支部長バトラス
リオネスカ傭兵組合の裏手には、普段新人傭兵などに戦闘指導や訓練を行う為の稽古場があった。
お昼前の閑散とした時間に珍しく、今日は多くの人が詰めかけている。
支部長バトラスの決闘――
その言葉が組合で発せられた事で、物珍しさから人が人を呼び、ギャラリーが湧いていた。
「なあ聞いたか?支部長の相手、新人だってよ」
「なんだそれ?虐めか?」
「何でも疾風の足の団長をオトした男らしいぜ」
「嘘だろ!?じゃあ風の爪エアよりも強いってことか!?」
「いやぁどうかな、結構顔が良いっていうから、案外あのハーピィも、結局顔に釣られたんじゃねえの?」
疾風の足エアはここリオネスカでも名の知れた傭兵だった。
特に支部長バトラス他多くの傭兵達に口説かれ、そのすべてを条件付きで受け入れた話が有名だ。
〈私に勝てたらあなたのモノになるわ〉
結局、誰一人として条件を満たせなかった美女の男と称された人物が相手をする――
人の耳目を集めまいと望んだとて詮無き事であった。
「くそ、何故皆私の話を聞いてくれない!」
外野から一応当事者であるエアが愚痴る。
「まあ良いんじゃない?シュウも勝ったら実力を認めるって話にサクっと乗っちゃったし、勝ち目はあるんでしょ」
隣に居たダルジェは何だかんだ楽しみにしていた。
どうでもいい話だが、ハーピィの中でも特に美人と呼ばれる二人が並んでいるので、血の気の多い男達の心中たるや別の意味で穏やかではなかった。
「いけー!バトラス殺せー!」
「そいつは俺達の敵だ!」
「あでもバトラスが買ったらエアがバトラスの女になっちまう!?」
「それは嫌だ!どっちも相打ちでくたばれ!」
「いやそれでもお前の女にはならねえって!
好き放題言っているギャラリーを背に、バトラスは両手に手斧を構える。
その背には、身の丈を超える長柄のハンマーも背負っていた。
「フン、どんなイカサマであいつを口説いたのか知らんが俺に勝てると思うなよ」
「なら、万が一俺が勝ててしまったら、本当に3級として登録してもらえるってのは本当だな」
「はっ、そうだな。勝てりゃあな。だが当然、手加減はしないから精々死ぬんじゃねえぜ?」
「そんなに脅さないでくれ。弱い奴が威嚇してるみたいでかっこ悪いぞ」
何の気無しに言った嫌味だったが、一瞬バトラスから表情が消え、
「—――アリア!さっさと始めろ!」
「え、えっとじゃあ、両者見合って――はじめ!」
結局居合わせた職員のアリアがそのまま審判を任ぜられて、開始の合図を告げる。
「でえぇぇぇりぁああああ!!」
咆哮を上げながらバトラスは斧を振りかぶりシュウに突貫していく。
その足取りは見た目に反して俊敏だ。やや乱暴だがバトラスは元2級傭兵の引退組であり、見た目通りの叩き上げである。当然、対人戦の心得も下手なベテランの上を行く。
「ふん、はっ、どうりゃ!」
手斧を振り下ろし、横に薙ぎ、それを最小限の動きで躱したシュウにスイングの勢いに乗った身体の回転を乗せて回し蹴りがシュウの脇腹を直撃して吹っ飛ぶ。
「ああ!」
それを見たアリアが声を上げる。
当然だ、支部長が全力で蹴れば野鹿も卒倒する威力がある。2級傭兵の実力は伊達ではない。それが直撃したように見えたのだから、無理からぬことである。
だが――
「なるほど、シュウ殿はやはり生身でも出来るお方らしい」
観戦していたエアが呟く。
吹き飛ばされたシュウは、特に受け身を取るでもなく、地面に掌を素早く打つと頭上高く飛び上がり、陸上選手よろしく回転を加えながら着地してみせた。
「ぁあ?喧嘩売ってんのかそれは」
曲芸じみた着地を披露したシュウにバトラスは不快感を示す。
「いやなに、ちょっとした確認だ。続けてくれ」
「後悔させてやる!」
バトラスは再び咆哮を加えて連撃を繰り出す。
リーチの短い手斧は至近距離での戦いになる。
その一撃一撃は力の流れを殺さない繋がりがあり、結果的に相手に反撃の隙を与えない猛攻になっていた。
「うお!バトラスのやつマジだぜ、本気で殺す気じゃないよな?」
観衆が呟いた懸念は、数秒後確信に変わる。
「ぉぉおおおああああ!!」
バトラスは大気が震えるような咆哮を上げて間合いの外から手斧を投げつけた。
「やべえ!あいつ死ぬぞ!」
