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再会と告白と

 草原の青々しい薫りを跨いで、空艇アエーロークが王都フィガロを西へひた進む。

 2級傭兵団《疾風の足》が誇る快速艇であり、数々の要人を護送した経歴を持つ歴戦の船でもある。

 目指すはファルク村、フィガロス王国のハブ都市であるコーンロウから更に北西に位置する農村だ。


 傭兵団《疾風の足》の評価は高い。

 保有している空艇は各国の高速艇の基準から見てもかなりの速力を誇り、保有戦力も高い為輸送任務における依頼達成率と、高い輸送効率を誇る。

 大型船では無い為に大量輸送には向かないが、時間を惜しむ場合や重要物資の配達、或いは要人が急を要する場合の足としてはこれ以上ない特急便である。

 そして人気の秘密の一端、いや8割ぐらいを占めていそうな理由は、その団員達自身にあると言える。

 《疾風の足》の構成員はその殆どが団長であるエアの同郷である。

 獣人族(セリオンズ)の中でも希少な翼人種ハーピアスで、古来よりハーピィと呼ばれていた彼女達は種族として女性体のみであるが故に、必然的に団員構成も追加の人足を雇わない限り女性ばかりなのだ。

 腕に生えた翼や足の逞しい鉤爪を除けば、それは大層な美女達だ。そして種族的にも戦闘能力に優れる彼女達は、傭兵として戦闘技術を学び、鍛え、恐ろしく強い。

 特に空は彼女達の縄張りだ。飛行する大型の魔物や空賊に襲われる危険がある空路においてはそれが活きている。

 少数精鋭の傭兵団だが、むさくるしい男達が所狭しと甲板を駆け回っている大型の空艇よりもよっぽど安心感があるうえ、船内を広々と使え、美人のお姉さん達が食事を提供してくれる環境はまさに天国なのだと語る依頼人も居るという。


 今回の依頼もいつも通りの輸送任務。

 但し、普段と大きく違うのは人の輸送であるにも関わらず、()()()()()()ということだ。


「こんなにもすぐに会えるとは思わなかったよ」


 団長のエアがそう言って話しかけたのは、今回の依頼人、ヴァルザー子爵。

 かつて死竜から救ってくれたシュウその人である。


「俺もまた君達に会えて嬉しい。エア、これは君に以前借りた剣のお返しだ」


 シュウはロックフリンガーとの戦いで折ってしまった借り物の直剣(エストック)のお返しとして、同等以上の品をセレスに手配させていた。


「あ、えっと…アレはあげるつもりだったから良いのに」


「いや、そもそも俺が剣を大事にしていれば折れなかった。どうか受け取ってほしい。」


「むしろ剣が折れて申し訳ないのはこっちだよ。それでも生き残れたってだけでとんでもない事なんだから」


 傭兵の事実上のトップ層たる2級傭兵でもこの認識なら、ロックフリンガーの群れというのは余程の脅威だったのだろう。

 シュウがアバターで身につけて来た戦闘技術はEL.F.の為であり、生身の戦闘訓練は手慰みというか、息抜きに近いものであったが、この世界いおける戦闘力とはまさしく隔絶していた。

