渡りに船、船だけに
木端微塵にした死竜の残骸、正確には砕けた核を回収して、疾風の足と名乗る者達の船に乗り込んだ。
ダルジェと呼ばれた者がそのボロボロの機体を引きずるようにして帰投していくので、肩を貸して文字通り滑るようにして格納口へと同行した。
空艇の格納庫にて、迎えに来た団長エアがダルジェを見つけた瞬間、目に涙を溜めて飛びついた。抱きしめ合うその姿には、戦友としての情があふれていた。
「無事でよかった……!本当に……」
しばらくして、エアはこちらへ向き直ると深々と頭を下げる。
「私はエア。この傭兵団、疾風の足の団長を務めている。見ての通り、ハーピィばかりの小さな団だ」
「アタシはダルジェ!この団唯一の妖精機乗りだよ、さっきは本当にありがとう!」
「シュウだ。皆無事で良かった。ハーピィ……実際に会うのは初めてだな」
エアとダルジェは腕に翼を持ち、足先に猛禽類のような鋭い爪を備えた異種族だった。へそ出しのビスチェと短パンスタイルの服装からは、鍛えられた筋肉としなやかな肉体が覗く。
鳥人種の名は覚えていた、だが実際の彼女たちを見ても、少々変わった手足を持つだけの美女に見える。
しかし傭兵か、あの破壊された機体は貴重な仕事道具だろうに、もう少し頑張れば間に合っていただけに、悪い事をしてしまった。
格納庫のハンガーへ目を向けると、破損した機体とフレイを整備班らしき数人が囲ってざわめいている。
「……班長!これ、十二メートル級ですよ!しかも見たことない!一体どこの機体ですかね」
背の低い作業服を着た女の子が声を上げてきた。
――メートルだと?
「なあ、ここにはメートル法があるのか?」
エア団長に向き直って問うてみた。
「ん?妙な事を聞く...そんなもの、遥か昔からあるだろうに」
まさかフランスかギリシャが存在するのか。
「パリやアクロポリスなどといった言葉に聞き覚えは?」
「聞いたことも無いな」
違うらしい。さっきから違和感無く言葉も通じているし、一体どういう原理だろうか。
「何が気になるんだ?その口ぶりじゃ、まるでこの大陸の人じゃないみたいだ。恩人にこんな詮索はどうかと思うが、シュウは一体どこから来られた?」
「ああ、まさしく大陸の外からやってきた」
「え?」
まさか肯定されるとは思っていなかったのか、エア団長がキョトンとしていた。
「ちょっと、嘘で誤魔化すならもーちょっとマシなやつにしてくれない?」
そういって整備班の中からひときわ長い尻尾を二又に分けた女性が一歩前に出る。タンクトップ1枚とカーゴパンツという軽装に、猫耳が生えていた。ファッションのカチューシャかとも思ったがピコピコ動いているうえに人間の耳が無い。ハーピィという彼女達と同じく、猫の亜人ということだろうか。
「操舵手のダリルよ。見ての通り猫人種で、ここの整備班長も兼ねてる技術責任者ね」
そういってダリルはズイズイと近寄ってきて、眉間に皺を寄せたまま言葉を重ねる。
「海の向こうは別大陸があるなんて仮説を立てた人も居たけど誰も見つけたことなんか無いし、遠征に出た船団がやっとの思いで辿り着いたと思った大陸は、この大陸の反対側だったなんて話もあるわ。遠洋には方角を狂わせるような魔素があるか、もしくはこの大地と海は端と端が繋がっていて先は無いなんて言われてる。その上で、なんでわざわざ海を越えて来たなんて言うわけ?」
なんだその世界常識は、そして誰だよ無自覚に世界一周キメてしまった奴凄いな。
〈ご歓談中に失礼します〉
アイリスが短距離無線通信で話しかけて来た。
〈先程から皆様の音声と言語パターンを解析したところ、我々の共通言語と齟齬があります。何らかの作用によって、我々の言語認知が歪められている、あるいは翻訳されていると推測されます〉
〈なんとも都合の良い話だ。とはいえ検証は必要か、書籍等を入手したら、こちらでも翻訳を頼む〉
〈よろしくお願いします〉
「聞いてる?何で黙ってるのよ」
「ダリル、失礼だぞ」
アイリスの話を聞いて考え込んでいたこちらを見て、ダリルが更に訝しむが、それを団長のエアが諫めている。
「だって怪しいじゃない!百歩譲って出身を誤魔化すのは良いとして、あの妖精機は異常よ!あんな速度で動けて、あんな威力の魔砲が撃てる機体なんて聞いたことないわ!王国に隠れて帝国が開発した極秘の元素機とか?それなら機密情報すぎてアタシ達生きて帰れないわよ!」
色々と気になる言葉をダリルが口走っていたが、さてどう話したものか――
〈いっそ全部話してはいかがです?〉
思案していると、アイリスが割り込む。
〈論拠は〉
〈偽の経歴を作っても調整が面倒です。フレイは損傷こそしましたが我々の武力は圧倒的です。身分の無い迷い人を彼らは放置できませんし、彼らの属する組織があるなら、更に放ってはおかないでしょう〉
〈つまり、取り込もうとする勢力の下心を利用して、向こうに経歴を作らせるとか、機体修理の足掛かりを作ろうって話だな〉
〈我が指揮者は悪いお人ですね〉
〈お前が言うなよ〉
実際、フレイをダシにどこかの立場を手に入れるのは悪い話ではない。
何なら奪われたとしても構いやしない。強固な生体認証がある上に、分解でもしようものなら、アイリスが勝手に不届きものを蹴散らすだろう。必要な時に呼べばいつでも使えるのだから、リスクですらない。