剛速球のような速度で手斧が飛んでいく。手斧とはいえ2kgを超える質量が、薪の割れる大刃を付けて飛んでくるのだ。当たれば四肢の一つは千切れ飛ぶ事だろう。
「なんだそれは?」
とはいえシュウものんびりと見ている訳では無い。
トントンとステップを踏むように、片手ずつ投げてくる手斧を丁寧に躱していく。
「死ねえぇぇえ!」
だが斧の回避をしている間に間合いを詰めたバトラスは、背にしていたハンマーを振りかぶって、シュウの頭を吹き飛ばす軌道を既に捉えていた。
これこそバトラスの必殺戦術、三段槌。
大男の咆哮によって相手を委縮させ、不意打ちの手投げ斧で相手の姿勢を崩し、意識の外からハンマーでトドメを刺す。
魔物にも人にも有効な実践的技術だが、バトラスの威容と膂力があればこそ意味を成す技と言える。
対するシュウは避けようともしない。誰もがシュウの頭が飛び散る瞬間を想像し目を逸らした瞬間――
「――は?」
その声は誰が発したものだったか。
バトラスの懐に一瞬で飛び込んだシュウは、突っ込んできたバトラスの勢いを殺さず、上体を受け流すようにしてバトラスを後方へと投げた。
流れるような合気、だが投げ飛ばされたバトラスは観衆の誰もが想像している以上の猛スピードで吹き飛び、壁に激突した。
素粒子エンジンのベクトル操作を存分に活かした、種も仕掛けも大有りのペテンだが、こういった小賢しい演出はシュウの得意技でもある。
「名付けて流燕返し、なんつって」
誰もシュウの声に耳を傾けておらず、場は静寂に包まれていた。
「審判、まだやるのか?」
「あ、少々お待ちを!」
アリアさんは急いでアトラスに駆け寄り状態を確認する。
「――うん、息は有るわね。支部長バトルスの気絶につき、勝者シュウとします!」
バトラスは身体の頑強さをウリにしてきた元傭兵だ。しばらくして何事も無かったかのように意識を取り戻して吼える。
「こんなんじゃ認めん!魔道具に頼ったインチキ野郎め!」
「ですが支部長!道具を使っても支部長を圧倒していたのは皆が見ています!」
アリアが必至に宥めようとするが、バトラスは引かない。
「どうせ金持ちのボンボンが手に入れた特別な魔道具で実力を誤魔化しているんだろう!そんなことで飛び級させるほどここは甘くない!」
「ふぅん?リオネスカの支部長サマは私達の目も曇っていると言いたいのか。気に入らないな」
紹介こそしたがあくまで傍観者でいようとしていたエアだが、そろそろ我慢の限界だった。
エアは今後、シュウにEL.F.の存在を今のところは秘匿して、存在が発覚してもカスタムされた妖精機の一つとすることを勧めている。
どう考えても方々が大騒ぎする代物なうえ、シュウも自分達もロクなことにならないのは目に見えていたからだ。ここに関してはシュウも異論は無かった。
それに秘匿したとして、2級傭兵がコレという推薦をした傭兵は、保証人となることで最大3級までの飛び級登録が可能だ。シュウの実力ならば多少のケチがつこうと何の問題も無いと踏んでいた。
実際、売られたイチャモンに実力で応えて見せたのだから、推したエア達の鼻も高いのだが、負けた側がこうも頑なでは一言入れたくもなる。
「うるせぇ!お前が気に入っても俺が気に入らねぇ!決定権は俺にある!」
「ダッサいわねぇ、ウチの団長の事で嫉妬して始めた喧嘩で負けたから、今度は嫌がらせってわけ?」
「なんだと!」
エアが口を出すなら私も遠慮なくと言わんばかりにダルジェも煽る。
「だってそうでしょ?実力こそが全ての傭兵の世界でさ、実力があるのに気に入らないからって理由だけで」
その怒気は静かだが、言葉の節々から滲み出ている。
「そうだ!だせえぞバトラス!」
「約束守れよ!」
「お前責任者だろが!責任取りやがれ!」
「ぐぅ、お前ら――」
ブーブーと野次が飛ぶのを見て、バトラスも流石に旗色が悪いと感じたが唸るが、ハタと気付いて口元を歪めた。
「――そうだ、責任だ。俺は支部長としてコイツの資格に対する責任を負わなきゃいけねえ」
それを見た周りの傭兵達も、バトラスがまた嫌な事を思いついてしまったと顔が渋くなる。
「お前に一つ依頼を出そう。その達成を以て、お前が3級の実力者と正式に認めてやる」