告発の鐘②
カルメ修道院を後にした帰り道、アマーリエは珍しく口数が少なかった。
帳簿に残されていた「発言抹消」の朱印、それが心に引っかかっていたのだ。
――自分は、何を話したのか。
なぜ、その言葉を“消されなければならなかった”のか。
記憶は曖昧だった。
ただ、あの夜の火刑台の熱。
そして、炎の向こうで、聖女が微笑んでいた表情だけが、鮮明に蘇る。
「アマーリエ」
突然、レオンが立ち止まった。
夕暮れの光が石畳を赤く染めていた。
「……無理に思い出すことはない。あの夜のすべてを、知る必要があるとも限らない」
アマーリエはゆっくりと彼を見た。
「でも、私は思い出したい。忘れたままで、真実を語る資格なんてないもの」
レオンは少しだけ表情を緩めた。
「そういうところ、お前は昔から変わらないな」
「え?」
「いや、俺が覚えてる“お前”は、そんな顔をしていた。
――俺の母親が処刑されたあと、泣いていた子供の俺に、声をかけてくれたあんたを、俺は忘れたことがない」
アマーリエは驚いたように目を見開いた。
「それ……私、そんな……」
「本当だ。あんたは覚えてなくても、俺にとっては“最初の救い”だった。
だから――今度は、俺があんたを助ける番だ」
彼の瞳に宿る熱が、アマーリエの胸を打った。
言葉を返せず、ただ頷いたその瞬間、
――鐘が、再び鳴った。
今度は王都の北部、かつて“灰の聖女”が捕らえられた旧裁定院から。
アマーリエは息を飲んだ。
「また……?」
レオンが剣の柄に手を添えた。
「急ごう。次の“断罪”が始まる前に」
旧裁定院はすでに役目を終え、廃墟のように放置されていた。
崩れかけた石壁と割れた窓、その内部に今、異様な静寂が漂っていた。
アマーリエとレオンが到着したとき、建物の正面にはひときわ目を引くものがあった。
――火刑台が再現されていた。
荒縄で組まれた柱、その足元には薪と火油の瓶。
そして台の中央には、鎖で縛られた男がいた。
「動かない……!」
レオンが駆け寄ると、男はすでに事切れていた。
顔は布で覆われ、胸には木札が打ちつけられている。
アマーリエがそれを外すと、札にはこう記されていた。
> 『ひとり、償いを終えた。
> 残るはふたり。
> “灰の裁き”は続く。』
「これ……」アマーリエは震える声で言った。
「この男、見覚えがある。火刑台の警備隊長……聖女の縄を締めた人」
「……つまり、“手を汚した者”から順に、吊るされていくってわけか」
そのとき、崩れた廊下の奥から足音が響いた。
「おや……間に合いませんでしたか」
現れたのは、長身の青年。黒い修道服に身を包み、金の十字を首に下げていた。
「どなたです?」
「これは失礼。私はクレメンス。聖省から派遣された“監査官”です。
おふたりの動向を、聖省長官より命を受けて見守っております」
アマーリエは目を細めた。
「“見守る”?私たちの調査を?」
クレメンスは微笑んだまま、火刑台の亡骸を見下ろす。
「灰の聖女の残した火は、思った以上に深く、広く燃えていたようですね。
もはやこれを“事件”と呼ぶには足りない――“審判”です、これは。
罪なき者は焼かれず、罪ある者だけが灰になる。……神の正義とは、時に人の手を借りるものです」
その言葉に、レオンはすっと目を細めた。
「お前は何を知ってる?」
「まだ“話す時”ではありませんよ。
でも、いずれ分かるでしょう。あなた方が灰の中に“自分自身の影”を見つけたときに」
風が吹いた。灰が舞い、再現された火刑台を揺らした。