待って。魔法少女とかそうじゃないのとかは私は関係ないの。助けてくれた命の恩人であるあなたの名前を聞いてもいい? 私は岬奈菜、こっちの可愛いぬいぐるみみたいな子はミフトっていうの」

「言っておくがこれは俺の本当の姿じゃないからな」


 ぬいぐるみの言うことはどうでもいいが、この女の子は岬奈菜っていったか。まさか俺のクラスの岬奈菜じゃないだろうな。印象が全く違い過ぎて言われて初めてそうかなって感じだ。いつも三つ編みで眼鏡をしていて真面目な人が髪を下して眼鏡を外して違う服を着ていたら気づかないだろう。


「君は幾重東高校二年生の?」

「え……どうして知ってるの」

「いや、知り合いがそこにいてな。オレの名前は……」


 自分の名前を言いかけて止まる。彼女を知っていて俺の本名を出したら確実にばれるだろう。岬さんが戸惑っているように、本来化け物と戦うのは隠しておきたいことだろうし。


「なぜ名前が言えない。なにかやましいことでもあるのか」

「そういうんじゃねえ。オレの名前はカオリだ。魔法少女っていうマジカルなもんでもないからな」

「カオリさん、か」

「カオリでいいよ」

「わかった。カオリ、助けてくれてありがとう。でもあなたは大丈夫なの? かなりひどい傷を負っていたけど」

「ああ大丈夫だよ。今回はかなりひどいけどいつも攻撃を喰らっても勝手に治ってるから」


 再生には反動とかなにかありそうと思っていたが、変身を解除してもなにも今のところないので問題はない。


「お前、魔法少女でないならなんなんだ。致命傷を負っても治って動けるなんて、それはもう化け物と同じだぞ」

「ミフト!」


 こいつの言う通り、まるで化け物だ。このことはまだ自分でもなんだこれって思うし気持ち悪くもあるけど、これがないと戦えないのもまた事実なんだよな。今度千代婆ちゃんに素直に話してこの刀のことを聞こうか。


「そうだな。しいていうなら刀剣少女とかか」

「刀剣少女かあ。かっこいいね」

「……ありがとな」


 適当に考えたことを褒められると照れるな。


「もう疲れたから帰るわ。どうせあの化け物と戦っていくならまた会うだろうし」

「うん。カオリ、本当にありがとね」

「お前のことはまだ信用したわけではないが、奈菜を助けたのは事実だ。そのことには礼を言う」

「別にいいっての。目の前で助けられる人がいたからやったまでだしな。それじゃまたな」


 俺はひとっ跳びで近くの建物の屋上へ行き、そのまま建物の上を飛び移りその場から去った。



 時間はもう夕方になっていた。家に帰ると千代婆ちゃんはまだ帰っていないようだった。自室に戻り変身を解いてほっと息を吐く。


 委員長の岬さんが魔法少女だった。この一文だけでも普通は驚くだろうが、俺が気にかかったのはずっと前からあんな化け物と戦っていたということだ。

 

 だれにも功績を称えられることなく、下手すると死んでしまうこともあるのに。妖魔によって骨が結構折られていたのに短時間で動けるまで治ったってことは魔法少女はなかなかの耐久力があるってことみたいだが俺ほど再生力があるわけでもない。それなのによく戦えるものだ。


 これからの岬さんを見る目が変わってしまうな。けれど向こうは俺がカオリだなんて知らないわけだから何も知らない風に接しないと。とはいえいつも通り生活していれば何のこともないだろう。


 俺は適当に明日の準備をしてからベッドに飛び込んだ。夕飯のときには婆ちゃんが起こしてくれるだろう。

 そんな呑気なことを考えて眠りについた。


 一度存在を知ってしまった時点で今までの日常はなくなったとは知らずに。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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