番外編 雨音と、あなたの声
朝から雨だった。
空はくぐもった灰色。外には人の気配もない。
けれど屋敷の中、暖炉の火が揺れる部屋には、静かで穏やかな空気が流れていた。
アマーリエは大きめの椅子にブランケットをかけ、ひざの上に本をのせていた。
傍らでは、レオンが磨き終えた剣を置き、彼女の髪に指を通していた。
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「……今日、外出の予定なかった?」
アマーリエがぼんやりと聞く。
「あったけど、雨で中止にした」
「大丈夫なの?」
「大丈夫。……俺は“お前の隣にいられる日”のほうが大事」
アマーリエの頬が、すこしだけ赤くなる。
「……言葉が甘すぎて、雨より溶けそう」
「そっちこそ、その言い方がずるい」
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雨は止まない。
だけど、ふたりは暖炉の前で寄り添い、ただゆっくり時を過ごしていた。
「レオン、好きな本ってある?」
「文字が多いやつは眠くなるけど……お前の声で読むなら、なんでも好きになるかもな」
「じゃあ、今日だけ朗読してあげる。特別に、ね」
アマーリエの声が部屋に満ちていく。
雨音と混じり合って、それはまるでひとつの小さな物語のようだった。
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夜、雨脚は強くなった。
けれど窓の外を気にする者は、ひとりもいない。
「ほら、こっち来て。濡れてもいないのに、なんだか冷たい顔してる」
レオンが毛布を広げて、アマーリエを包み込む。
「……いつもあなたがあたためてくれる」
「じゃあ今日は倍返し。こっちがとろけるくらい、甘やかしてやるよ」
そのまま、雨の音をBGMに、ふたりは寄り添って眠りについた。
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どこへも行けない日は、“どこにも行かなくていい日”に変わる。
雨の音すら、ふたりのための静かな音楽になる。