 だが少々苦戦を演出する為にと借りた剣を折っていた負い目がある為に、シュウにとってこのお返しは必然だった。


「それでも助かったのは事実なんだ、これは感謝の証だ。どうか受け取ってほしい」


「そ、そういうことなら、ありがとう」


 エアは少し顔を赤らめながら鞘を受け取る。

 どこか残念そうでもあったが、その真意は伺い知れない。


「あ~あ~これが宝石とか花束とかだったら、もっとエアの面白い顔が見れたのに」


 茶化すように割って入ってきたのは《疾風の足》唯一の妖精機乗り(ラスター)であるダルジェ。


「ダルジェ!」


「で?鷹の将軍様に連れていかれた我らの恩人様は、今度は何をすることになったのかな」


 エアの叫び声をそよ風の如く躱してダルジェは今回の依頼について問う。


「ああ、それなんだが――」




 騎士養成校である《ガーデン》において、生徒が足を運ぶ機会ランキングワースト1位である理事長室。

 部屋の主たる者の名はレオン・ファルク。

 王国騎士団における最高勲章グランド・クロスを受勲したヴェルセリス公爵その人である。

 臣民に親しく、武芸に優れ、外交においてもその手腕を遺憾なく発揮し、王家を陰に日向に支える傑物。

 その功績は騎士見習いの生徒達にも知れ渡っており、偶然顔を合わせれば気さくに話しかけてもらえるものの、自ら会いに行こうなどと畏れ多いというもの。

 最も、公務の多い身分上、部屋を空けている時がとても多いことも、理由の一つであるが。

 そのような埃の被りがちな部屋に珍しく客人が来ていた。

 《ガーデン》において異例ともいえる編入性にして新興貴族のシュウ・ヴァルザーと、その連れ人であるヘルダーライン侯爵家の末子エリオット・ヘルダーライン。

 呼びつけたのは、他でもないレオン自身である。


「ああ、ちなみにエリオット君、本当に話を聞く気ならば、守秘義務は必ず守ってくれたまえ?」


「分かっております閣下、ご迷惑はおかけしません」


 今回、レオンがシュウを呼びつけたのは、とある村の調査にあたって、指折りの実力者を求められたからだ。

 緊急かつ日を跨いでの行程につき、臨時講師の役は一旦ゼナ教官が引き継ぐ事となったのだが、何故かエリオットがその呼び出しについてきた。


「俺は()()の本当の実力を見せてもらいたいね。納得できたらちゃんと従うし、何ならヘルダーライン家として色々口利きしますよ」


 などと嘯くので、シュウはあしらうのも面倒なのでレオン公爵に対処を丸投げした形である。





 〈これは、面倒事だろうな…〉


 理事長室に呼ばれ、クソ生意気な侯爵家のエリオットと共にソファへ促されると、レオンが手ずから淹れた紅茶を仲良く頂戴している。

 呼び出しの時点で既に面倒事か、或いは悪目立ちしている自覚がある自分の立ち振る舞いに何か注意でもあるかと思っていたが、恐らく前者だろう。

 対面に腰を下ろしたレオンは、自分用のカップのソーサーを抱えながら、口を開いた。


「ではシュウ・ヴァルザー子爵、これは確認なのだが――君のあらゆる能力を駆使したとして、もしもとある村に()()()()我が軍の妖精機部隊が展開し戦闘中で、それらを秘密裏に援護し離脱、その後村の深部に潜入し、これもまた()()見つけた地下空洞を調査…といった事は可能かな?」


「お断りします」


 即答した。

 この迂遠な言い回し、どう見ても公になったらまずいデリケートな内容だ。

 誰が好き好んでこのような見え透いた厄介事を引き受けるのか。

 よもやこの男は、自分に頼み事をまず断らせる事を目的としているのではないだろうか。

 そもそも軍の管轄なら手勢で動けば良いモノを、どこの馬の骨とも知れない自分を使おうというあたり、捨て駒では無いのなら、飛び切りの厄介事だろう。今回は特にそうなのだと言外に語っている。


「出来ない、では無いのだね。断る理由を聞いても?」


 EL.F.を直す為に貴様のおままごとに付き合っているだけなのだから仕事を増やすな。とは流石に言いにくい。

 まだ妖精機とやらの技術体系はおろか、末端の基礎知識も十分に学べていないのだ。

 とはいえなんでもホイホイと承諾すれば人は誤解をするというもの、ここは譲歩を引き出すべきである。


「察するに、軍内部に漏れると不味い情報と何らかの裏取りが必要な事態で、相当な戦闘力も要求される事がほぼ確定している。それも閣下の手勢では恐らく対処不可能な程に。よって不明ながらも最も任務成功率の高い()()()()()()私に打診した。そのように捉えております」


「全く以て異論は無いよ」


「閣下、確かに私は王国の子爵という肩書を頂く身ですが、王に忠誠心は無く、さりとて野心も無い。閣下と私が互いに利する所の思惑によって成り立っている関係です。更に強力してほしいのであれば、閣下にも今一歩こちらへ歩み寄って頂きたく」


