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強くてニューゲーム(疑)

 当てのない砂漠を、やや黒焦げた翡翠の装甲を身に纏う鉄の巨人が飛ぶ。

 大気圏を豪快に突破していい感じに日焼けしてしまったEL.F.で、名をフレイという。


「どうだ、アイリス」


「やはり駄目です。かなり危険ですね」


 砂漠を抜けながら、アイリスに機体のフルスキャンを頼んでいるが、状態は芳しく無い。

 まず、機体全体が熱に晒された影響が深刻だ。

 光学迷彩の精度が出ない、完全透過とは程遠く、「なんだか景色がモヤっとしている」ぐらいの違和感がある。

 そのうえ電磁加速砲(レールガン)の主要部品が熱にやられている。


「発射はできるのか?」


射撃制御(FCS)は問題ありません。ただキャパシタがかなり深刻です。威力を抑えてもマトモに発射できるかどうか」


「熱害か、確かにこれは想定外だった」


 必殺を旨とするフレイの重要装備が怪しい。これが必要な銀竜クラスの敵がそうそう居るものではないが、レールガンが損耗した状態で戦ったことなどないので不安はある。

 どこかで、動作テストはしておきたいが――


 アイリスにレーダー監視を任せて、自分は有視界内の()()()を続けた。


 やっていたのは、死竜と呼ばれる存在の捜索だ。





『アレを倒せるお主にしか頼めぬことだ。我の代わりに見つけたら討ち取ってほしい』


 銀竜の頼みは死竜の討伐だった。

 死竜、核が汚染された竜種のなれの果て。

 銀竜を襲った怪物は、特別強力な竜種の汚染体だったらしく、危うく死竜と化す所だったとか。


「面倒な話だな。正直、あまり必要性を感じないのだが」


『そう言うな。我ら竜神に至りし存在はいわば世界の楔、それが腐り堕ちればどうなるか分からんではあるまい?』


「だから世界を守る英雄になれと?御免だね、俺は慈善活動家でもなければ博愛精神の欠片も無い事を確信してしまっている。そういうのはもっと使命感に打ち震えるどこぞの勇者様とかにお願いしろよ」


 だいたい異世界の命運チックな話で急に揺する竜とか聞いた事が無い、こちらは外様だぞ。


『勇者などといった存在は終ぞ聞かぬ。対抗出来うる正竜以上の竜種はそもそも接触自体危険、人の子らで対向できそうな力は、500年以上前に見たそなたのようなヒトガタの巨人ぐらいだ。そうそう頼める者は居ないという訳だ』


「じゃあ、放置したら世界が滅ぶとでも?」


『大いにありえるな』


 居ないのか勇者。ゲームのようにはいかないな。

 それにしても――


「不愉快な話だ。というかほとんど脅迫に近いな。それほどに言うからには相応の見返りが欲しいぐらいだが」


『ならば、持っていけ』


「は?」


 銀竜は胸に無理やり押し込んでいた自分の核を再び抉り出すと、コックピット越しに手渡してきた。


「おいおいおい!折角直したのに――」


『よい、どの道もう身体を維持する力を失っていたのでこれ以上治せないのだ。我は身体を失っても死せず、その核に宿ることになる。核が消滅さえしなければ世界の楔は消えぬ。破壊さえしなければ我の命、好きに使ってくれて構わん。では、頼む』


「お前...」


『ああそれと、肝心の死竜だが、偶然にもこの砂漠に気配があるぞ、方角はあちらだ。一応探してみてくれ』


「え?――いやちょっと!?」


 言うだけ言って銀竜の巨躯は力が抜けたように倒れ込み、光の粒子となって消えた。


「まじか」


 そうして――


「それにしてもデカい砂漠だな。本当に居るのか?」


 銀竜に言われた方角だけを頼りに、砂漠を飛んでいく。

 核だけとなった銀竜はというとコックピットの補助席で現在は奉られている。いやグラグラするので緊急固定用の黒テープで、まるで贈り物のようにぐるぐる巻きにラッピングされていた。


「2時の方角約10km、飛行体2、急接近中」


 アイリスが初めて有意な物体を捕捉したと告げる。


「2?まあいい、例の化け物だったら速攻で片を付けるぞ」


 〈Combat Ready〉


 即座にアイリスが戦闘モードを起動し、望遠レンズから合成した映像が視界に映される。

 映像には既に、銀竜を襲っていたような巨大な黒い竜が居た。ただしこちらは翼が無く、さながら大蛇のようであったが、黒泥を撒き散らしてこちらへ迫っていた。銀竜と黒い竜はどちらも荘厳な翼竜のようであったが、こちらは雲海を泳ぐ龍、それが腐り落ちたかのような威容だ。


 その中央に、もう一つのシルエットが重なっていたことに気づく。


 〈あれは――何かが追われている?〉


 それは一見すると船、空飛ぶ船だった。死竜に追いつかれそうになるたび、船尾から爆風のようなものを噴射して加速し、距離を稼いでいる。しかし徐々に、加速する距離が短くなっている。

