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Laris raspberry   作者: 三月べに@『執筆配信』Vtuberべに猫


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3/5

白き月の夜-2



 翌朝起きてみれば、不思議と身体に疲れは感じない。

運動不足の身体で二日連続全力疾走したわりには。

でも精神面はエイリアンのせいでお疲れ気味でサボりたくて仕方なかった。

しかし生憎仮病を使って休むほど図々しい真似はできない。

溜め息を何度も溢しつつ、仕事へ行くために支度をした。

 アッシュウルフの髪に大変な寝癖で跳ねているので直す。

白いハイネックとベージュのセーターを着て、黒いズボンを掃いた。上着は最近お気に入りのキャメルのコート。白い編み毛糸のスヌードを三十に巻き付けて、ブーツを履いて家を出た。

冬の自転車通勤は耳が痛くなるので、耳当てをして嫌々ながらも職場のスーパーに到着。

 はぁ、とまた溜め息をつきながら、自転車置き場から中へ入る入り口に向かう。

スーパーの窓ガラスに映る自分を見て、足を止めた。

 マスクとスヌードをつけたショートヘアとトレンチコートの女。

やっぱり後ろにはいない。

でも、いるのだろう。


「ねぇ、ちょっとアンタ。姿を現しなさいよ。いつまでもわたしの背後に黙って居座るなんて、何様よ。姿ぐらい見せて挨拶なさい」


 自分の顔よりも上を睨み付けて、背後にいるであろう彼に向かって言い放つ。

わたしの自己満足で言い放っただけで、まさか本当に出てくるとは思ってなかった。

 窓ガラスに白い男が新たに映る。

外側に跳ねたウルフヘアは真っ白だ。やっぱり着物姿だとわかっても顔が見えなく、男か女かもわからない。

振り返るも、姿がまたなくなった。

 もう一度窓ガラスを見てみると、震え上がる羽目になる。

音もなくあの男が横に立っていたからだ。

振り返って後退りしたら窓ガラスに頭を打ってしまった。

反動で彼の胸に額を押し付ける形になる。


「おっはよー、夕暮」

「っ!」

「鬼ごっこ、しようか?」

「だ、だめ!! 仕事があるんだから!!」

「んー、わかったぁ。じゃあ仕事のあとで」

「…………」


 にっこりと笑顔で挨拶するなり昨日の続きをすると言い出した。

咄嗟に頭が仕事に支障をきたすと判断して叫んだ。

そしたらあっさりと彼は頷いた。


「……鬼ごっこもなしに」

「やだ!」


 聞き分けがいいなら、鬼ごっこも止めてもらおうとしたが、笑顔で拒否される。

うっわー、腹立たしい!


「もう本当に貴方達は何なの? 何処の星の宇宙人?」

「んー? 僕は太陽とは真逆の方の星だよ」

「宇宙人は皆人型なの?」

「? 星は星だよ、僕らは地球だけ人の姿で降り立てる」

「……?」

「ん?」

「?」

「んん?」


 宇宙人ではなく星と言う彼に首を傾げたら、彼も首を傾げた。逆の方に首を傾げれば、鏡みたいに同じ方に首を傾げる。

仕草は無邪気と言うか、とぼけていると言うか。


「……何処の星の宇宙人じゃなくて…………え、星そのもの?」

「あれ、そう言ったよね」

「言ってない! 宇宙人だって認めた! ていうか、星? 惑星? なに!?」

「えーと……んー、幽霊と言うか妖精っていうかね、星の魂って言うのかなぁ。魂だけが地球に降りて人になれるの」

「はぁあ!?」

「あっ、星の精だ」


 こてん、こてん、と何度も左右に頭を振りながら彼が言うことは、昨日の謎を増すものだった。

宇宙人かと思えば妖精と言い。妖精と言えば星の魂だと言う。

宇宙人、妖精、魂。宇宙人、妖精、幽霊。エイリアン、フェアリー、ゴースト。


「どれかにしなさいっ!!」


 種族を統一しろ!