「分かった。正直に話そう。実は荒唐無稽な話で俺も信じられなくて、君達に話しても逆に怪しまれそうで嫌だったんだ。許してほしい」
視線をダリルに向けた。
「ふうん、だったら話してみてよ。これでも私は二又の猫人種だ。そこらの長命種よりは長生きだし、亜竜の群れと戦った英雄をこの目で見て来た私が信じられないような話があるっていうなら、聞かせてもらおうじゃない」
「全く...すまないシュウ、これでもダリルは私達よりずっと年長でな、イモータル・ノック商会から空艇の管理のために来てもらっていて、団長、いや船長こそ私がやってるが、今の運送業に関わっている間の立場は対等というか上ぐらいなんだ」
要するに、ダリルは元請け会社からの出向人みたいなものなのだろう。
「構わない。俺自身、自分のことが怪しい自覚はある」
「ごめんねえ、助けた事は本当に感謝してるのよ。でも私達も気になるから、話してくれる?」
エアの脇に居たダルジェもフォローしてくる。
「ああ、じゃあどこから話そうか」
状況証拠から恐らく、自分はここと異なる世界からやってきた。
理由も、原因も見当がつかない。
自分の居た世界では、妖精機とは全く技術の異なる機体EL.F.があり、それを戦って競わせる競技があった。
自分もその選手で、戦闘中に突然こちらへやってきた。
こちらへ迷い込んだ直後、いきなり天空に放り出され、先程と同じような化け物と戦うハメになった。
EL.F.は空を飛べ、かなり強いのでなんとかなったが、有り金は無く道も場所も分からない。
幸いにして偶々居合わせたこの傭兵団と会話が通じた事を喜んでいるが、これからどうすればいいのか皆目見当もつかない。
訥々と語っていくうちに、傭兵団の面々は渋い顔や驚いた顔、呆け顔と様々に分かれていく。
「なので、一先ずはどこかで暮らせる自活手段を手に入れたいというのが俺の現状だ」
「はぁ?それを信じろと?」
当然、一番怪しんでいたダリルが噛み付く。
「信じてくれなくても構わない」
「えっ?」
「俺は偶々ここにきて、偶々君らを気まぐれで助けた。恩の一つも返さず怪しまれるような居心地の悪い場所に居たいとも思わないし、さっさと別れて話の通じる人を探せばいいだけなんだ。幸い言葉が通じるのは分かったしな」
「いや、あんたここキムレス大砂海よ?空艇も無しで越えられる訳――」
「空を飛べると言った。そして君らが逃げていた時の速度の10倍以上の速度で、俺の機体は飛べる。この意味が分かるか?」
「嘘よ!」
「本当よ」
「ッ――オキペテ!」
ダリルが振り向く。オキペテと呼ばれた声の主は、黒髪のハーピィだった。
「私、ダルジェが追われた時も周りを見てた。私が一番目が良い、から。だから何とかできるものは無いか、必死に探してた。そうしてたら、本当に信じられない速度で凄い遠くからこの人の機体が飛んできた」
しばしの沈黙を破ったのはダルジェだった。
「アタシも信じるよ。目の前で見たしね、っていうか皆だって見えてたでしょ?あのヴォミドの化け物を吹き飛ばしたとんでもない強さ。妖精機のレベルじゃないって」
エアも頷いた。
「私も信じる。それにダリルは私達の事が守りたいだけなんだ。商会や私達の立場が危うくならないよう、警戒してくれているだけで悪意は無いのを分かって欲しい」
「ちょ、ちょっとエア!」
ダリルが慌てている横で、他のハーピィ達もそうだなと笑い合っている。
「私もシュウの事を信じようと思っている。いや、あのような巨大なヴォミドに立ち向かって助けてくれた時点で、むしろ我々は最初から全幅の信頼を置かなければならないだろう。そしてどうか、今までの無礼を許してくれるならば我々に、恩返しの機会を頂けないだろうか。この通りだ」
そう言ってエアは勢いよく頭を下げる。
「礼を尽くそうとしてくれるエア団長の礼ならば、俺も気持ちよく受けようと思う。具体的には何を?」
いちいち噛み付くダリルは別に許して無いからなとニュアンスに含めておく。
「行く当てが無いのであれば、我々と一緒に来てくれないか。今は依頼を受けて港湾都市リオネスカへを向かっていて、そこでなら傭兵組合で身分を持たない者も傭兵登録が可能だ。傭兵になっておけば、身分の保証ができるうえにシュウ程の実力があれば金を稼げる。我々が保証人となれば、見習いの階級を飛ばして登録も可能だ。どうだろうか」
「それで、君達の壊れた機体の代わりに仕事を手伝って、目先の日銭を稼いでみてはと、そういうことかな」
「ああすまない、違うんだ。この船はあくまで高速艇で、空賊は振り切れるし空の大抵の魔物は我々ハーピィが居ればそもそも脅威とならない。クー・シーは壊れてしまったがアレはもしもの時の命綱なので、慌てて修理をしなくても何とかはなるんだ。シュウが信用できる傭兵として私が保証することで、妖精機が必要な難しい依頼の繋ぎをしてあげられると思ってな」
「分かった、そういう事なら世話になる」
「っああ、任せてくれ!」
〈足場作りとしては上々なのでは〉
〈まぁ、そうだな〉
「そういえばこの空艇?は最新の船なのか」
「ええそうよ!イモータル・ノックが誇る最新の空艇ね!」
バツが悪くなってか黙っていたダリルが急に元気になる。
「なら、トイレを見せてくれ」
「え?」