番外編 火の下で、言えなかったこと
遠征先からの帰路。
馬車での長旅の途中、レオンは妙に口数が少なかった。
アマーリエはそんな彼を横目で見ながらも、わざと何も言わずにいた。
馬車の中、沈黙は珍しくなかった――けれど、今日のそれは少し違っていた。
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夜、王都近くの小さな村で宿を取ることになった。
暖炉の前でふたりきりになったとき、アマーリエは先に口を開いた。
「今日、何かあった?」
レオンは答えない。
ただ、火を見つめたまま言った。
「……怖いんだよ」
「何が?」
「俺が“そばにいたい”って思ったとたんに、また誰かを失うんじゃないかって」
アマーリエの瞳が揺れた。
「それって……私のこと?」
レオンは返事をしないまま、立ち上がった。
「忘れてくれ。……ただの弱音だ」
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それから数日、ふたりはまた元通りの“相棒”に戻った。
仕事は淡々と、言葉は必要最低限。
だけど、アマーリエの中では、何かが変わっていた。
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ある雨の夜、聖省の書庫でふたりきりになったとき。
アマーリエは静かに本を閉じて言った。
「レオン、私、ずっと言いたかったことがあるの」
彼が顔を上げる。
その視線を真正面から受け止めながら、彼女は続けた。
「私は、あなたの隣にいると……安心するの。
焰の中でも、過去を語るときも、あなたがそばにいてくれたから、私は歩けた。
だから、あなたが怖がってるなら、私が言うわ」
「……なにを?」
「私は、あなたがいなくなるほうがずっと怖い。
……だから、私のそばにいて。私も、あなたのそばにいたい」
しばらく、ふたりの間に静けさが降りた。
そして、レオンがゆっくりと言った。
「……こんなに救われる言葉、聞いたのは初めてだ」
そして彼は、照れくさそうに笑った。
「じゃあ、あんたの覚悟に応えるために……俺も言うよ。
俺は、たぶんずっと――お前に惹かれてた」
言葉のあと、ふたりの手がそっと重なった。
まるでそれが、焰よりも熱い誓いであるかのように。