火を継ぐ者たち①
アマーリエの告白から三日後。
聖省内では、密かに調査と“粛清”が始まっていた。
表向きには何も変わらぬ王都の風景。
だが実際には、あの証言が引き金となり、
“誰が聖女の声を封じたのか”を巡って、内部は揺れに揺れていた。
レオンは、王城の訓練場の片隅で剣を研ぎながら、アマーリエの様子を遠目に見ていた。
彼女は変わった。
“聖女の声を語った”ことで、何かを捨て、何かを手に入れたように見えた。
「ずっと黙ってきたことを口にすると……人って強くなるんだな」
ぼそりと呟いたその背後から、声がかかった。
「それは“信じてくれる人”がいたからじゃない?」
振り返ると、そこには――ノエルがいた。
アマーリエの後輩で、今は聖省の筆記官を務めている青年だ。
「お前、何か知ってるな?」
ノエルは、しばし迷った末、静かに口を開いた。
「……記録室の整理中に見つけたんだ。“封印指定文書”の写し。
そこに、聖女の処刑命令に関わった全員の署名があったんだけど……奇妙なことに、当時署名していないはずの名前が、ひとつだけあった」
「誰だ?」
ノエルは言った。
「クレメンス・アーベル――現監査官の名だ」
レオンの顔から、笑みが消えた。
「……あいつ、十年前には存在しないはずの人間だった」
「でも、署名は本物だった。筆跡も、印も」
「じゃあ――偽名か、あるいは“何者かの身代わり”か」
その瞬間、彼らの背後から、馬の蹄の音が急報を告げた。
「緊急連絡! アマーリエ様が襲撃されました! 現在行方不明です!」
レオンは一瞬凍りついたあと、すぐに立ち上がった。
「……“火を継ぐ者”はまだ動いている。
その炎の矛先が、あいつに向いたってんなら――次は俺が焚きつけてやる」
アマーリエが襲撃されたのは、王都郊外の公文書館を出た直後だった。
護衛もつけていたはずだったが、手際は異常に早く、抵抗の痕跡すらほとんど残されていなかった。
「これは――素人の仕業じゃない」
レオンは馬を走らせながら、何度も自分に言い聞かせていた。
クレメンス。
監査官として聖省から派遣されたとされる男。
だが十年前の記録に、彼の名前は“処刑命令書の署名者”として残っていた。
それが事実なら、クレメンスは少なくとも三つの仮面を使い分けていることになる。
レオンは歯を噛んだ。
「お前は何者だ、クレメンス。
あんたの狙いは、アマーリエなのか……それとも、彼女の“記憶”か?」
その頃。
アマーリエは、石造りの暗い地下室で目を覚ました。
天井の蝋燭が揺れ、湿った空気が肺を刺す。
腕は緩く縛られている。
動けないわけではない。だが、逃げることは想定されていない“余裕”を感じさせた。
「お目覚めですか、グレイス嬢」
現れたのは、やはりクレメンスだった。
黒い修道服の胸元には、かつて聖省高官が付けていた古い階級章が光っていた。
「あなた……一体、何者なの?」
クレメンスは薄く笑った。
「名乗る必要はありませんよ。
私はただ、“聖女の声を封じる役”を十年前から任されている、それだけです」
「……なぜ、そこまでして?」
「なぜ? それは“信仰”のためです。
神に背く者の声が、この王国に根を張る前に、それを摘む――
そう命じたのは、聖省でも、王でもない。
初代聖女の教義に則った、もっと古く、もっと深い“意志”です」
アマーリエの視線が鋭くなる。
「つまり、あなたは……“聖女の名を騙る何か”の代理人だと?」
クレメンスは答えず、ただゆっくりと近づいた。
「火は、ただ燃えるだけではありません。
真実を焼くとき、人の心は“形を失う”。
あなたの中の記憶も、形を保てなくなる前に――私が、綺麗に灰にしましょう」