膿
王都中枢、王城奥深くに設えられた高議会堂は、
王国の富と歴史とが、沈黙の形で積み重ねられた場所だった。
深紅の絨毯は足音を吸い、
白大理石の床と金細工の施された円卓は、
選ばれた者のみがこの場に立つ資格を持つことを、
嫌というほどに示している。
壁面には名門貴族の紋章が連なり、調度品の一つ一つが、
王国の威を示さんといわんばかりの豪奢さだ。
宰相――グラハム・ロウディスが、静かに告げる。
「――これより、臨時招集された王国高議会を開会する」
議会制民主主義たる中立国家ヱビスとは異なる王国の議会に参席するのは、何れも歴史ある貴族の顔ぶれだ。
王国の舵取りを担う場ではあるものの、今回の議決は宰相グラハムに一任されている。
本日の議題は一つ。
レオン・フィガロス・オブ・ヴェルセリス殿による、
ヴァルザー家再興、および当主となるシュウ・ヴァルザーの騎士養成校への特例編入について――
「まず、発議者となるローウェン家から」
椅子が静かに引かれ、
年嵩の貴族が立ち上がった。
セドリック・ローウェン。
慣例と家格を何より重んじる、血統派の代表格である。
「ローウェン家当主セドリックより、申し立てる」
穏やかだが、その声色に遺憾を隠そうともしていない。
「ヴァルザー家の成り立ちが特異であることは承知している。だが伝統と誇りあるフィガロスの貴族として、どこの馬の骨とも知れぬ者を迎え入れることに甚だ疑問を感じている次第」
視線が、レオンに向けられる。
「お家簒奪とまでは言わぬ。しかし、正統性の説明なくしてこの措置を看過することはできぬ」
レオンは立ち上がり、淡々と答えた。
「既に内外へ公表した通りだ」
――シュウは妖精機開発における全く別の技術体系を生み出した。
これによって王国は祖ヴァルザー家の後継としてシュウをヴァルザー家当主として認め、その後見人をレオン・フィガロス・オブ・ヴェルセリウスとする。
また現在の技術との融和に向けた研究の為、王国騎士の養成学校であり最高の研究機関でもある《ガーデン》に編入させる事とする。
レオンの用意した公式発表はそのようなものだった。
ヴァルザー家は、妖精機開発の祖にして、王国に技術体系をもたらした異邦の賢者たるエルフに、王国側での立場と責務を与えるため設けられた家だからこそ、シュウの存在は血統ではなく家としての役割に沿う――
それをレオンは覆したりはしないのだと言っている。
要するに、「お前のいちゃもんはお門違いだ」と暗に告げていた。
「…随分と都合の良い話だ」
ざわり、と低い声が広がる。
腕を組み、不満を隠そうともしないのは王国軍務官――レクトル・サルネス。
「このシュウという男が王国の管理下にあると言うのなら、その技術をまず王国に明け渡すのが筋ではないか?概要、設計思想、サンプルがあるのならその全てをだ」
「今の王国側の環境では再現不能とのことだ」
レオンは即答した。
「検証機が一機のみ存在するが、代替技術の開発に無くてはならない代物であり、研究成果については王国へ提供されるよう協力を取り付けている」
技術派の貴族が声を上げる。
「検証機ですと?ならばそれを我々が解析すれば、再現など容易い!」
「根本的な技術体系が根本から異なります」
レオンは首を横に振る。
「何より、検証機は誰にも渡さないことが、協力の条件です」
一瞬の静寂。
「……ふん」
レクトルが鼻で笑う。
「その程度、騎士団で強制接収してしまえば済む話だろう」
途端、集まった貴族達の意見が飛び交いだす。
「危険だ」「いや大丈夫では」「だが帝国に渡ればどうなる」「教国も黙っていまい」
欲と恐怖と疑念が、波を打つように巡り噴き出す。
「――静粛に」
宰相の一声が、全てを止めた。
「本件は、単なる一貴族家の問題ではない」
グラハムは、高議会全体を見渡す。
「現在、我々が懸念すべき課題は多い。帝国の南下政策、ヴォミドの一部活性化、教国との同盟――我が国が保持する妖精機産業は、それらの未来を占う重要なカードだ。故にこそ、更なる発展の芽は貴重といえる」
一拍、間を置く。
「とはいえ諸兄の懸念点は最もだ。レオン公爵、その男が王国の技術をただ持ち逃げしてしまうような可能性は?」
