妖精王の設計図(個室付)
シュウの持つプライベートアドレスの一角に、質素な見た目ながらそれなりの建坪で製作された研究所がある。
人類が生活圏の軸足を仮想空間に寄せて数世紀、もはや不動産価値というのがリソース量という絶対値に置き換わった今では、これほどの規模の建屋を用意するには、相応の富が必要だった。
但しこの男の収入を考えれば、それさえも些事ではあるのだが。
「お待たせしました。我が指揮者」
「ああ、どうだった?」
幾つもの図面をフォログラムディスプレイに投影して眉間に皺をよせていたシュウは、飲もうとしていた珈琲をテーブルに置き、声のした方へ振り向く。
そこにはメイドが居た。ブリムの挿した艶のある黒髪を肩ほどまで伸ばし、黒いハイブーツが見える丈のスカートと、肩口から別れたフレアスリーブが特徴的な美少女だ。
シュウのEL.F.サブコントローラー兼、仮想空間上での世話係であるAI、アイリスだ。
アバターのデザインはアイリスが全て設計している。シュウが気に入っていたグラビアの少女にやたら造形が寄せられていたのは何かの嫌味だと思いたかった。
構造的に短くならざるをえないエプロンドレスはおよそメイドとして実用的とは言い難いが、本人曰く「私はメイドが本分では無いので、これは気持ちの問題なのです」とのことである。
「強度試験上最も良好といえるのはこちらです」
そういってアイリスは、薄型のパネルを手渡す。
シュウが目線を配れば、自身のEL.F.である"フレイ"の図面と、そのパラメータが連鎖的に表示される。
EL.F. 〈略〉 ELementary perticles. Frame.から素粒子機兵、エルフレーム、エルフとも。
多くを人型に模した機体に、次世代原動機〈素粒子エンジン〉を搭載した兵器。
人類が主たる生活圏を仮想空間へと移した先にて生み出した、高度先端技術の結晶――それを内包した兵器。
物質を透過し、僅かな質量を持つ素粒子。大気中を流れるその膨大な粒子を操るEL.F.は、重力の楔から解き放たれた兵器である。
遅すぎた大発明、ついに人類が到達した無限機関。
その主な用途は、新たな産業革命でも、開拓でもない。そのEL.F.同士を戦わせる"娯楽"だ。
中でもシュウの持つフレイとは、月並みな表現をしてしまえば、"最強"の代名詞だった。
種も仕掛けもある最強だが、断じてインチキなどではない。
国家による戦争という概念が潰え、人々が闘争本能を衰退させつつある現代において人一倍、飢餓感ともいえる闘争心と、飽くなき探求心が生み出した、高性能な機体と高性能なソフト、そして磨かれた操縦技術があってのモノである。それを分からない観客や対戦相手からはチートブーイングの嵐なため実に不快な話ではあるが。
そんな向かう所敵なしのフレイを改修する。と言い出したのがひと月ほど前、EL.F.バトリング運営が企画した、絶対王者シュウと、ランカー5人による1対5のエキシビジョンマッチを2ヵ月後に控えたタイミングである。
アイリスとしては、この奇跡のようなバランスを保つ傑作機フレイに、今更手を加えてもデチューンこそあれど、大きな伸びしろがあるとは思っていなかった。
だが、シュウの意図は違った。そもそもデチューンが目的、表現を変えるならばエキシビジョンマッチを狙った改修では無いのだという。
"継続戦闘能力の確保、補給や修理を極力必要としない戦備構成"
コンセプトを話すシュウの表情は、鬼気迫るものがあった。何かに焦っているようにも見えた。
理由を尋ねても「妖精に導かれた」だとか、まだ確信が持てないといった曖昧な返答だったが、この改修は絶対だと言ってのけた。
いくら自己判断や疑義を投げる事すら可能なアイリスとて、自分の主がどうしてもと言うのであれば否までは無い。希望に沿う形で、なるべく良い機体設計を起こす一助とするのが自身のミッションだ。
