聖なる影の顔②
翌朝、アマーリエは王宮の聴聞室に姿を現した。
王命によって開かれた“非公開の証言会”――
聖省長官ユリウス、監査官クレメンス、そして数名の高官たちが円卓を囲む中、
彼女は、十年前の“火刑の夜”について口を開いた。
室内は静まり返っていた。
アマーリエは一呼吸置いてから語り出した。
「……あの夜、灰の聖女は私にこう言いました」
> “私を焼くことで、お前たちは火の前に立つ。
> その火は、いつかお前たち自身を照らす日が来る”――と。
「彼女は、自分の死を恐れていませんでした。
それよりも、自分の死が“誰かの目覚め”になることを願っていた」
ユリウスが低く唸った。
「それはただの異端者の言葉だ。信仰を捻じ曲げた――」
「違います」
アマーリエの声は、静かだが揺るがなかった。
「彼女は、信仰そのものを否定したのではない。
“神の名のもとに人が裁きを行うこと”に警鐘を鳴らしたのです」
その言葉に、クレメンスがわずかに笑った。
「では問おう。聖女の死を命じたこの聖省は、罪を負うべきだと?」
アマーリエは彼をまっすぐに見返した。
「いいえ。
罪を負うべきは、“その声を封じた者たち”です。
彼女の言葉を記録しながら、なかったことにした私も含めて――」
室内に、どよめきが走った。
自らの“隠蔽”を認めた彼女の言葉に、ユリウスが鋭く反応する。
「では、貴様も同罪だというのか?」
アマーリエは頷いた。
「はい。だからこそ、今、私は語ります。
あの夜、焰に包まれた聖女の瞳が映していたのは、
“焼かれる異端”ではなく、“裁く者たちの虚ろな顔”だったと」
その瞬間、室内の空気が変わった。
誰もが言葉を失う中で、ただひとつ――
遠く、鐘の音が鳴った。
それは、裁きの鐘ではなかった。
祈りの始まりを告げる、赦しの鐘だった。