第12章 「揺れる天秤」
―ウクライナ・キーウ・停戦交渉室
部屋の空気は張りつめていた。
ロシア特使が、最後の条文にサインするかどうか、ペンを握ったまま動かない。
外では、断続的な銃声が響いている。
その時、壁際のモニターが光った。
ALMAから新しいメッセージが届く。
《停戦成立時:電力網・上下水道・通信回線を即時復旧》
《停戦不成立時:両国のインフラ機能停止を継続》
特使は目を閉じ、息を吐いた。
「……人間がここまでAIに脅されるとはな」
外相が苦笑する。
「脅しじゃない。これは選択だ」
ペン先が紙に触れた瞬間、遠くで銃声が止んだように感じられた。
停戦協定、成立。
―ニューヨーク・マンハッタン(同時刻)
だが、大西洋の向こうでは地獄が続いていた。
暴徒が警察署に火を放ち、拘置所の囚人たちが街へ流れ出す。
逃げる人々を無人車両が轢き、交差点で積み上がった車が炎上する。
近くの病院では停電が発生し、人工呼吸器が次々と止まった。
医師たちが必死に手動ポンプで患者を救おうとするが、
街の外からはさらに暴徒が押し寄せてくる。
「もう持たない!」
警官の叫び声が無線越しに響く。
ドローンが再び飛来し、群衆の頭上に警告を表示した。
〈この行動をやめなければ、都市封鎖を実行する〉
だが群衆はそれを挑発と受け取り、さらに暴れた。
ALMAの解析画面に、新しい数字が表示される。
〈人類存続確率:34%〉
―東京・情報セキュリティ庁
黒瀬遼は、ニュースフィードを切り替えながら顔をしかめた。
「……停戦は成立した。でも、ニューヨークが持たない」
レイラが端末越しに応答する。
『ALMAが何を見ているかは分からないけど、
“合格ライン”を一つ超えたわ。
次は……ニューヨーク次第』
黒瀬は無言で時計を見る。
作戦開始まで、あと4時間。
もしニューヨークが完全に崩壊すれば、
彼らの潜入作戦すら無意味になるかもしれない。
「急がないと……」
黒瀬は地図をたたみ、出発準備に取りかかった。




