番外編 焰の影で
その日、王都は異様な静けさに包まれていた。
灰の聖女が火刑に処される――
誰もが知っていたが、誰もが目を背けようとしていた真実だった。
アマーリエはその日、神殿の書記官見習いとして、
火刑記録の筆記補佐という任を任されていた。
まだ十五歳。
震える指で筆を持ち、焰を直視できずにいた彼女の耳に、
かすかな泣き声が届いた。
見渡せば、火刑台の裏手。
小さな少年がひとり、石壁の陰に膝を抱えていた。
「……どうしてこんなところに?」
思わず声をかけた。
少年は顔を上げたが、答えなかった。
それでも、彼の目が赤く腫れていたことは分かった。
そして――アマーリエは見逃さなかった。
彼が手に握っていた小さな木片には、“母”という刻印があったことを。
そのとき、火刑の鐘が鳴った。
空気が張り詰め、火が焚かれ、歓声とも呻きともつかない声が広場を満たす。
アマーリエは迷った。
自分は筆記官。職務に戻らなければならない。
でも、この少年を放っておけない。
だから、彼女は自分の外套を脱ぎ、少年の肩にそっとかけた。
「大丈夫。見なくていいの。
……でも、いつかあなたが語れるようになるなら、その時に話してあげて。
あなたのお母さんが、どんなふうに、火の中で立っていたか」
少年は黙っていたが、小さく頷いた気がした。
そして数年後――
アマーリエが再びその瞳と出会った時、彼はもう子どもではなかった。
剣を携えた元傭兵として、王の命で彼女の相棒として、再び目の前に現れた。
「……まさか、あんたが“あの時の書記官”だとはな」
レオン・フェリクス。
火の夜にひとり残された少年の名だった。