わたしは人間一択だ!

思わず声を上げれば、キョトンとした男は笑みを深めた。


「あれ、夕暮。仕事じゃないの?」

「あっ!」


仕事について言われてハッとする。遅刻するっ!!

 走ってロッカールームに入いり、仕事着に着替えて仕事をした。

その間ずっと考察する。

何がなんだか余計わからない。

あの男はどれだけわたしを混乱させるものを押し付ければ気が済むんだ。

 殴りたい。殴ってしまいたい。あのイケメン面の頭を叩いたらきっと爽快な音が響くに違いない。

 仕事が終わり出ていけば、彼は入り口にいた。

紅いマフラーを巻いている革ジャン姿が悔しいほど目の保養で忌々しい。


「わたしの後ろにいるのも、星なの?」

「お疲れ様、夕暮」


 挨拶もなしに質問をぶつけてやったのに、スルーして挨拶してきた。こんの中二病星男め!

本当で殴ってやろうかと拳を固めれば、彼はわたしの斜め上に目を向ける。


「星だ。大抵はね」

「…………星」


 振り返ってもどうせ見えないからわたしは目の前の彼を見る。

星の精同士は、人間の目から隠れられても視えるというわけか。

 ペロリ、と彼は自分の唇を舐めて目を細めた。

ゾク、と悪寒が走る。

 彼はまた両腕を広げると闇を出して、言った。


「鬼ごっこ、スタート!」


 三日目の鬼ごっこが始まってしまう。

他人には一人で走り回っているようにしか視えないから、全力で走って職場から離れて逃げた。

わたしが疲れたと叫べば、彼は「また明日」と言い残して去るのだった。

 そんな日々が続く。

始めなければ気が済まないらしく説得は無駄に終わり、一度全力疾走の鬼ごっこに付き合わされた。

 連日続けば、苛立ちもストレスもピークに達する。

仕事場では上司や先輩で年の離れたお姉様方やお客の苛立ちや不満を感じ取り、疲れた精神面に押し潰されかけた。

怒りなどの漏れた感情に、わたしは蝕まれてしまう。

 連日追い回された疲れは感じなかったのに、気持ちの方の疲れで肩は重くなり、仕事終わりの帰宅途中でまた紅い瞳の彼が現れても無反応に睨み上げる。


「…………」

「んー、お疲れ? 夕暮」

「……」

「……疲れちゃったんだ?」

「…………」

「……夕暮?」

「……」

「ゆーぐれちゃん?」


 わたしは黙ったまま睨み上げる。

彼は頭を傾き、わたしの顔を覗く。紅い紅い瞳にわたしが映る。

不機嫌な目付きのわたしだ。

黙ったままのわたしと暫くにらめっこしていたが、やがて諦めて「また明日」と背を向けて去る。

 今日は追い回されずに済んだ。

ふぅ、と息を吐いていく。

 この不機嫌なわたしの睨みで追い返してやったわ、ざまー。

 なんとなく後ろを振り向く。姿を消した星の精。やはり視えない。

コイツもわたしの睨みでどっか消えてくれれば、わたしを蝕むものは軽減されるのにな。




 夜になれば、暗い自分の部屋で静かに涙を流した。

他人の嫌な感情に蝕められて、全てを投げ出して逃げたいくらいだ。

吐いてしまいそうなのに、吐き出すことも出来ず、他人の感情に頭の中も胸の中もグチャグチャにされてしまう。

 他人の負の感情を感じ取ったなんて気のせいだ。考えすぎだ。

そう片付ければ楽になれるはずなのに、蝕むそれを切り離せない。

まるで壊れてしまいそうだ。

力なくカーペットの上で横たわって、声を出さずに泣きじゃくる。

 小説の中の様々の感情ならいい。

だって必ずハッピーエンドで終わるからだ。

最後は幸せで終わるから、読み進められる。

 でも現実は、すぐには終わらない。短いような、長い人生。

幸せの最期は、遠い。

その最中に、いくつもの感情に押し潰されるのかと思うと、わたしは生きたくなくなってしまう。

