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卵受領

「えーそれではヴァルザー特別班の訓練を開始する。まずは自己紹介を各員行うこと」


「エリオット・ヘルダーラインだ、皆も知ってるヘルダーライン侯爵の5男坊、まあ程々に頼むよ」


 栗色の髪を真っ直ぐ伸ばしたエリオットが名乗る。

 実にやる気が無さそうで大変結構だ。俺だけ知らないヘルダーライン家を自慢されてもな。


「リシェル・ヴァインです。ヴァイン男爵家の養子で平民の出です。ご指導よろしくお願いします」


 金髪ボブ、緑眼、小柄で真面目な印象のリシェルが歩み出る。

 はきはきと喋るが声が若干震えている。緊張が隠しきれていないな。


「カイル・フェンリだ、狼人種(ワーウルフ)とのハーフだ。嗅覚はそこまで遺伝しなかったが耳は良い。よろしく」


 犬耳と尻尾、切れ長の瞳、引き締まった体格のカイルが続く。

 中途半端に獣人ということか、場合によっては酷い差別のネタにされていそうだ。


「アントン・ルーフォードです。父は辺境の領土を管理する子爵家です。ヴァルザー卿のご指導賜れること、光栄に思います!」


 天然パーマのような癖のある茶髪とそばかすが特徴の、昼食で話したアントンが元気よく名乗り出る。

 顔に喜色が隠しきれていない。


「アシュリー・ガーランドです。今は没落したガーランド侯爵家の者です。騎士を目指しています」


 最後は赤髪をポニーテールに結んだアシュリーが淡々と名乗った。

 だいぶ鍛えているのが足腰を見て分かるほどのスタイルだ。


 この5人が、俺の担当することになった生徒、通称「落ちこぼれ班」だ。




「君には、実技で教えられることはあまり無いだろう」


 訓練初日、いきなりゼナ教官殿に呼び出された俺は、開口一番にそのような事を告げられた。


「レオン公爵が推薦する通り、妖精機に関する技術は高い、高すぎるほどに。故に騎士の卵を最低限のレベルまで引き上げる教育カリキュラムでは、君を満足させられないであろうと我々は判断した」


「ご懸念は分かります教官。ですが私は外様の身、野で培った粗い知識を補う為に閣下が与えてくれた機会は大切にしたいですし、血肉にして還元したいとも考えておりますゆえ」


「それは結構な事だ。ならば座学や書庫の閲覧は自由にすれば良い、だが訓練の課程では、一つ君に頼みたいことがある」


「伺いましょう」


「才能の片鱗を感じるものがあるが、今一つ伸び悩む生徒が君の学年に居る。彼らの底上げをしてやって欲しい」


「お断りします」


「理由を聞こう」


「――失礼ですが教官の御発言は教育を舐めているとしか考えられません。私は教練を取った経験が無い素人です。何を考えておられるので?」


少々不満な態度が言葉に出てしまった。

こんな話は聞いていないぞレオン・フィガロス・ヴェルセリス。


「疑問は最もだヴァルザー君。私の発言は、実に教育を舐めている。そしてこれは本意ではない。私は生徒に対して肩入れも贔屓もしない、本校には身分の差は無く皆等しく騎士の卵、気持ちとしては君も含めてそうだ。だが他の教育陣と、()()()()からの印象がすこぶる悪いようでな、少々悪い目立ち方をしているようだ」


どうやら、ゼナ教官殿も難しいお立場らしい。


「つまり、失点作りの工作であると?」


ゼナ教官は深く頷いてみせた。


「どちらかといえば後ろ盾の公爵家に対してだがね」


教官はソファに腰を下ろすと、目頭を軽く揉む。


「体裁としては君とその背後を脅かす失点の演出だ。私の力ではこの流れを止める事は不可能だが、流れに手を加える事ができる」


 そう言ってゼナ教官は5枚のパルプ紙を手渡して来た。


「私の判断で選別した生徒達だ。カリキュラム作成は私も力になろう。私は彼らにも君にも、ここを立派な騎士として卒業して欲しいと純粋に考えているのだ」


どうかよろしく頼むと、ゼナ教官は頭を下げた。


恐らく、ゼナ教官は優秀な人だ。

しかし真面目、実直、或いは誠実さが仇となって出世のできないタイプか。

教官殿の人となりが分かってきたと同時に、レオン公が自分をここに送り込みたがった理由の一片を垣間見た気がした。


「ハァ―――承りましょう」


 こうしてめでたく実技教官補佐などというふざけた肩書を付けられたのち、翌日から早速班員を集めた訳だ。




 集められた面々は、既に経緯の説明を受けているようだが、アントン以外はまだ納得していないような雰囲気を漂わせていた。


「自己紹介ありがとう。私はシュウ、この度ここ騎士養成校(ガーデン)に編入してきた。一生徒であるが、ゼナ教官からの要請により君らの特別訓練を実施するよう仰せつかっている」


「はいはい質問」


 エリオットが気怠い声色のまま手を挙げる。


「シュウだっけ?なんかこの前模擬戦で騒ぎになってたのお前だろ?結構強いから人に教えるみたいなのはまぁ分かるさ。でもなんで俺達なのよ、何かあるの?」


 正直面倒なんだけど、と小声が漏れていた。いや、これは敢えて聞かせているか。


「その気持ちは非常に分かる。全く以て同感だ。ゼナ教官も人が悪い、我々はまさに、都合よく利用されている」


「え!?」


 皆、一様に驚いたような反応をする。


「ここにいる皆は、私も含めて通常のカリキュラムでは課題のある者達だ。ゼナ教官は実験的に私を君らに宛がうことでその問題点をカバーし成長できれば良し、駄目なら厄介払いが出来たと損切する心積もりなのだろう」


「そんな!?これまで頑張ってきたのに――」


 一番落ち込んでいたのはアントンだった。


「だがこうも言っていた。見捨てるには惜しい才覚のある者を集めた、と。つまりゼナ教官は君達にその課題を克服して騎士としての道を切り拓いて欲しいのだ」


「いや、そういう暑苦しいの勘弁なんだけど…」


 面倒くさそうなエリオットが、更に面倒くさそうな顔をしていた。


「エリオット・ヘルダーライン。その感性は大事にしたまえ、私はお前を評価している」


「へ?」


 渋顔を決め込んでいたエリオットの目が点になる。


「私は勇気を持って挑戦する者を好むが、勇気と無謀の分別が付かない馬鹿は嫌いだ。努力する奴は好きだが無駄な努力をする奴は大嫌いだ。エリオット・ヘルダーライン。お前は家庭の事情で上昇思考があまり見られないのではと講師陣からも評価されているが、全体的な成績は悪い。いや、この揃え方はギリギリ悪いぐらいに調整しているんじゃないか?」


「そんなこと――」


「家督争い、目立つと受ける僻み妬み嫉み、そんな下らないものに距離を置きたくて立ち回っているのなら、それは極めて優れた才能だ。面倒事を避けて、効率良く求めた結果を得る為の要領の良さがある。これからも、楽をするための努力は惜しまないように」


「—――なんだそれ」


「さて、私も指導にあたって君達の評価がまとめられた資料を読み込んで来ている。なぁに案ずるな、年度末に開催される武闘大会に出場できるぐらいには仕上げてやろう」


これも一つの得難い経験だと思って楽しませてもらおう。

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