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おかえり。

作者: むく。



夏に限っての話だが、下校時の帰路は独特の雰囲気をしている。

照りつける日差しは強く、やっぱり長袖にすべきだったと後悔した。

実際は歩いて10分程度の距離がやけに長く感じられ、

気温と体調が重なって微かに意識が朦朧とする。

けれど苦痛ではなかった。暑さで頭がやられたのか、あまり汗も出なくなり、少しの風がおかしい程に気持ちよかった。

この道が自宅まで永遠に続くのだとしても、無心で歩き続けるのは容易いことだった。


3時から4時になるまでの一時間は、地域が静まり返る時間帯だ。

普段は容赦ないおばさんたちの世間話も、声を潜めるように交わされる。

僅かな物音すら忍ばれて、まるで人間や家までが息を止めたように静寂を作る。

のろのろと横を通り過ぎて行った自転車のペダルを漕ぐ音に聴き入ってしまった。


ふと、教室での出来事が鮮明に思い出された。

好きになろうとした。甲高い笑い声も、型にはまった受け答えも、自分にはないテンションも。

でも、そんな表面から垣間見える汚さや、残酷さを目の当たりにして、

解ってはいたものの、それが異常に悲しかった。

怖くて、好きになる余裕なんてなかった。

自分のマニュアル通りに演じるのが精一杯で、周囲に染まろうと必死だった。

自分と他はきっと世界が違うんだ、そう思った。私、別世界の人間なんだ。


急に地球上から孤立したような感覚に襲われた。

別世界なんて有り得ないことだとよくよく理解していた。

彼らと私の違いは幼さ。私さえ黙っていれば済むことで、それは実証済みだった。

ずっとそうしてきて、影響さえなかったものの、独りでいるのはひどく孤独だった。

こんなことがあと4年、多ければ8年続くのか。嫌だな、と心から思った。

このまま、どこかへ走り出せたらいいのに。

何も気にせずに、どうしようもなく遠くまで飛んでいけたらいいのに。


それは何よりも不可能だった。

その証拠に、私の足は既に自宅の前まで到着していた。

ここは表面上のゴールで、強制的に足を止めなければならない罠だった。

何度逃げようとしたって必ず戻ってくる場所。

結局私はこの場所に固執しているのだ。無心でもひとりでに足が動くくらいに。

怖くて逃げ出せもしない自分が情けなくて、嫌いだイヤだと御託を並べて、

結局最終的に私にはここに帰ってくるしか道がないのだ。


昨日やったみたいに、明日やるみたいに鍵を入れて回す。

見慣れた室内に足を踏み入れて、リビングまでのろのろ歩く。

おかえりがない家は、心がずきんと軋むのと同時に大きな安心感があった。


何気なくソファの横にあるタオルケットを取ると、それに隠れて見えなかったゲージの中で愛犬が尻尾を振っていたので、すぐに抱き上げて抱き締めて泣いた。


ああ、私は必要とされたかったんだ、と自覚した。

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