死んでしまいたいと思うくらい、苦しんでしまう。

 こんな苦しみを味わいながら、幸せの時を迎えられるのだろうか。

この苦しみを味わう苦しみを、理解してくれて支えてくれる人と出会えるのだろうかと不安になる。

最期の時まで、独りで苦しむことになるのかと思うと、涙が止まらない。

 きっと独りで泣くこの時間を、いつかは笑い話になったりなかったことにできる日がくる。

そう信じても、何度も押し潰されてしまう。

 この苦しみを押し付けられる人なんて、わたしにはいない。

家族にすら、触れられない。

 畳式の部屋のあるアパートの一つに与えられた自分の部屋は、わたしが閉じ籠る場所。

まるで追いやられたみたい。


「……アンタのせいよ」


 鼻を啜りながら、呟く。

まだいるであろう謎の存在を、恨めしく思う。

数ヶ月の間に、わたしは何度泣いただろうか。

やつはいたんだ。わたしが独り泣いているのを、黙って見ていた。

 起き上がって周りを見るが薄暗い部屋には、本棚やタンス、クローゼットとたたみ折り式のベッドが部屋の隅にしかない。

やはりあの着物姿の白は視えなかった。

でも、いるんだ。


「アンタのせいよ……アンタのせいで、アイツに追い回されてくたくた……余計な問題を、持ってきやがって……」


 ストライプのカーペットに座り込んで、涙を落とす。


「なんでわたしに付きまとうのっ……なんでわたしなのっ」


 物語のように特別な理由があったら、素敵なのに。

でもそんなわけない。

このわたしに、特別な理由などないんだ。

 なら何故わたしの背後にいるんだ。そのせいで紅い瞳の怖い男に追い回され続けてる。


「なんでずっといるのよっ……何故黙ったままいるのよっ! 独りで無様に泣いてるわたしを見て笑ってるのっ!? アイツの楽しみが追い回すことなら、アンタの楽しみはわたしが泣くこと!?」


 ずっといる。ずっといるのになにも言わない。

わたしが泣いても、現れない。黙ったままだ。

独りで声を圧し殺して泣いてるわたしを見て、どんな顔をしているのかどう思っているのかわからない。

 どうでもいい。なにをどう思っているかは、どうでもいい。

黙って見ているんだ。

苦しんでいるわたしを、他の誰よりも近くで見ている。

見ているだけでなにもしない。

苦しんでいるとわかってて、ただ見て付きまとうだけ。

紅い瞳の彼より質が悪い。


「離れてよ……もう離れてよっ……黙って見てるだけなら、笑って見てるだけなら、消えてよ! そばにいるのに、余計苦しいだけっ! 苦しませたくているの!? ふざけんなっ! なんでアンタなんかに苦しまされるのよ! もう一杯なのよ! これ以上わたしを壊さないでっ!!」


 涙が落ちて止まらない。

びしょ濡れだ。顔も袖もカーペットも、涙で濡れている。

 どうせ無駄だ。

いないも同然だけど、泣いていることを知っているのになにもしないその存在を逆恨みする。

蝕む負の感情をぶつけた。

他にぶつけられる相手がいない。

 宇宙人だか妖精だか、よくわからない存在と出遭っても、変わらず苦しむことを恨み八つ当たりした。


「――――――…」


 瞬きをすると涙が落ちて視界がはっきりする。電気がつけられたかと思った。

白い光が目の前にある。

まるで夜空のような色の袴と白い着物があった。

顔を上げれば消えると思っていたのに、今回は消えない。

 白銀の長いウルフヘアーの男が跪いてわたしを見下ろす。

 まるで月光のように淡く光る男は――――…笑ってなどいない。

静かに満月のような瞳で見つめていた。




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