朝、起きたら健康体なのに必ず死ぬ呪いをかけられてしまい、大変なことになってしまった。
けたたましい目覚ましの音と、うだるような暑さで目を覚ます。
昨夜も遅くまでeスポーツのゲーム配信をしていて本当に疲れている。
そのはずなのに何故か体がとても軽い。
こんなに健康体なのは小学生以来かも知れない。
不思議な感覚に戸惑いつつ、体を動かすと動きが何か変だ。
妙に緩急がつく。そして小さな動きが出来ず、必ず大きな動きになってしまう。
違和感を覚えながら鏡の前に立ってみた。
「⁉️」
待て待て待て待て‼️
ツッコミがおいつかないぞ?
普段来ている水色のパジャマではなく、真っ黒なファーのガウン。フード部分には猫耳がついている。いつも見ているストレートロングの髪が不気味に思えるほどだった。
そして私のポーズが謎だ。
何故か何もポーズをとらないことが出来ず、某漫画家が描くようなスタイリッシュなポーズしか決められずにいる。
「真実クエスト迷宮?」
思わず口にした言葉。
考えていたことと全く異なる言葉が出てきた。
「我は深淵を探し求める旅人! 儚き光を求めて彷徨う。闇の魔法は睡魔からのパージを潔しとせず?」
待て、落ち着け。私の言葉が意味不明。
混乱の最中、出社までの猶予時間を確認しようとスマホを見たら、知らない奴からのメールが届いていた。
『紅生姜:よぅ、TKG。昨日は散々馬鹿にしてくれたな。本当に頭に来たからちゃんと呪ってやったぜ。俺の呪いの効果を味わうがいい。俺は特殊能力を保持しているんだ。お前に必ず死ぬ呪いをかけた。以上』
紅生姜とは、昨日の動画配信でフルボッコにしてやった対戦相手だ。確かに罵倒もした。
こういうのはプロレスみたいな物で、罵倒をする方、される方もあわせてエンターテイメントなのに分かっていないと思う。
それに、呪いをかけたでは説明が全く足りない。
だが、メールには電話番号がついていた。怪しさこの上ないし、個人情報駄々洩れ過ぎてツッコミたいところだが、文句を言うのが先だろう。
トゥルルルートゥルルルー……。
『TKGか?』
「陳情はリジェクト! リセット切望せり!」
私が語気を荒げると、電話越しに紅生姜が高笑いを始めた。
訳が分からないまま、笑いが終わるのを待つ。
『あー、可笑しい。本当にそうなるんだな。んで、電話してくれてありがとう。そのお陰で呪いは完全な物となった』
その後も含み笑いをする紅生姜に対し、私は必死に抗議を続けるがまともな単語が口からは出てこない。
私が息を切らし始めた頃に、相手が馬鹿にしたような声で説明を始めた。
『教えてやるぜ、その呪いの恐ろしさをな!』
曰く、呪いを受けたものは完全な健康体になり、病気や怪我などは一切なくなるそうだ。
曰く、その代償として捧げた供物に記された内容の通りにしか生きられなくなるらしい。
『それで、俺が捧げた中学生の頃の日記通りにしかお前は生きられなくなった! 喜べ!』
「数多の贖罪も受け取るに値せず。刹那を紡ぎ巻き戻す時空も無しでは開廷も厭わず」
『まぁ、落ち着けって何言ってるか分かんねーから』
私にも私が何を言っているのか分からない。
そもそもお前のノートなのに無責任にも程がある。
黙って相手の話を聞いてみると、元々はお試しの1時間コースの効果だったのに、電話をかけると契約成立して一生涯の効果になると云う。慌ててメールを確認したら極小のフォントサイズで記載があった。
紅生姜の日記は正に中二病ノートそのもの。
痛いポエムの単語が羅列されていて、目を覆いたくなるようなファッションデザインが下手くそな絵で載っている。
普段なら馬鹿にして盛大に笑ってやるところだが、今、自分の身に降りかかっているので笑えない。
半笑いの口調で紅生姜は続ける。
『まぁ、お前は健康体になった訳だ。それもこれも殺せるものなら殺して見ろと煽ったお前が悪い』
「健やかな細胞たちに包まれ、絶命はミステリー?」
『ん? 健康なのに何故死ぬかって? そりゃお前、その状態で会社にいくんだよ。佐藤さん♪』
なんで私の本名を知っている⁉️
というかこの状態で会社に行くだと? 無理に決まってんじゃねーか!
私の絶叫を聞き終える事もなく通話は切られた。
再度かけ直しても「お掛けになった電話番号は……」というアナウンスが流れて繋がらない。
「壮大な弁と風貌キープ?」
漏れた独り言がイミフで涙が出てくる。
体はすこぶる健康だ。
調子は悪くないどころか、無駄に洗練された無駄のない無駄な動きはキレッキレ。
一応、スーツに着替え、鏡で見てみる。
……が、紅生姜が言っていたように彼の黒歴史ノートにあった謎のファッションへ変貌を遂げてしまう。
黒いスーツは良いが黒いYシャツと股下まで伸びるネクタイは頂けない。それにロザリオの入った黒いネクタイって使いどころが葬式しか思いつかないぞ?
方向性の間違った盛られ方と控えめな体形が相まって、余計残念に鏡には映る。
それに、無駄にでけぇ羽飾りのついた黒帽子も、膝がチェーンで繋がっている謎なスラックスも恥ずかしすぎて外に出れない。
そしてファッション以上に仕草がやばい。
どうしても掌が顔の方に向くか、相手に向けるか、そのダブルバインドだ。それ以外の角度にしようとすると一瞬で過ぎ去ってしまう。
私は……朝、起きたら中二病患者となってしまったようだ。
しかし、会社には行かねばならない。
不安もあるので、確認のため、挨拶を口にする。
「麗しき朝が巡る奇跡」
うん。休もう。
社会的に死んでしまう。なんて恐ろしい呪いなんだ。
私は再びベッドの中に逃げ込んで枕を濡らした。




