番外編 灰の向こうに咲く
王都から北へ数十リーグ、丘の上に建つ古い屋敷。
そこには“元書記官”と“元傭兵”が暮らしていると噂されていた。
屋敷の裏には畑があり、白い花が風に揺れている。
誰かの記憶を弔うように、そして誰かの未来を祝うように。
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アマーリエは机に向かっていた。
書いているのは、子ども向けの“聖典再話”。
火を恐れず、声を封じず、誰かの想いを受け継ぐ話。
そこへ、コーヒーの香りと共にレオンがやってきた。
「ほら、目が疲れる前に休め。年だぞ」
「自分の年は棚に上げて……ありがとう」
カップを受け取りながら、アマーリエはふと微笑んだ。
「ねぇ、レオン。私たち、いつからこうなったんだっけ?」
レオンは少し考え込んでから、肩をすくめた。
「火の中で言えなかったことを、火の消えたあとに言えるようになった時……かな」
「うまいこと言うわね」
「お前と長くいると、口も回るようになるんだよ」
ふたりは静かに笑い合った。
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夕方、屋敷の庭には子どもたちの声が響く。
近所の村の子らが、よく遊びに来るのだ。
「アマーリエ先生、今日の話は何ー?」
彼女は膝をつき、目線を合わせて言う。
「今日はね、“声を失った人が、どうやって言葉を取り戻したか”のお話よ。
火に焼かれても、心の中の言葉は、生きてるって話」
子どもたちは目を輝かせて聞いていた。
その姿を遠くから、レオンが見守っている。
あの焰の夜、涙すら出なかった自分が、
今では子どもたちの笑い声に、そっと安堵するようになった。
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夜、ふたりの寝室。
灯りを落とし、肩が触れ合う距離でベッドに座る。
「明日はどこへ行こうか」
「そうね。まだ見ぬ声が、きっとどこかにある」
アマーリエが言うと、レオンはふっと笑った。
「……“焰を渡された”のはお前だったけど、俺にも火種は届いてた気がするよ」
彼女は彼の手を取り、優しく重ねた。
「じゃあ、これからも一緒に届けに行きましょう。
私たちは、灰の先に咲くものを知ってるから」
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風が吹いた。灰はもう、空に溶けて消えていた。
残されたのは、あたたかい焰と、ふたりの歩く足音だけ。