番外編 語られなかった夜
聖省の調査を終えた夜。
ふたりは王都近くの簡素な宿に泊まっていた。
夕食も終え、蝋燭の灯りがゆらゆら揺れる部屋。
レオンは椅子に座って剣を手入れし、アマーリエは窓際で本を読んでいた。
しばらく、静寂。
やがてレオンが不意に口を開いた。
「なあ……火刑の夜のこと、ずっと覚えてたのか?」
アマーリエは本を閉じ、少しだけ顔を上げた。
「はっきりとは。でも、あなたが“あの子”かもしれないと気づいた時、胸がざわついたの。
……あの日、私、あなたに何か言った?」
レオンは肩をすくめる。
「言ったさ。『見なくていい』『話してくれたら』……そんな優しい言葉。
だけど、俺には重かった。
お前は“見なくていい”って言ってくれたけど、俺は“ずっと見てた”からな」
その言葉に、アマーリエの胸が締めつけられた。
「……ごめんなさい」
レオンは首を横に振った。
「違う。謝るなよ。
お前のその言葉が、唯一、俺を引き止めてくれた。
ずっと後になって、あのときの声が思い出されて、……
“あの人は、たぶんまだどこかにいる”って思えた」
アマーリエはゆっくりと椅子を引き寄せ、彼の隣に座った。
「それでも、あなたが今ここにいるのは……私に出会ったから?」
レオンは笑った。
少し、困ったように。少し、あたたかく。
「さあな。たぶん……会いたかったんだと思うよ、ずっと。
“あの火の夜に、俺の手を握ってくれた女”にさ」
アマーリエの頬が、ふわりと熱を帯びる。
「覚えてたんだ、そんなこと」
「忘れられるわけ、ねえだろ。あんたは、俺の“最初の光”だった」
そのまま、ふたりの間に沈黙が戻った。
でもそれは、以前のような重たい沈黙ではなかった。
言葉がなくても、もう、通じている。
蝋燭の火が揺れ、ふたりの影が壁に寄り添って揺れていた。