灰より生まれるもの
アマーリエの証言から数週間後、王都ヴァルディナには目に見えない変化が生まれ始めていた。
聖省は新たな審査機関の設置を発表し、過去の異端審問に関する記録の再調査を開始。
それは小さな一歩にすぎなかったが、“声”が制度を揺るがした、王国にとって前例のない出来事だった。
一方、アマーリエとレオンは王の命を受け、王国各地に残された“灰の聖女の痕跡”を巡る旅に出ていた。
かつて聖女が過ごした地方の小修道院、処刑された者たちの墓地、禁書が埋められたという古井戸――
“語られなかった声”を掘り起こす旅。
「この道の先に、なにがあると思う?」
アマーリエが草原の丘でふと問いかけると、レオンは空を見上げたまま答えた。
「たぶん、“新しい焰”。
誰かが何かを語りはじめるたびに、それはまた灯って、次の誰かに渡っていく」
「それ、聖女の言葉?」
「いや、今思いついた俺の名言だ」
アマーリエは吹き出して笑った。
その笑い声は、どこまでも穏やかで、澄んでいた。
――火に焼かれることを恐れず、
誰かの声になることを選んだ彼女の姿は、
いつしか“灰の聖女”の影を越えて、新たな存在になっていた。
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エピローグ
王都の片隅。かつて火刑が行われた広場には、新たに建てられた石碑がある。
そこにはこう刻まれていた。
> 『火に焼かれたのは、罪ではなく、声だった。
> だがその声は、灰となっても、語る者の中に生き続ける。
> 語れ。受け取れ。
> この焰は、終わらない。』
碑の前に、旅装のふたりが立っていた。
アマーリエとレオン。
風が吹き抜け、ふたりの影が静かに重なる。
そしてアマーリエは、碑の文字を指先でなぞりながら言った。
「これからも、まだ焼かなきゃいけない“沈黙”があるわ」
レオンは隣で頷いた。
「でも、今のあんたなら、大丈夫だ。
だってもう、“一人じゃない”んだからな」
そしてふたりは歩き出す。
灰の向こうにある、まだ誰も知らない未来へ。