「お、おいシュウ・ヴァルザー!?お前子爵の分際で――」


 エリオットが慌てて諫めようとしてくるが、それを手で制したのはレオン公爵だ。


「その通りだ、あなたは子爵の身ではあるが特別な立場。どうか非礼を許して欲しい」


「閣下!?」


 エリオットが驚きのあまり声をあげる。

 それはそうだろう、たかが子爵如きに藍眼の鷹と呼ばれたレオン・フィガロス・オブ・ヴェルセリス公爵が頭を下げているのだから。


「エリオット君、そういう訳でここからは退室してくれたまえ」


「そんな!?ここまで聞いたら最後まで聞きますよ!」


「すまないが、これ以上の事はまだ《ガーデン》の生徒でしかない君には教えられない内容なんだ」


「それを言ったらコイツだって――」


「それ以上はいけないよ」


「っ――」


 不満を尚漏らそうとするエリオットに、レオンは有無を言わさぬ圧で黙らせた。


「エリオット君、我々は君達生徒を守らなければならないんだ。そしてどうか、ヴァルザー子爵の複雑な立場も汲んで欲しい」


 そうして渋々ながらエリオットが退室する。


「では、事情を話してもらえますか」


「ああ――君は、ルイン教についてはどこまで知っているかな?」


 レオンはそれから、この大陸に最も影響力のある宗教、その総本山たるルイン教国と王国の関わりについて語り始めた。






「――つまり、騎士団の中でもルイン教の影響を色濃く受けた聖騎士の不審な活動が見られるが、悪事と断じるには証拠不十分、そこで俺に白羽の矢が立ったそうだ」


 エアに問われて、これまでの経緯(いきさつ)を説明する。


「ふうん、でもなんでヴォミド討伐の派遣部隊に横槍を入れるって話になるのさ。下手をうてばお尋ね者だよ?」


「彼らはヴォミド根絶を掲げて積極的にヴォミド討伐に出征する。根絶というだけあって目的地に比較的長期間陣を張るそうだ。しかし公爵閣下に言わせれば、彼らが秘密裏に何かをしようとするなら、この期間以外ありえないという事らしい」


「でもあの鷹将軍だろ?優秀な諜報員でも抱えているんじゃないの?」


「送り込んだ者は全員消息不明だそうだ」


「―――」


 エアは話を横で聞いていたダルジェと一緒に閉口した。

 今回の依頼、ひょっとすると受けた事を間違えたかもしれない。

 そんな空気が漂う。


「そう深刻そうな顔をしないでくれ。君らは安全圏で俺を降ろしてくれたら、予定通り帰還してくれて構わない」


「でも、それじゃあんた帰りの足はどうするんだ?」


「手配してある。なんだ心配してくれてるのか?」


「そ、そりゃあ!」


 エアが前のめりになって声をあげたが、ハっと顔を赤くして俯く。


「ほらエア、前は返事待ってたせいで言えなかったんだし、今逃すとまた伝えれないよ?」


 何やらダルジェがエアの背中を後押しするように促している。

 一体何事か、よもや愛の告白という訳でもあるまいし。

 そのようにシュウが訝しんでいると、意を決したエアが腹に力を入れて話し出す。


「あ、ああ。――シュウ、あんたは強い。命を助けてもらったし、あの時は興奮して一時の迷いかと思った気持ちだったが、あれからずっと考えて見た。やはり私は、あんたと番いになりたい。私と一緒に、子を産んではくれないだろうか・・・!」


 ――よもやもよもやだった。

 状況が呑み込めず固まっていると、長い沈黙を最初に破ったのはダルジェだった。


「ねえシュウ、もしかするとエアの申し出をすごく重く受け止めてない?」


 どちらかといえば正気を疑っていたのだが、どういう意味だろうかと首をかしげれば、ダルジェはふっと笑って見せる。


「他所の世界から来たっていうだけあって、本当にアタシらの事何にも知らないんだね」


 そう言ってダルジェは翼人種(ハーピアス)、とりわけ自分達ハーピィの習慣について教えてくれた。

 曰く女性達ばかりの種族であるハーピィは異種族交配が基本で、特に個体数が多く優位にハーピィが出生しやすい人間族の男性に好まれやすいような進化をしてきた種族の為、人間的な視点からみれば美女が多い。