表示されたパラメータシートをシュウは斜め読みしていく。
EL.F.【フレイ】
全長11988mm
本体重量:9.022t
全備重量:69.772t
外骨格フレーム:多軸応力分散型中空骨格構造 “Tiγ-ZVM7 Spineframe”
構造材:多元素析出制御型チタン合金γ「Ti-Al-Mo-V-Cr-Zr_ExL」
構造様式:中空骨芯+ラティス補剛肢+テンセグリティ背骨
応力転送構造:トルク連結式ストラットジョイント
補助張力材:帯電強化型第7世代PBOファイバー “Zylon-EC-VII”
倍力・緩衝・懸架駆動方式:油圧
重量内訳
超重剣 約43.95t
電磁加速砲 10t
ブロックコンデンサ 6t
弾丸10kg 10発
弾倉 8器
基幹システム
主機構成:SS-12 “ダイモーン” 素粒子エンジン(双発・オシレーション駆動)
駆動方式:エンタングルド・コア・リアクター・システム
1番機:アガトス(フレイ(IRIS)コア)
2番機:カコス(シュウアバターコア)
OS:ウロボロスver.12.1
補助コントローラ:IRIS
推進法式:水素爆圧式スラスター
推進・姿勢制御補機:素粒子コントローラー
固定武装
超重剣
材質:βチタン合金「Ti-10V-2Fe-3Al-Ex-H」
全長:13000ミリ(刀身部11400)
横幅:1500ミリ
剣幅:500ミリ
重量:43.95t
超電磁加速砲(超電導型)
性能諸元
砲身:16m(2つ折り背面マウント腰射式)
冷却:液体窒素循環、ガス圧タービンによる急速冷却
消費電力:巡行時4メガワット(発射時20メガワット)
初速:3000m(マッハ8) 最大4000m
射程:最大500km
有効射程100~200km
※300~400mm厚の装甲貫通力保証距離
射出体(弾体)
弾頭部先端: 鋭角オジブ型 + 耐熱コート(B₄C) 密度2.52g/cm³ 体積120cm³ 質量0.3kg
外殻(胴部) アルミナマトリクス複合材(MMC) 密度3.0g/cm³ 体積950cm³ 質量2.85kg
芯材 タングステン + Ni合金(85/15) 密度17.0g/cm³ 体積400cm³ 質量6.8kg
安定翼(折畳式フィン) チタン + CFRPハイブリッド 密度2.5g/cm³ 体積20cm³ 質量0.05kg
弾頭全長:500mm
弾頭径:48mm
L/D比 ≒ 10.4
CD値 ≒ 0.31
ブロックコンデンサ(電磁加速・超電導用)
キャパシタ(電磁加速・超電導用)
構造:絶縁体 誘導性メタガラス「BaTiX-γ」
:電極 YBCC(Yttrium-Barium-Copper-Carbon)超電導薄膜プレート
:冷却 誘導層マイクロキャピラリーパイプ直結
接続方式:砲身後部直結
容量:約720メガジュール(72メガワット)
体積:2立米
重量:6t
「駆動系の部材を変えたな、しかも油圧とは。電磁加速砲はしっかり長期戦を想定できてるな」
「はいモリブデン・クロム・バナジウムの含有量調整と、圧延処理に少々枯れた技術を利用しました。これにより、フレームの強度自体は以前より若干劣りますが、剛性と靭性が格段に改善しております。人工筋肉に用いられているポリフェニレンベンゾビスオキサゾールは、駆動用とその支持用とに構造を分け、加電による強度調整を補助用筋肉で行うことで、耐久性を大きく高めております。兎に角耐久性と整備性を高めるとのオーダーでしたので、1戦で使い捨ての構造材は全て変更し、ショックアブソーバーは全て油圧式にしました。応答速度の誤差は5msecです。そして電磁加速砲は冷媒を再凝縮させる密閉型循環装置に冷却方式を変えました。重量、消費電力共に悪化しましたが、砲身と弾丸を小型に再設計、キャパシタは誘導体にバタックスガンマを採用しました。改良型バリウムチタネート系複合誘電体をベース、自己整列ナノグリッド構造を採用し、有機高分子界面活性材とのハイブリッド複合化、安定的な誘電率 εr ≈ 90,000〜120,000を実現します。また機体を連射、連戦を想定して誘導層のマイクロキャピラリーパイプを増設しており、発射時のインダクタンスを徹底的に抑えました」