「無いでしょう。嫌を嫌とハッキリ口にする男ですし、受けた恩には相応に報いようとする性格です。要求もハッキリしているので、個人的な調査依頼なども代わりに引き受けてくれます。政には疎く、懐柔は容易な方かと。むしろ、彼の助けた傭兵団を通じてその片鱗に触れたイモータル・ノック商会が良い値で貰い受けたい人材だと騒いでおります」
「何!?あの薄汚い金の亡者め!」
イモータル・ノック商会は商業国家ヱビスに拠点を置く腕利きの傭兵団を多数抱える組織だ。
会頭であるウォルテ・フーレイもその武勲によって成り上がった獣人族であり、血統を重んじる王国貴族からの評判は実に悪かった。
「分かった」
レオンの意見が参席者達によく聞き届いたのを確認して、グラハムは口を開いた。
「ではシュウ・ヴァルザーの処遇については現状維持、支援も継続だ。王国内での新技術の確立を優先し、間違ってもそのような組織に流れるような事態は避けるように。諸兄らも不満はあるだろうが一旦抑えてくれ、この件は動きやすいレオン公爵に引き続き一任する。以上だ」
散会後、王都内の邸宅に戻ったレオンは、執務室に戻ると椅子に腰を下ろした。
見計らったかのように扉をノックして一人の執事が入室する。
シュウが依頼によって家を空けた隙に報告を兼ねて帰還したセレス・ヴァルトだった。
「お疲れ様でした。閣下」
「うん、セレスもご苦労様」
セレスの用意したティーポットから注がれた紅茶の香りがレオンの緊張を緩めていく。
「全く、貴族制度も腐敗が酷いものだね、ここまで膿が溜まっているとは」
「危険な発言ですよ――それで、彼の処遇に関しては?」
「おや、私の事よりも彼を心配するのかい?」
「いえそういう意味では無く、私は彼の危険性について散々申し上げました。下手に匿うのではなく、もっと万全の体制で彼を拘束して――」
「セレス、勘違いしてはいけないよ」
セレスの言葉を遮りレオンが告げる。
「人目があるからここでしか話せないけどね、いいかいセレス。私は私の方で彼を調べているが、彼の戦闘記録について信用のおける筋から単機で竜を倒したという情報を掴んでいる」
「なっ、亜竜ではなく?」
「正竜さ、それも完全に汚染されていたそうだよ?」
今度こそセレスは絶句した。
竜種、人が妖精機という圧倒的武力を生み出して尚恐れられる大自然の脅威。
亜竜、或いは翼竜とも呼ばれる単に強い魔物とは違い、正竜と分類される竜は明確に知性を持ち、圧倒的に巨大で、圧倒的に、強い。
人界に干渉こそしないがその営みの余波だけで天災が起こりうる存在、そんな竜種を悪戯に刺激して、国が滅んだという伝承は珍しくも無い。
そんな存在が汚染――つまり理性を失ってヴォミド化していたというのは何の冗談だろう。人類全体の脅威、暴れ狂う邪竜の誕生を意味するではないか。
それを、倒した?
「虚偽の情報では?」
「信用のおける情報筋だ、残念ながら事実だよ」
「—―――」
「分かるかいセレス。彼はそれだけの力を持ちながら我々の提案を受け入れ、我々の面倒事にも付き合ってくれている」
思考が追いついていないセレスにレオンは続ける。
「前提が違うんだよセレス。我々が匿っているんじゃない。彼にとって我々は敵で無いだけなんだ」
何が言いたいか分かるかい?というレオンの視線に、セレスは冷や汗をかいた。
「わ、私はそんな方に剣を...!?」
「うん、失策だった。まぁ完全武装した騎士団で囲っても彼が脅威に感じるかは疑問だけどね、不快ではあるだろう?彼は非常に危険な存在だが、話の分かる男でもある。今回は命拾いしたね」
先に知っていればもっと上手く立ち回れただろうという後悔の念がセレスを覆う。
とはいえレオンも詳細を知る事になったのはその後なので、起きるべくして起きた事故だった。
「それで、私はこれからどうすれば...?」
「彼を知り、彼を支え、彼を守るんだ」
シュウの明かした目的は自分の妖精機を修理することと、生活環境の獲得。
前者はレオンの協力の見返りに約束され、後者は既に提供済。
パワーバランスを考えれば、レオンの約束は必ず履行せざるを得ず、その後シュウがどこへなりと行こうと引き留める術もない。
「彼の本当の望み、彼の求める幸福を探り、彼の為に尽力し、彼の持つ全てを狙う、様々な者達から彼を守らなければならない。要するに、我々は彼の味方に何としてもならなければいけない」
レオンはそう言って立ち上がり、窓際から街並みを睥睨する。
「そうすれば、結果的にこの国の膿が取り除けるかもしれないね」




