番外編 風の街、ふたり
アマーリエとレオンは、灰の聖女がかつて身を寄せていたという風の街・カリナを訪れていた。
街は丘陵地帯にあり、風車が並ぶのどかな場所。
けれど到着した彼らを迎えたのは、冷たい視線と閉ざされた扉だった。
「妙に警戒されてるな……」
レオンは通りの人々を見渡しながら呟いた。
「聖女の痕跡を探してるって噂がもう広がってるのかもしれない。
ここには“焰を憎む人”も、“焰を祀る人”もいる」
夕方になり、宿にようやく辿り着いたふたりは、ひとまず休息を取ることにした。
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夜。
レオンが食事を取りに階下へ降りた隙に、アマーリエは部屋の外に立つ気配に気づいた。
(……誰かが、こちらを監視している?)
扉を開けた瞬間、何かが飛び込んできた。
小さなナイフ。反射的に身をかわし、扉の奥へ転がり込むと、黒衣の影が階段へ逃げていった。
「レオンッ!!」
叫ぶと同時に、彼が廊下の奥から現れた。
「下がってろ!」
レオンの動きは速かった。影を追い、階段の中ほどで押さえ込む。
取り押さえられたのは――少年だった。十五、六。手には、粗末な短剣。
「なぜ私たちを狙ったの?」
アマーリエの問いに、少年は唇を噛んだ。
「聖女のせいで、母が……。あんたたちはまた、火を焚く気なんだろ!」
その声に、アマーリエの表情が静かに変わる。
「……あなたの怒りも、憎しみも、全部間違いじゃない。
でも、私たちは“焼かれた声”を聞きに来たの。
焰を広げるためじゃない。……終わらせるために来たのよ」
少年の手が震える。
その姿を見て、レオンがそっとアマーリエの肩を叩いた。
「な? お前の声は、こういう奴に届く。
……俺には出来ないけど、お前には出来る」
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夜更け。事件の報告も終え、宿の窓際に並んで座るふたり。
「……ちょっと、怖かったわ」
「お前でも、そんなふうに言うんだな」
「言うわよ。人間だもの」
レオンは横目でちらりと彼女を見て、小さく笑う。
「じゃあ、“人間らしく”少しだけ、寄りかかってもいいか?」
アマーリエは、驚いた顔をして、それでも頷いた。
「……じゃあ、“人間らしく”黙って受け入れるわ」
レオンの肩に、アマーリエの頭がそっと寄りかかる。
外では風が風車を回していた。
けれどその夜、ふたりの間に吹いた風は、やさしく、あたたかかった。