第14話
実践的な練習というのは万博でのスタッフ業務を前提とした簡単なやり取りの練習だった。
たとえば買い物で機材が不調の時に言うべき日本語、日本人スタッフに休憩を伝える時に失礼にならないような振る舞い、万博会場内で困った時に警備員に助けを求めるやり方。
この辺りの練習を行なってるらしい。
その練習は夕方まで続き、流石にちょっと疲れてしまった。
「練習のお手伝い助かりました」
ヘルカさんが軽く頭を下げてくれ、ビョルトさんがふと思いついたように「橘さん!」と話を切り出した。
「日本側でも私たちのサポートってお願いできますか!」
「サポートですか、内容によりますね」
「お姉ちゃん1人でみんなの面倒るの大変だから、日本人スタッフにも大陸標準語?を覚えて欲しいな!」
「ビョルト、さすがにそれは無理よ」
その依頼内容についてはちょっと難しい気がするな、と口をひらこうとしてふと思い出す。
東京外大のホームページには大陸標準語の自主学習のためのウェブページがあり、それを見てもらう事で大陸標準語をある程度学習してから来てもらう事は出来るかもしれない。
それに東京外大は今や大陸標準語研究のメッカとなっており、そちらからスタッフを雇用して来てもらうという手もある。
「……単語が分かる程度のスタッフなら、派遣できるかもしれません。その辺りは派遣会社と相談ですかね」
また帰ったらやることが一つ増えてしまった。
しかしこんなに可愛いネコミミっ娘に頼まれてしまったら断るに断れない。
(まあ、しゃーないかな)
まだ多少時間はあるし、派遣会社に相談して可能な範囲内でやれば許してくれるだろう。
それにここまで確認したらもうこの国で俺がやる仕事はないはずだ。
*****
こうして長かった金羊国への出張が終わった。
その帰り道、上野や東京駅を歩いていると度々異世界人を見かけた。
その隣に座るサラリーマンのおっちゃんや、前を通り過ぎて行った若いお姉さんなどはもはや獣人というものになんの興味も示すことも無い。
今や東京近辺において彼らは日常風景に溶け込もうとしており、獣人に強い興味を示しているのは明らかに観光客という雰囲気の人たちばかりである。
大阪では見たことのない景色を眺めながらふとあることを考える。
(万博始まったら大阪でもこれが日常になるんかなぁ?)
梅田や難波で虎獣人と日本人が何気なくすれ違い、ウサ耳のねーちゃんが御堂筋線に乗って移動している風景。それは大阪と異世界が一歩近づいた景色と言えるだろう。
今はまだ東京の一部でしか見られないそれが大阪で見られたら、遠くの世界と思っていた異世界の近さを体感させてくるものであり、それはきっと巡り巡って大阪もんの意識も変えてくるのだろう。
そんなことを考えながら大阪行きの新幹線を待っていた。




