(4)独占欲の象徴
気が付けば、お気に入り登録が300件を超えてました∑(゜Д゜)アァ!?
こんな文でも読んでいただき、嬉しい限りです。
これからもよろしくお願いします。
分かっていたことだ。
――真之さんが私ではないほかの女性を愛することも。
――私のことをなんとも思ってないことも。
――ほかの女性が堂々と彼に会いに来ることも。
だから真之さんに、彼女が来たことを伝えるべきだ。
さすがに私が出たら駄目だろう。形だけなのに本当の婚約者って誤解されてしまう。
私は足音を立てないように寝室に引返すと、まだ真之さんは寝ていた。
「真之さん。起きてください」
できる限り優しく揺ろうとして右手を伸ばす。
すると、ガシッと手首を掴まれて引っ張られた。そしてそのままベッドへダイブ。
――ちょっと! 寝てたんじゃないの!?
顔を上げると、ぱっちりと目を開けている真之さんと目があう。端正な顔が鼻がぶつかるほど近い距離にあった。彼の吐息が伝わってくる。
いつもの冷徹な真之さんはどこにいったのかわからないけど、私を力強く抱きしめた。ちょっと息苦しい。あの真之さんではありえない。
――たぶん、寝ぼけているんだろう。
「……どこに行ってた?」
彼は私の耳元に口を寄せて、そう囁いた。艶のあるバリトンが鼓膜に響いて、背中がぞくぞくする。
「今……人が来てたので」
あなたを訪ねてきた女性が来ましたと言おうと思ったけどやめた。
「だれ?」
「茶髪でロングの女性です」
「…………………………」
真之さんは何か考えるように黙った。
それを見て、私に女性について言い訳を考えているのかなと思った。いや、表面上の私だけにそんなこともする必要がないから、彼女に対しての言い訳かな。もしかしたらさっそく彼女との予定を頭の中で考えているのかもしれない。まあ、差し詰め両方だろう。
彼が何か言うのを待っていたのに、真之さんは何も言わなかった。
そしてなぜか私をさらに抱きしめ、私の頭をゆっくりと撫でる。
「え、真之さん!」
――寝ぼけているんじゃなくて、熱でもある?
おかしい。
いや……いつも情事の後はおかしいけど、今日はさらにおかしい。
チョコレートの上にハチミツをかけて、さらに砂糖をドッサリと振りかけたように甘い真之さん。いつもの冷徹な鉄仮面はどこにいったんだろう。思わず私は首を捻った。だけど、そんな仕草が彼にとって不満だったらしい。
「何考えてる?」
「……っ!」
チクリとした痛みが首筋に広がった。
首を捻って横目で見ると、鬱血の痕が残っている。
いつものことだ。なぜだか分からないけど、彼は毎度ながら痕をつける。胸とかはまだいいとして、鎖骨すこし上とか首筋とか……明らかに見えそうな場所もつけたがる。前に抗議したが、返り討ちにされた。それ以降、好きにさせている。
普通、こういうのは本命の人にやるものなのに。
「キスマークっていうのは男の独占欲の表れみたいなもんじゃない?」
結構前に花奈に言われた言葉が脳裏に浮かぶ。
違う、そんなもんじゃない。婚約者の私を逃がさないようにするための枷だ。私への見せつけでもあり、縛めだ。
――なんて、ずるい。
馬鹿みたいだと嘲笑する。
これに意味はあるのだろうか?
――でも、受け入れたのも事実だった。
形だけの婚約者の私だけにできること。
それは彼を見守り支えること。
だから、彼に一歩を踏み出させるために背中を押す。後悔はしない。
「真之さん。彼女が待っているので、待たせるのは悪いと思います」
無表情で言ったら拙いので、微笑む。穏やかな笑みを意図的に作るのは慣れたものだ。ここで仕事の成果が前面に発揮し、上手に笑っているはず。
それなのに。
――なんで、あなたは行こうとしないの?
言ってよ。いつもの無表情で、言ってくるって。それで私を冷たく突き放してよ。
それどころか彼はリップ音がつくようなキスをした。
そんな真之さんの仕草に出ていく気はないように見える。
――なんで、抱きしめるの? キスするの?
なんで、なんでなんで……疑問と不安だけが湧き出てくる。
同情とかいらない。婚約者に私を選んだんだから、最後まで残酷にしてよ。表面上だけのごっこ遊びなんていらない。そんなものあったほうがつらい。
「待たせると女性は怒りますよ?」
そこで彼の動きが止まった。無言だけど、機嫌が悪くて……明らかに怒っているような気がする。何も言わない圧力が怖い。
「………………雪乃」
真之さんが私の顔を覗き込む。冷たく深い輝きを秘めた鋭い瞳に目を射られる。怖い。真之さんがじゃなくて……もっと別の彼の中にある得体のしれない不気味なものを直接向けられることが怖い。背中からじわじわとした汗が出てきた。ごくり、と唾をのむ。
なんでだろう。彼から目をそらしたいのに、目をそらすことができない。
固まった私の手首を真之さんが掴んだ。その強引さに鳥肌が立つ。
喉が渇いて、言葉を発することが出来ない。
しばらくその状態だった。いやもしかしたら、ほんの数秒、数分だったのかもしれないけれど、私にはとても長い時間のように感じた。
「……行って」
何とか絞り出して出したのは、震えたような声だった。歯がカチカチと鳴り、身体が震え上がる。
「行ってよ、お願いだから行ってあげて!」
咄嗟に彼の胸を叩き、突き飛ばした。火事場の馬鹿力ってこういうことを言うのだっけ。
そんなくだらない思考を余所に、急いで私は立ち上がり寝室の扉を閉めた。
――大丈夫。私はなんともない。動揺なんてして、ない。
ただすこし気になったのは、扉を閉める直前に見た真之さんの顔が珍しく無表情ではなくて、ニヤリと笑っていたことだった。
+++
この日から真之さんから電話もメールも来なくなった。
顔も見合わせることもなくなっていった。
――そして真之さんは家に帰ってこなくなった。
誤字・脱字・表現でおかしい部分等がありましたら、ご指摘お願いします。
色々と苦労した4話でした。主にタイトルが。
何とか、間に合ってよかった(汗)
次の話でこのまま雪乃視点でいくか、真之視点でいくか……どうしよう(泣)