火の記憶②
その日の午後、アマーリエとレオンは王城の裏にある古文書庫を訪れた。
禁書が密かに保管される、聖省の管理下にある場所だ。
「俺がここに来るのは二度目だが、前回は剣を突きつけられたな」
「それはあなたが無断で忍び込んだからでしょう」
「そうだったか?」
皮肉を言いながらも、レオンは真面目な表情で扉を開けた。
中には厳重に鎖で閉じられた棚が並び、空気には羊皮紙と防虫薬の匂いが染みついていた。
アマーリエは奥の棚に向かい、一冊の分厚い書を取り出した。
それは、聖女の手記――“灰の記録”の写本だった。
「これは……」
開かれたページに記されていたのは、狂気に満ちた文字列。
『我が声は、火と共にあり。見えぬものを焼き、沈黙の中に真を告げる』
「予言ってより……遺言みたいだな」
「いいえ、これは“告発”よ。彼女は死の前夜、自分を火刑に処した者たちの罪を暴露した」
「……それが今、殺されてる?」
頷くアマーリエの瞳は、何かを見通すように光っていた。
「この連続殺人は、十年前の罪への復讐。そして、灰の聖女が“正しかった”と証明するための儀式」
「じゃあ、次に狙われるのは……?」
「“火刑の夜に証言台に立っていた者”。残りは二人。聖省長官ユリウスと……」
アマーリエは口を噤んだ。
そして小さく、「私」と呟いた。
沈黙が降りる。
レオンの表情がわずかに変わる。
彼は彼女の肩を軽く叩いた。
「冗談じゃねぇな。お前を灰にする奴がいるなら、俺が先に燃やしてやる」
少し呆れたように、でも、わずかに笑って――アマーリエは言った。
「ありがとう。でも、私が追うの。私自身の過去だから」
その夜。王都の郊外にある古い聖堂跡で、火が上がった。
燃えたのは一冊の禁書。
現場には遺体はなかったが、焼け跡に一枚の羊皮紙が残されていた。
“次の炎は、お前だ。”
アマーリエの名は記されていなかったが、誰に宛てたものかは明白だった。
その筆跡は、十年前、灰の聖女の記録に使われていたものと酷似していた。
「これは脅しじゃない」
アマーリエは紙を手にしながら、言った。
「“次の審問”が始まったという宣言よ。犯人は、この王国に裁かれなかった“罪人”を一人ずつ断罪していくつもり」
レオンは口をつぐんだまま、焚き火の火をじっと見ていた。
そして、ふと口を開く。
「なあ。お前、本当は……あの火刑の夜、何を見た?」
アマーリエは一瞬、何かを言いかけて、それを呑み込んだ。
空を仰ぐと、灰色の雲が、また一つ、音もなく崩れた。
「その話は――もう少しだけ、生き延びてからね」
レオンは笑わなかった。ただ、静かに頷いた。
冷たい夜風が、ふたりの間を抜けていった。
そして、また新たな鐘が、遠くの修道院で鳴り響いた。
それは、かつて罪を裁いた者たちの“魂を呼ぶ音”のようにも聞こえた。