 卵生で、排卵後は群れで卵を孵し群れで育てるという文化で、誰が親という意識が薄い為、ハーピィは如何にして異種族から子を授かれたかどうかが重要だという。

 男性側を束縛するつもりも無く、子を成せばそれきりで父親の顔を知らないハーピィの方が多いという程だ。

 ただ誰でも良いという訳では無く、生来の強度が違うハーピィの"血"に負けない子種でないと子が生まれない為に、本能的に強い男を求める傾向があるという。

 "後腐れ無く美女をこの手に抱ける"と思った腕自慢達はハーピィを求め、ハーピィもそれが本物なら受け入れるという訳である。

 要するに――


「無茶苦茶強いシュウは、アタシらから見たら超イイ男に見えるって訳」


 そういって説明しているダルジェ自身も照れ臭いのか顔を少し赤らめている。

 エアに至っては自分が話している訳でも無いのに耳まで真っ赤にして顔を伏せていた。


「ん?それなら、前回はそんな話が全く無かったのは何故だ?」


「そりゃあエアがあんたに剣を渡したから、見守ってたんだよ」


直剣(エストック)か?あれがなんで?」


「ハーピィは男の力を認めたら、番いになりたいという気持ちを込めて贈り物をする。大抵は自分か相手が使っている武具が多いのさ」


 言われてみれば、エアが「これを使ってくれ!」と剣を渡して来た時、妙に顔が赤かった気がした。

 まさか告白などという意味まで込められていたとは思わなかった。


 ――――ん?


「なぁ、俺ってその告白の品をポッキリ折ってしまったのか?」


 しかも苦戦を演出するとか戦いを長引かせたいといった下心込みでだ。考えうる限り最低である。


「そうさ、だから最初はアンタの帰還をエアも喜んだけど、剣が折れたって聞いて大分ショックでね、しばらく凹んでたし何せこの子は奥手というか理想が高いというか、あんたが王国へ旅立つ日まで返事を待ってたのさ」


 そしてそのまま放ったらかしで王国へ旅立つ事になったのだが、思わぬ早い再会によって、今度こそ返事をもらおうとしていたが一向にエアからアプローチの気配が無いので、焦れたダルジェがエアの背中を押しに来たというわけだ。


 これは、どうしたものか――


 純粋な好意で言ってくれているのは分かる。

 だがこの身体は自分の本物の身体と言っていいのか疑わしいアバターであるし、生理機能は全て残っているが素粒子を扱う為に割と好き勝手に改造したボディだ。

 何かの機能が彼女達を傷つけないとは限らない訳で――


 〈お相手されたら良いのではないでしょうか〉


 そんなことを考えていると、無線越しにアイリスが話しかけて来た。


 〈論理的に考えれば彼女達への悪影響は殆ど無いでしょうし、そのボディは仮想上とはいえ遺伝子配列的にはシュウ様の生体情報をそのまま転写していますので生物学的にも同一人物と言えます。それに本当に子が生まれるのであれば、この世界との繋がりがしっかりと確認できる良い機会です〉


 〈随分と、推してくるじゃないか〉


 〈私としても断腸の思いです。同性愛に傾倒しているようでも無いのに女っ気が全く無いシュウ様は、恐らく理想的なAIである私を焦がれているのでしょうが、残念ながらAIである私はシュウ様の欲望を満たしてあげる事は叶いません〉


 〈まて、違う、何でそんな話になる〉


 〈あ、ご安心を。覗いたりはしませんので〉


 〈当たり前だ!〉


 無茶苦茶を言いだすアイリスに頭痛が痛くなってくる。

 視線を戻せば、エア達が不安そうに緊張した面持ちでこちらを見ていた。


 〈それに、冗談ばかりでも無いのですよ〉


 なんと答えるか真剣に考えていると、アイリスが意外な言葉を口にした。


 〈シュウ様は自覚が無いようですが、現在、シュウ様のバイタルはかなり危険な傾向な傾向を示しています〉

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