(10)心からの思い
真之暴走警報です。
ヤンデレが嫌いな方は、戻る推奨です。
今でも鮮明と憶えている。これからも忘れることはないだろう。
「初めまして。秘書の遠野雪乃です」
会う前から、辰哉から名前だけよく聞いていた。
随分と有能である人材という話だから、てっきりお堅い才女かと思っていた。
だが、それは俺の勝手な想像だった。なぜなら実際の彼女は――丸い輪郭、奥二重の真ん丸とした目、肩にかかるほどの髪が特徴的な“可愛い”女性だったからだ。
ただ、一つ残念だったのは、控え目なスーツと彼女の雰囲気は全く合っていないことだった。スーツを着ているというより、スーツに着られているという表現のほうが正しいのではないかと思う程だ。
つまり、彼女は物凄く童顔だったのだ。
……本当にこの子が?
これが彼女に対する第一印象。
そして、これが俺と彼女の出会いだった。
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もうすこしだ。
もうすこしで、雪乃は俺のだけのものになる。
俺だけが彼女の姿を目にして。
俺だけが彼女の声を耳にして。
俺だけが彼女の全てを知って。
俺だけが彼女の全てを愛して。
それは、なんて素晴らしいことなんだろう。
想像するたびに、口元がにやけそうになる。
――そして、ずっと……。
熱のこもった両手に力を込める。ゆっくりと、だけど決してやりすぎず慎重に。
「……」
そうすると、彼女は喉をヒューヒューと鳴らした。雪乃の片手は首元を絞めている俺の手に添えられていて、もう一方の手は虚空に向けて伸ばしている。血の気が失せた青白い顔は生気を感じられない。
さらに力を入れる。
「――っ!」
急に絞まって驚いたのか、呻き声が上がった。そして雪乃は疑問に満ちた表情をして、苦しむ。
俺の考えていることなんて、彼女には絶対に分からないだろう。それなのに、分からないくせに、そんな顔するな。
人形のように無機質な瞳が俺に向けられる。だが、俺を見ていない。
きみを傷つけて苦しめてるのは俺なのに。
その目に映る俺は誰?
どうして雪乃も俺を見てくれない? 見ろよ、俺の姿を。
どうして雪乃も俺を認めてくれない? 認めろよ、俺の存在を。
どうして雪乃も俺から逃げる? 逃げるなよ。
どうして。
――どうして……離れていく?
舌打ちをした。
やっと手に入れたのに、離れていくなんて……逃げるなんて許せない。雪乃が違う奴のところに行くと考えるだけで、気が狂いそうになる。いや、もう狂っているのかもしれない。
初めてなんだ。こんなに恋焦がれて、抑えきれないほどにどす黒い汚い気持ちが溢れてくる。
どうしようもないほどに、きみを愛しているから。
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脳裏に浮かんだのは、幼いころの記憶。
滅多に顔を合わせない両親。権力と金。小さな鍵。空っぽな部屋。
うずくまり、顔を埋めることしかできなかった。
その時も感じた、ぐちゃぐちゃとした行き場のない感情。切なくて心細くて邪魔されたくなくて、でも誰かにかまってほしい。そんな感情がまた戻ってくる。
『……誰もいないの?』
自分でも分からないんだ。これが何というのか。
ただ、これだけは言える。
雪乃。
何処にもいかないで。
逃げないで。
消えないで。
傍にいてよ、お願いだから――。
「だ……大丈夫で、す……か、ら」
急に現実に意識が引き戻される。
そっと雪乃の手が俺の頬に触れた。水滴が零れ落ち、ソファーや彼女の服に染みを作る。
それを見て、初めて――自分が涙を流していることに気が付いた。
「……傍、にい……る、か、らっ」
震える手が頬をなぞる。
だから、泣かないで。
「――っ!」
壊してでもいいから。
殺してでもいいから。
俺はそう思っているのに。
「どうして……?」
俺はゆっくりと手を緩め、首から震える手を放す。
首には痛々しい真っ赤な痕が残っていた。
彼女は俺をまっすぐに見て。
「……あなたが、真之さんが好きだから」
涙を流し、咳き込みながらそう言った。
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『嫌い。みんな……みんな大っ嫌い。もう……消えてしまえばいい』
あの時、俺はそう呟いた。幼いながら、自分の家庭の異常さに気づいて、絶望したんだ。
分かった。今なら、確信して言える。自分の中に湧き上がったのは、絶望だけじゃない。
――切なくて、寂しかったんだ。
「は、ははっ」
自分は馬鹿で愚かだ。愛しくて、切なくて寂しいと思っているのに、それをどう伝えたらいいのか、どうすればいいのか分からないんだ。伝えたことなんてないから。
だけど、きみは俺にできないことをこうして、いとも簡単にしてしまう。それが、たまらなく羨ましくて、愛しい。
堪らず彼女を抱きしめる。
そして、華奢な肩に顔を埋めて泣いた。
暴走終了~。