アイリスは仕様変更点を淀みなく説明していく。一般人からすれば全く縁のない用語ばかりだが、基礎設計をした本人であるシュウの表情は満足気だ。
「よし、重量は増えたがこれでいい。最大弾数がむしろ増えているのも喜ばしいことだ。副兵装は結局追加しなかったのか」
「火砲は継戦能力の寄与に疑問なうえ重量差が大きいのと、電磁加速砲で十分です。近接兵装は衝撃の瞬間に駆動系への負担が大きい訳ですが、超重剣は自重の運動エネルギーを頼りに殴打するモーションパターンへ統一しましたので支持パーツの負担はほとんどありません。振り回している間の自重は無いのですから」
素粒子エンジンを利用するEL.F.にとって、限度こそあるが重量に逆らう事は苦では無い。重力の源である素粒子をベクトル操作するのだから、機体や物体の動きに合わせてGを掛けて行けば良い。EL.F.のパワーとは即ち、制御できる重力の規模とも言える。
その1点において、フレイは他のEL.F.の追従を許さない。
「基本設計からして重くしたのが良かった訳だ」
「はい、ただ間違っても剣で敵の攻撃を受け止めるとか、盾にするなどという発想はお止めください。一発で腕が駄目になります」
「はは、受け流すぐらいならこちらから打ち込めってことだろ、ありがとう」
「恐れ入ります」
そう言って正面のディスプレイへ向き直ったシュウは、自らも設計していた拡張装備をコックピットに実装していく。
シュウの様子がおかしい――
エキシビジョンの通知が来るよりも前からアイリスが感じていた疑問。
全く意図の読めないEL.F.の設計変更から始まり、普段気にもしないような事を聞いて来る。そして極めつけは、妙にサバイバルグッズを買い集め始めていた。
今回も建前としては、エキシビジョンマッチに向けたEL.F.の整備ではあるのだが、仕上げとばかりにシュウが取り付けた装備を見て、アイリスはここ数日間で最も怪訝な表情を浮かべた。
「僭越ながら、我が指揮者。それを本当に組み込むのですか?」
「ああ、どうしても必要なんだ」
シュウの声色はそう言いながらも確信に満ちている。
やや焦燥感が込められてないでもないが、どちらかといえば悲壮感を漂わせたアイリスが問う。
「ですがそれは、その――戦闘に全く関係無いというか、貯水タンクも含めて完全にデッドウェイトではありませんか?」
「ふふ、実に完璧なメイドをやっているアイリスさんでも流石に分からない事もあるってことか」
「いや当たり前じゃないですか。だってコレ――」
シュウの開発室に、有史以来となるアイリスの叫び声が響く。
「トイレじゃないですか!!」
EL.F.【フレイ】
全長11988mm
本体重量:9.022t
全備重量:69.831t New!
主要構造材:γチタン合金「Ti-Al-Mo-V-Cr-Zr_ExL」
駆動系部材:Zylon-EC-VII
倍力・緩衝・懸架駆動方式:油圧
重量内訳
超重剣 約43.95t
電磁加速砲 10t
ブロックコンデンサ 6t
弾丸10kg 10発
予備弾倉 10器
水洗シャワートイレ 9kg New!
貯水タンク50L(乾燥5kg) New!
開幕早々トイレネタですみません!
持病の「定期的に異世界モノのトイレを語らずにはいられない発作」が起こりにくいような措置です。
ご容赦ください。