流星
EL.F.であるフレイの全力での戦闘速度は音速を超える。
極限まで重力や空気の抵抗を打ち消して、文字通り爆発的な推進力を得るが故に、時速4000キロで飛びながら、時速4000キロで直角に軌道を変えたりする訳である。
シュウは今、そんなEL.F.でもってしても未体験の速度域に居た。
素粒子を制御するEL.F.は、実質的に機体と周辺の重力ベクトルを操れる。
つまり戦闘中でもなければ、加速したい方向に向けて落ちればひたすらに加速するという寸法だ。1Gよりも高いベクトルを向ければ更に早く加速していく。
瞬間的な加速力が必要でなければ、素粒子エンジンの万能性は叡智の域を超えているだろう。
「まさかEL.F.で第一宇宙速度を体験することになろうとは」
「どこまで加速しますか?」
「これ以上加速すると衛星軌道を超えないようにするほうが難しい。このまま飛ぶぞ」
カーマンライン付近に現れたシュウは即座に機体を飛ばした。
文字通り夢に見た異世界ならば、最も苦戦した最初にして最大の難敵である銀竜がここには居る。それを見つけて、状態を確認する必要があった。
「しかし、本当に仕留めないのですか?分かっているのなら先制攻撃で致命傷を与えれますが」
「そいつが死ぬとマズい――はずなんだよ」
「放っておけばいいのでは?」
「どうしても気になってな」
自分の記憶かどうかも確証が持てない記憶を信じるなどどうかしている。
とはいえその情報を裏付ける非現実的なシチュエーションがこうも続けば別だ。
銀竜が死んで助かったという禁術使いとやらを自分が見てもいないのにその風景が薄っすら浮かんできたのは何故だろうか。
銀竜に会えば、何か分かるのではないか。
ただ遭遇と同時に襲ってくるような凶暴さだ。
今回もそうであれば逃げるしか無くなってしまうが――
そう逡巡していた時、センサーが大きな影を捉えた。
「目標発見」
「本当に居たな」
白銀の翼を大きく広げた巨躯、見紛うはずもない。
だがその様子はおかしい。一心不乱に飛び回り、翼を振り回している。
距離が近づくにつれ、銀竜が何かと戦っているのが見えた。
「襲われている?」
地平線より高い、宇宙の暗い背景によって分かりづらかったが、銀竜と戦っているのは真っ黒な竜だ。
しかしその姿は全身から黒い煙を立ち上らせ、鱗は至る所が剥がれ落ち、皮膚は抉れて骨が覗いていた。
その仮称黒竜は、動けば動くほどに身体を腐り落としている。
ブスブスとガスを出しながら黒い泥が体中から溢れており、じっと見ていれば生理的な嫌悪感を想起させる。
そして頭は無く、翼と尾のシルエットからどうにかその面影を見るに留まっていた。
だが無残な見た目とは裏腹に俊敏で、銀竜は触れられる度に苦しみ吠えている。
「助けるぞ!」
〈Combat Ready〉
アイリスがすぐさま戦闘モードに切り替わる。
五感が脳波に置き換わる感覚――視界の先で黒竜は全身の泥を飛び散らせ、今まさに銀竜に覆いかぶさろうとしている。
〈やらせるか!〉
ウェポンハンガーから超重剣を抜き、爆圧スラスターで更に加速する。その音とこちらの気配に気づいた銀竜は、眼を見開いていた。
突入速度はそのままに、一切こちらを気にしない黒竜へ向けて超重剣を前へ投げ込むようにして突き込んだ。
ボンッ!!―――――
大質量の運動エネルギーの塊が、マッハ20以上で直撃した。
例えば自動車に戦車が高速でぶつかればどうなるか――
跳ね飛ばされることも、潰れることもない。高速で大質量すぎる戦車の衝突で木端微塵に弾け飛ぶのだ。
ならば小さな戦車ほどの質量を持つ剣が、極超高速で衝突した物体はどうなるかは最早論ずるまでも無い。
突然の闖入者に銀竜は状況が呑み込めず固まっていた。
シュウは慣性を殺しながら超重剣をハンガーに戻しつつ、銀竜の前にUターンしながら滑り立つ。
銀竜が狂っている様子は無い。だが警戒したように、フレイを注意深く見ている。
『何者か』
喋れるのか!
直ちに外部スピーカーを有効化する。
『俺の名前はシュウ、この機体はフレイ。通りすがりのDrifterだ』
『――その人形はヒトらが扱うモノに似ているが、中身はまるで我らと同じ竜、ヒトは竜の模倣まで成ったというか?』
『竜?竜を作ったつもりは無いんだが・・・あ、おい!』
話している最中、銀竜が呻きだす。
『黒き竜を仕留めた力があるなら――次は我を、討て……!今のうちに、我を滅せよ!』
唐突に謎が一つ解けてしまった。同時に状況が良くないというお知らせでもある。
『助ける方法は無いか!?』
『この呪いは竜の魔素に取り憑き、核にまで喰い込んでいる……理性のある今が、最後の時だ。すぐにでも我を――』
確かに魔素なんて代物は知らないし、こんなだだっ広い高空でそんなものを銀竜自身以外で用意するというのは無理な話――
いやまて、魔素、魔素だと......?
