告発の鐘①
鐘が鳴った。
王都の中心、聖フロリア大聖堂。その鐘は本来、王の崩御か、聖職者の断罪を知らせるためにのみ鳴らされる。
だが今朝、それは誰の許可もなく、“勝手に”鳴り響いた。
アマーリエはその報せを受けるとすぐに外套を羽織り、大聖堂へ向かった。
石畳の道には市民が集まり始めており、空気にはざわめきが混じっていた。
「鐘楼に侵入者がいた形跡があります」
駆け寄ってきた衛兵がそう告げる。
「鐘の真下にこれが……」と差し出されたのは、一枚の黒い羊皮紙。
文字は白インクで書かれていた。
> 『聖なる者たちよ。
> 十年前の炎を思い出せ。
> あの日、誰が“真実”に火をつけたのか。
> ――灰の聖女は、すべてを見ていた。』
アマーリエは手紙を握る指に力を込めた。
「これは“告発”ではなく、“警告”ね。次の標的が近い」
そのとき、レオンが鐘楼から降りてきた。
「上には誰もいなかった。……ただ、古い足跡と、火薬の臭いが残ってる。爆破か、あるいは囮」
「人々の目を集めるための“演出”……聖女の信奉者は、衆目の中で何かを起こそうとしてるのかも」
レオンは苦い顔をした。
「やり方がいやらしいな。見えない敵ってのは、じわじわ首を締めてくる」
アマーリエは頷いた。
「でも、そろそろ見えてくるはず。“告発”の対象がはっきりしてきたら、今度は“誰が焚いた火”かを突き止める番」
彼女の言葉を聞きながら、レオンはふと視線を遠くにやった。
そこには、聖省の塔――そして、火刑の記憶がまだ染みついた石壁がそびえていた。
翌日、アマーリエとレオンは王都西端にあるカルメ修道院を訪れていた。
そこには、灰の聖女の処刑当時、記録係を務めていた老修道士が静かに隠棲しているという情報があった。
扉を叩くと、しばらくして中からゆっくりと老人が現れた。
背筋は曲がり、白髪は肩まで伸びているが、眼だけは鋭く光っていた。
「……お前は、あのときの書記官の娘か」
アマーリエはわずかに身を強張らせながらも、頷いた。
「覚えていてくださったんですね。十年前の火刑台、その記録……すべて残っていますか?」
老修道士――ダニエルはしばらく黙ったあと、奥の小部屋へと二人を通した。
書棚にはびっしりと古文書が並び、埃の匂いとインクの香りが交じっている。
ダニエルは一冊の革表紙の帳簿を取り出した。
「この中に、“あの日、証言台に立った全員の名前と供述”がある」
アマーリエは震える指で帳簿を開いた。
そこにあったのは、自分の名――“アマーリエ・グレイス”と共に、
“発言を抹消”の朱印が押された記録だった。
「……これは?」
「お前は“話した”のだ。だが、上層部がそれを闇に葬った。理由は定かではないが……聖女が最後に“お前にだけ言葉を遺した”からだろう」
アマーリエは目を見開いた。
「私が、最後の“聴き手”だった……?」
レオンがその横で、ふと低く呟いた。
「“真実は、お前を通してしか世に出ない”。……そう言って、聖女が死んだなら――誰かにとって、お前はずっと邪魔な存在だったはずだ」
ダニエルは重々しく言った。
「気をつけろ。あの夜の焰は消えたように見えて、ずっとお前の影の中で燻っていた。
やがて、その火に焼かれるのは――“お前自身”かもしれぬ」