第15話
自宅の玄関を開けて一番に漂うのはクエ鍋の美味そうな匂い。
「おかえりー」
「ただいま」
クエ鍋を煮込みがてら読んでいた雑誌を小脇に置いた妹に「お土産は?」と聞かれたので思わずため息が出る。
「俺は仕事で行ったんであって遊びに行ったんと違うぞ」
「でもなんかあるでしょ?」
一応あるにはある。
東京で買ったシュガーバターの木を手渡してやると、微妙な顔をしてこちらを見る。
「どうせやったら異世界のモン買ってきてくれればいいのに」
「俺は仕事で行ったんやからな?それに持ち込み規制とか税金とか面倒なんだよ」
異世界からの物品持ち込みについては食い物系や植物に大きな規制がかかっている。
環境保護の問題に由来するとはいえその規制をクリアしたものを選んで持ち帰るのはまあまあ手間なのだ。
ぶうぶう文句を言いつつもシュガーバターの木を自分用おやつコーナーにしまい込む辺り、現金な性格だと呆れてしまう。
「俺がおらん間になんかあったか?」
「うちで所有してるビルの建て替え担当のおっちゃんに、万博の仕事で支払い遅れ出てるからどうにかしてくれ言うてくれーって言われた」
妹の言っている話については聞き覚えがある。
外資系企業が元請けになってるパビリオンの建設を引き受けた会社で給料の支払いが滞っている会社があるようで、それを言ってるのだろう。
昔から付き合いのある土建屋のおっちゃんなら俺が万博関連の仕事してるのは小耳に挟んでるだろうな。
「俺は担当やないから府庁に言うてくれ、としか。まあ同情はするけどな」
「そうなるわな」
鍋からよく煮えたクエを取り、まずは何もつけずにひとくち。
「うっま」
金羊国や東京で食ったメシも悪くはないが、俺は生粋の大阪人。やはり昆布だしに旭ポン酢の組み合わせが一番舌に馴染む。
何よりクエが美味い。昆布の旨みがしゅんでる(※染み込んでるの意)お魚は最高である。
魚と昆布の旨みを吸い込んだトロトロ白菜も美味しい。
「金羊国はどうやった?」
「んー…思ってたよりは普通、かな」
「普通?」
「見た目が違うてても生活の営みがある事には何も変わらんな、って」
結局のところはそこだった。
今まで大阪まで来てもらう形でしか知らなかった金羊国に行った事で、異世界は架空でも何でもない実在する隣国なのだと肌で理解出来た気がする。
「少なくとも悪い国やないし、せっかく万博来てくれるんならいい具合に成功させなって気持ちは大きくなったかな」
「万博事務局異動になった時は嫌そーやったのにね」
「そら博物館予算削るような文化に欠けるアホンダラに万博なんぞ任せられるかって気持ちはあったからな」
元々俺は大阪府の博物館関連の業務をしており、博物館の予算を削るような連中に万博の真の意味など通じやしねえと言う気持ちがあったのだ。
正直そう言う気持ちはまだ残っている。けれどだからと言って手抜かりはしない。
「でも向こうが向こうなりに本気で取り組むんやったら、こっちも本気にならな失礼やろ」
クエ鍋を突きながら俺がそう言い返すと、妹がふふっと笑う。
「熱意の伝播って奴やね」
「おん」
真剣に向き合う人には、真剣さで返そう。
異世界の大きな晴れ舞台に立つ獣人たちのその熱意を裏切れるほど俺は冷め切ってなどいないのだ。




