Re:Virth
世界の名だたるトップランカー達が集い、EL.F.同士の武を競う大会は恙無く終了した。
選手達は手塩にかけて作り上げた機体と、血の滲むような訓練の末に栄光を勝ち取ったのだ。
だというのに、彼らはここ、砂塵が吹き抜ける競技用フィールドたる砂漠にて、倒れ伏していた。
「どうした諸君!」
それを生み出した張本人であるシュウが愉快そうに声をあげる。視界の先には、膝を付き、装甲を抉り取られ、煙を吹きながら四肢一つ動かすことさえ叶わぬ機体達が並んでいた。
彼らは先程まで、勝利の美酒に酔いしれていた栄え強者達だ。
「化け物・・・」
誰からか、吐いて出た怨嗟の言葉が聞こえる。だが特定する意味などない。それはこの場に居る全ての人間が感じていた事であるからして。
恐怖と忌避の視線は彼らの頭上、シュウが乗るEL.F.へ向けられていた。細身のシルエットに金のエングレービングが施された翡翠の装甲を纏い、ヘルムのバイザーからは2つの鋭い視線が光る。展開式の超電磁加速砲を折り畳んだ、巨大な角柱を背部ハンガーに背負い、身の丈程の巨大な超重剣を軽々と担ぐ様は威容である。
「この催し物は、そちらが企てたものだろうに。俺を化け物として扱い、化け物として討とうとしたのは君達だ。私は化け物としての役目を果たす為に、全力で化け物を演っているんだぞ?」
シュウの語気に含まれていたのは怒りか呆れか或いは嘲笑か、何れにせよこの惨状は君達が望んだ事だろう?と続けてみせた。
――かつて、シュウの開発したEL.F.の中でも最高傑作とされた機体『フレイ』。
大会側が想定していなかった威力の兵器を持つフレイは、不十分なリミッターによって強すぎるフィードバックを対戦相手にもたらし、脳波停止に追いやる大事故を引き起こした。
これによりシュウの機体はレギュレーション規制の対象となる。フレイの使用できる機能や兵装は尽く制限された状態となった。
当然シュウは運営委員と交渉をするも、シュウ1人の為に譲歩は許されないとして折り合いがつかず、最強と謳われたEL.F.は日の目を見る機会を失った。
だが少ない期間で圧倒的な強さを見せつけたEL.F.にはファンも多かった。彼らの批判を躱すため、運営委員は特例のエキシビジョンマッチを組む事となった。
それが世界ランカー上位5名対シュウによる、一体多数戦である。
無謀だという声が上がった。
これは運営が企画した、シュウを再起不能にするための虐殺だ――
――しかしてシュウは、その案を受けた。
蓋を開けてみれば運営委員の判断は正しかった。
正しくも誤っていた。
シュウの機体とのパワーバランスを取るのに、5機程度ではまるで足りなかったのだ。
敵機を前に光学迷彩を解き、シュウは堂々と姿を晒して煽っていく。
「どうした、四肢が千切れかけているぞ?ほら立て、力が無いなら主機を回して掻き集めろ、不意を突け。これは強敵と戦うイベントなのだろう?強敵とは、全員でいたぶれる程度のナメクジを言うのか?何故そんなに不満そうなんだ?」
シュウは一切の容赦をしなかった。
共振型素粒子エンジン、粒子光学迷彩、超高機動から繰り出す神速の超重剣による質量攻撃――フレイの力を見せつけてやらんとばかりに猛ってさえいた。
煽られて、5機の機体が余力を振り絞って飛んだ。亜音速を超える戦闘速度を誇るEL.F.が5機、前後左右と上から一斉に飛び掛かった。
直後、凄まじい衝撃音が走る。フレイが頭上へと飛び上がり、超重剣を振り抜いて進路上に居た機体を粉砕した音だった。
あらゆる機動力の補助に加えてあらゆる運動エネルギーを減衰させるバリアにもなる素粒子膜を展開しているEL.F.だったが、破城槌を撃ち込まれたガラスかのように弾け飛んでいく。
――生み出せる速度が、破壊力が、まるで違うのだ。
〈敵機の密集度上昇—――砲撃を〉
〈言ったろう、無駄弾は撃たん〉
〈―――Ja〉
〈嘘だったならそれでいいんだ。それ以外は予定通りにやるぞ〉
シュウが見た夢、その説明が難しい事情をアイリスには伝えていた。
シュウの言う通りなら自分達はこの後、世界から放り出され、別世界に迷い込む。
アイリスも本気で信じはしなかったが、主の願いを叶えるのに否やはないので、なるべく希望に沿うようにしてきた。
シュウの言う通り、杞憂ならそれでいいのだから。
誰もがシュウの勝利を確信し、興奮したり落胆したりしていたが、突如としてシュウは敵機にトドメを刺さなくなった。
突如として攻撃の手を緩め、攻めてきた相手をいなし、合気道よろしくひたすら受け流し、あるいは桁外れな出力の素粒子フィールドで文字どり"無視"していく。
「おい貴様!それはなんだ!まさかハンデのつもりか!?」
声を荒げてきたのは確か、ランク3の――名前は忘れた。
「なんだ?この程度ではまだ勝てないのか?全く、特別にお接待してやろうというのに、わがままな奴め」
超重剣をハンガーに戻して、肩をすくめて両手を上げて、ヤレヤレとわざとらしくモーションしてみせる。
その瞬間、相対していた4機のEL.F.は誰が見ても頭にブチっと音がしたように飛びかかってきた。
「はは!気分はマタドールだな!」
ひらりひらりと躱し、交差の瞬間に粒子圧を高めて吹き飛ばす。
そんな事を繰り返してどれほどの時間が経っただろうか。
・・・server access error ――time out.
機体のステータスを表示するパネルに覗いたメッセージを見て、シュウは即座に光学迷彩を起動しなおす。
・・・cloud app reboot ――time out.
〈アイリス、スタンドアローンへ移行、移行後は周囲を警戒状態で待機、制御も渡す〉
・・・error check start ――time out.
〈移行完了、I have Control〉
・・・Safe mode boot on.
・・・System boot ――HelloVector.
バツンと視界が落ちる。
サーバから強制切断されたかのようなめまいを覚えつつ、感覚が復旧するのを待った。
やがて視覚が戻ってくると、眼下に蒼い海と大地の広がる惑星を見下ろしていた。
機体は大気中の素粒子を巻き上げて大空にて静止している。
視覚に映る高度計は8万5千メートル――中間界面圏と呼ばれる位置を示していた。
「本当に、来れた」
眼下に広がる景色を、俺はきっと見たのだ――
「これが異世界――」
そこは神の奇跡を喰らい、飢えた呪いの住まう世界。
小さな命の終わりなき執念が
小さな奇跡を因果地平の彼方より手繰り寄せた。
それは機械仕掛けの妖精王。
闢発の号砲が齎すのは福音か、それとも――