 加速用の燃料が底をついたか。


『こっちだ!化け物!』


 すると船体から1つの黒い影が飛び出て、咆哮と共に大きな槍を死竜目掛けて投げ込んだ。

 槍は投擲の瞬間、船がやったのと同じように爆風を噴射して一気に加速、死竜の腐った体表に突き刺さった。

 黒い影は、よく見るとEL.F.と同じぐらいの背丈を持つロボットだ。その出で立ちは2足歩行の黒猫のようで、印象通りのしなやかさで砂漠に着地すると、船とは別方向に全速力で駆け出した。刺さった槍に痛痒があったのかは不明だが、死竜は黒い機体を追いはじめた。


『待てダルジェ!死ぬ気か!戻ってこい!』


『船長はさっさと逃げろ!私を無駄死にさせるなよ!』


 外部スピーカーらしき声から、必死の形相で叫んでいるであろう光景が目に浮かぶ。


 〈助けますか?〉


 〈ああ、そうだな――〉


 助けるのはやぶさかではない。

 ついでに道案内を頼むとしようじゃないか。


 〈よし、恩を押し売りにいくぞ〉


 〈スラスター全開、突貫します〉


 横Gを軽減できていなければ首がへし折れていたであろう加速度で、スラスターも使いフレイが加速する。

 視線を戻せば黒いロボットは死竜に追いつかれ、振り回し叩きつけてくる尾や、噛み付きを必死に躱していた。


 ――あれが恐らくこの世界の人型兵器、妖精機という奴だろうか。


 しなやかさのある機体で、俊敏な身のこなしだ。とはいえ死竜はそれを追い込む程の勢いで攻め立てる。銀竜を襲っていた竜ほどではないが、巨躯に似合わぬ動きでついに避け切れなかった妖精機の左腕を死竜の尾がかすめた。


 バギャンッという破断音と共に妖精機が錐もみしながら倒れ込む。


『ダルジェ!!』


 向こうは大ピンチだ、急げ急げ。


 〈加速〉

 〈加速します〉


 ドンッと圧縮された空気を爆発させてフレイが加速する。音速を超えたEL.F.が、膨大な運動エネルギーの塊となって迫る。

 黒いロボットを今まさに上から叩きつけんとする死竜の尾へ、超重剣を下段から振り上げると、死竜の尾は木端微塵に粉砕。直ちに素粒子のベクトルを中和させて急停止。瞬時に上方向へベクトル変化させると同時に下方向のスラスターを噴射して急上昇、死竜の頭部へバーティカルターンを披露して大上段からもう一撃。死竜の頭は水風船を破裂させたかの如く飛び散った。

 数秒にも満たない急襲により、死竜はドウッと音を立てて巨体が倒れる。

 だが――


 〈おいおいまじか〉


 飛び散った泥が再び集まりウゾウゾと蠢いたかと思えば、粉砕した頭部が数秒で泥の渦となって――まるで巻き戻しのように再構成されていく。


 〈核が竜種の身体を維持させるならば、死竜も核の破壊が必要かもしれません〉


 銀竜の話を聞いた今なら、アイリスの推論はもっともだ。


 〈位置は〉


 〈胴体中央部〉


 銀竜を襲っていた死竜は、十分な加速時間を経ていたので超重剣でそのまま木端微塵に吹き飛ばせたが、こう至近距離ではそうもいかない。となれば――


『ねえ!そこの!』


 距離の離れた空飛ぶ船から叫び声が聞こえた。


『そこの機体!ダルジェを助けて!我々疾風の足から正式な依頼だ!礼なら言い値で払う!頼む!!』


 ダルジェ、黒い機体の乗り手のことだろう。その悲鳴のような訴えが、いかに大切な人物であるかを物語っている。


 〈都合の良い展開ですね、恩を売っておいてはいかがです?〉


 アイリスの提案に否やは無い。どのみち死竜を倒すのは決定していた。 


 〈そんな言い方しなくても助けるさ。現状での電磁加速砲を試射する良い機会だ。モニターを頼む〉


 〈了解、素粒子臨界、充電開始〉


『良いだろう。下がっていろ』


 再び襲い掛かる死竜の四肢を超重剣で粉砕し、遠方へ首を吹き飛ばす。

 先と同じように倒れ込み、黒泥が集まりはじめたが、今度はそうはいかない。


 〈ガンバレル展開-ガス圧正常-冷却開始-超電導確認-リニアレールセット-照準修正〉


 アイリスが電磁加速砲の発射シーケンスを何も言わずとも開始する。


 〈充電完了まで5,4,3――〉


 衝撃から守る為黒いロボットの正面に立ち、黒竜へと砲身を構える。


 〈発射〉


 電磁加速砲はその一射にて機能を十全に果たし、砂の海を割った。

 軸線状に居た黒竜は文字通り消滅してしまった。


 〈――いけない!〉


 アイリス珍しく慌てた声と同時に、コンデンサと砲身部を繋ぐ給電ポートが強制切断される。


 ――直後


 バァン!という破裂音と共に、電磁加速砲に取り付けられたコンデンサが爆発した。


 〈ダメージ!〉


 〈機体骨格損傷無し、砲身部、制御回路も通電を確認、キャパシタの給電ありません――完全に破損しています〉


 血の気がサーっと引いていく。

 あれだけ念入りに準備していたEL.F.最高火力を誇る兵装が早々に使い物にならなくなってしまった。

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