火を継ぐ者たち②
クレメンスが手を伸ばした瞬間、
地下室の扉が内側から激しく叩かれた。
「クレメンス=アーベル、貴様を王命により拘束する!」
その声とともに、扉が爆ぜるように開いた。
土煙の向こうから、レオンが飛び込んできた。
剣を抜き、ためらいもなくクレメンスへ向かって走る。
クレメンスは一歩引き、静かに手を掲げた。
「――ああ、やはり来ると思っていましたよ。黒き獣の名を継ぐ者」
「黙れ。お前が信じてるのは“神”なんかじゃない。
“声を封じることで保たれる秩序”を崇拝してるだけだ」
レオンの剣がクレメンスの刃とぶつかる。
火花が散り、空気が軋む。
アマーリエは縄を解き、壁に残された鉄器を手にした。
自ら武器を取ることなど、これまでの人生で数えるほどしかない。
だが今、彼女の目には迷いはなかった。
「クレメンス。あなたが火を守るというのなら――私は声を守る!」
叫びとともに、アマーリエが突き出した鉄棒が、クレメンスの脇腹を打った。
その隙を突き、レオンの剣が相手の腕を弾き飛ばす。
刃が床に転がる音とともに、クレメンスは膝をついた。
「……なるほど。
あなたが“語った”ことで、本当に火が弱まるとは」
レオンが近づき、クレメンスの襟をつかむ。
「最後に答えろ。お前は何者だ」
クレメンスは静かに笑った。
「私は……“最初の火刑”の生き残り。
信仰に焼かれ、声を失い、それでも神を信じることだけを選んだ者です。
だからこそ、私はずっと火を焚き続けてきた。
――灰の聖女が遺した、“混乱と覚醒”という火をね」
そして、彼はそのまま崩れるように意識を失った。
沈黙。
その中で、アマーリエがレオンに向き直った。
「……助けてくれて、ありがとう」
レオンは目を伏せ、ぼそりと答えた。
「お前が……“焼けなくて”よかったよ」
アマーリエはその言葉に目を細め、そっと笑った。
「じゃあ今度は、あなたの中の火を消す番ね。
……長い間、ひとりで背負ってきたんでしょう?」
レオンは初めて、照れたような顔を見せて――そっぽを向いた。