番外編 夜明けの前に
それは、火の審問が終わり、まだ冬の冷気が残る早朝のことだった。
アマーリエは王都の城壁の上に立ち、朝日を待っていた。
昨夜は証言後の文書整理が遅くまで続き、ほとんど眠っていない。
でも、目は冴えていた。
「こんな時間にここにいるなんて、お前らしくないな」
レオンの声が背後から聞こえた。
彼は外套を肩にかけ、手にはふたつの温かい陶器のカップを持っていた。
「……ありがとう。寒いと思ってたの」
アマーリエが受け取ったカップは、ほのかにシナモンの香りがした。
「珍しいわね、甘い飲み物なんて」
「いや、お前が苦そうな顔して飲むのが見たくてな」
「性格悪い……」
ふたりは並んで、しばらく言葉を交わさずにいた。
夜の帳がまだ完全には明けきっていない。
空が紫から青へと、少しずつ移ろっていく。
「なあ、アマーリエ」
レオンが、珍しく真面目な声を出した。
「お前が“あの声”を語ったとき、俺、少し怖かったんだ」
「……どうして?」
「お前があまりに遠くに行く気がして。
俺が届かないところまで、ひとりで進んでいくようで」
アマーリエはゆっくりと、彼の方を向いた。
その瞳は朝焼けよりも柔らかく、炎よりも静かだった。
「私はあなたがいたから、語れたのよ」
レオンの目がわずかに見開かれる。
「あなたが黙って隣にいてくれたから、私は“ひとりじゃない”って思えた。
……だから、これからも隣にいてくれない?」
返事はなかった。
代わりに、そっと肩が寄せられ、カップ越しの指が重なった。
「しょうがねぇな。……俺が焰に近づけるのは、お前のそばだけだからな」
そして、ふたりの間に流れる温度は、寒さを忘れさせるほど穏やかだった。