アーカイブを見た記憶の中に、素粒子エンジンを竜が纏う無色の魔素と表現するハーフエルフの記述が蘇る。
まさに妖精の導きと言えるが、果たして。
『俺の遥か昔の知人に、俺に竜の魔素があると言った奴がいる。そして今、竜であるあなたにもそれを聞いた。俺の魔素をあなたに送り込めば、呪いは消せるのではないのか?』
『貴様の?――グゥァッ、確かに竜を模したその人形ならば可能かもしれんが止めておけ、我の全身を覆う魔素の量は、並の竜種の比ではない』
ドラゴンにお気遣いを受けてしまった。
――なめられたものだ。
『やらせてみろ、どうすればいい』
数秒の沈黙、銀竜はふっと鼻で笑った、ような気がした。
『――ふぅ、我の核に魔素を送り込んでみろ。ここだ』
言うや否や、銀竜は自身の腹に爪を立てて、核と呼ばれる結晶を抉り出した。
『お、おい大丈夫かそれ』
『大丈夫な訳があるか、フゥーーッさっさとやれ。どのみち狂うか死ぬかなのだ、核が浄化されればなんとかなる』
言われるがままに核へと触れ、周囲の素粒子ベクトルを核へと向ける。
『それではない、お前自身のだ』
『俺の――?』
「我が指揮者、ダイモーンの共振させた素粒子では」
フレイの自発粒子を核へ向けてみる。
『そうだ、それこそ竜種の魔素のようではないか』
本当にコレでいいらしい。
なるほどつまりそれは、今最も潤沢な手持ちで良いという訳で、なんとも都合の良い話じゃないか。
1番機アガトスと2番機カコスの共振駆動によって、フレイのエンジンは一瞬で莫大に、しかも持続的に素粒子を生成できる。電力の上限値こそ変換機の都合で決まってはいるが、無加工でいいならこんなもの吐いて捨てるほど使えるのだ。
ならば――
『いいだろう、たっぷり喰らえ!』
全開で素粒子を叩き込む。
『もっとだ』
もっと!?
注ぎ込み続ける
『――もっとだ!』
もっと!?!?
『おお、おおお!もう少しだ』
〈オーバーヒートします。一旦中止を〉
自分のアバターに方肺を移植しているせいで、全身から火が出ているかのように熱い。
ここまでの負荷を長時間かけたのは初めてだ。
〈スロットリングしながらでも動かせ!〉
〈サーマルスロットリング開始〉
どれくらい時間が経っただろうか。
〈限界です――休止状態へ移行、方側待機状態〉
機体の自重保護に必要な粒子量を除いて、ついに駆動が止まってしまった。
これでは素粒子の整圧もままならない。
機体を支えられず、重力に引かれ落下が始まる。
「くそやばいな、墜落までに復帰できるか?」
〈その前に大気圧縮熱で燃え尽きそうです〉
何十トンもの機体がフリーフォールである。トンでもないスピードだ、トンだけに。
何せ頼みの綱の素粒子が出ない、EL.F.のエンジンが止まるなどと、全く以て話にならない。
機体が高熱を帯び、赤熱していく。
万事休すか――
流れ星のように燃え尽きそうな瞬間、上空から猛スピードで銀竜が追ってきた。
『面倒をかけたな』
そう言って機体を抱えるようにして銀竜が落下速度を落としていく。
『おお!助かった!』
だが銀竜はフレイを抱えながら呻き声をあげた。
『く、なんだこの重さは!?』
忘れていた、フレイは重いんだった。
「減速、間に合いません」
雲を突き抜け、だだっ広い大砂漠が眼下に広がった。
ここならば!
『軽くする!』
「了解、剣をパージ」
咄嗟の声にアイリスがハンガーから超重剣を落下させる。
途端、身体が浮き上がるように減速し、逆に抵抗が無くなった超重剣は更に速度を上げて砂の海へとダイブした。
『うわぁ』
まさに砂の大噴火、まさに砂の大津波だった。
砂塵が収まると、爆心地ともいうべきクレーターの中央にゆっくりと銀竜に抱えられて降り立つ。
「休止状態解除します。定格の待機状態へ移行」
漸く機体が本来の出力を取り戻したので、伝説の剣――というより、石碑のように突き刺さった剣を抜いて、機体ハンガーへ戻す。
『助かったよ』
銀竜の降り立った方向へ向いて声を掛ける。
『礼を言うのはこちらだ。だがそうだな、一つ頼みがある』
姿を見せた銀竜は、ボロボロになった身体をズルズルと引きずりながらこちらへ近づいて来た。




