騎士養成校の日常
小鳥の囀りと窓から差し込む柔らかな日差しに目を覚ます。それを見計らったかのようなタイミングで扉がノックされた。
「シュウ様、お目覚めでしょうか、朝食の用意が出来ております」
「ああ、分かった」
旧ヴァルザー邸改め、シュウ・ヴァルザー邸となった屋敷の寝室で熟睡を満喫し、ヴェルセリス公爵家から派遣された一流の使用人達が、今日も朝早くからてきぱきと家事をこなし、家を清潔に保ってくれていた。
用意されていた皺ひとつない衣服に袖を通して部屋を出ると、侍従であるセレスが出迎える。
「おはようございます。シュウ殿」
「おはようセレス」
その日のスケジュールをセレスに確認しながら食堂にて朝食を取る。
今日は小麦の香ばしい匂いが豊かな白パンと、ベーコン、サラダの和え物にスープだ。
「旨い、料理長。今日も完璧な仕事だ」
「いえ、そのような。身に余るお言葉、恐れ入ります」
彼の名はデヴィシャス。この屋敷に派遣された全員分の食事を管理する料理長だ。
その名はセレスの次に最速で覚えた。何せ彼の料理は本当に素晴らしいのだ。
「謙遜は不要だ。例えばこのベーコン、ただ焼くのではなく湯引きされているな?余分な脂を落として居なければここまでカリカリに焼くまでに肉が焦げてしまう。それにこのパン、提供前の焼き上げで水分を含ませているだろう。同じように焦げ付きを防ぎ、麦の香りを立たせる良い工夫だ。料理の見栄えや華美さなどよりもずっと大事なものがある。それを料理長は分かってくれているのが嬉しい」
「こ、光栄です...」
あまり仕えている人に褒められ慣れていないのだろうか。料理長は顔を赤くして俯いてしまった。
「おっと、それからサラダは歯触りをよくするために芯を省いているな?今度から気にせず混ぜてくれ。心遣いは大変嬉しいが手間であろうし、たまには硬いものを咀嚼しないと私の顎が弱くなってしまうんでな。よろしく頼むよ」
「はっ承りました!」
こちらの様子を見ていたセレスが徐に口を開く
「――凄いですねシュウ殿は、私はデヴィシャスの料理が良いことは分かりますが、何がどう良いのかはさっぱり分かりませんでした」
「そうか、セレス。お前は仕事上、指揮権を与えられることは?」
「それは――まあ、はい」
「その場限りの関係で上位者になるのならいい。だが何度も顔を合わせる部下が居るのなら、必ず部下に評価を伝えるんだ。良かった事も悪かった事もな。その繰り返しで部下は育ち、信頼が生まれる」
「それを見せる為にわざわざデヴィシャスに?」
「何をとぼけたことを言っている。彼の反応を見たろう?レオン公が普段からそうしていないから彼は慣れて居ないんだ。私はレオン公がサボっていた仕事を代わりにこなしてやったんだ。まあ個人的に褒めたかったからというのもあるがな」
楽しい朝食が終われば登校だ。
使用人達に見送られ、セレスと二人、馬車に乗って騎士養成校へ向かう。
因みに乗り心地は最悪だ。サスペンションという概念が無いからか、未舗装路を走る馬車の衝撃というのは実に見事なもので、まるで昨晩、ここで砲兵演習でもあったかのような衝撃だ
貴族用の馬車ということで、座席には上等なクッションが敷かれているのだが、焼け石に水。
妖精機の油圧シリンダーもどきのような構造物を見るにダンパーのような概念はあるようだが、工業製品のスピンオフが不十分と見た。
「ヴァルザー卿!おはようございます!」
「おはよう」
「ヴァルザー子爵!今度食事をご一緒しても?」
「すまない、しばらく先約がある。手が空いている時にまた声をかけてくれ」
「ごきげんようシュウ様!私はオートリノーチ男爵家の――」
「ああ、君は昨日の、すまないが用件はセレスを通してくれ」
登校すると教室へ向かうまでに中々の歓待を受けてしまう。
どうもそれなりの人数が模擬戦を見学に来ていたようで、目立ってしまったようだ。
とはいえ薙ぎ払う訳にもいかないので適当に受け流していく。
私はパトロンの御意向を尊重できる、シゴトデキル系男子なのだ。
騎士養成校の時間割は固定的だ。
午前中は座学、午後は実技訓練の繰り返し。
座学はテーマに沿った概要説明と、質疑応答がメインだ。
この世界では貴族が多い学び舎でさえ紙はそれなりに貴重らしい。記録などの書き留める道具は木板に蝋を塗ったタブレットで、使い勝手はそれほど良くない。
講義内容はそれなりに興味深い。基礎理論をおさらいしてくれるし、生徒の質疑で一般的な感覚やニュアンスを類推できる。
「このように、魔素を蓄積させ、術式で形状を制御できるマギゼルは妖精機を支える基幹技術そのものであり、動力源たる魔核の加工技術以上に重要だ。しかし民生品にはあまり出回っていないのは何故だか分かるかね?」
講師のオルセイン・ブライトナーが疑問を投げかける。
正解を当てるというよりは論述する問いに生徒達が答えるのを面倒くさがる中、一人スッと手を挙げて答えた者が居た。
「はい、加工技術習得の難易度に加え、民生品の多くは魔核と術式があれば事足りる事が殆どであり、仕事として成り立たないからでしょう」
赤髪のポニーテールが特徴の女子生徒だ。
「うむ、アシュリー君の言う通りだ。革命的な技術である事は間違いないが、平民がごく普通に暮らす上では無用の長物ともいえる。騎兵になれなかった多くの騎士が、しかしてこちらの技師としての才能を開花させることもある。どちらも無くてはならない存在だ。技師に適正がある者は貴重なので華々しい活躍こそできないが待遇は良いぞ。やってみたいと思う人が居れば是非挑戦してほしい。私は未来の技師がこの中から生まれてくれることも期待している」
いつの世も裏方仕事は人手不足という事なのだろう。
座学が終われば楽しい昼食、のはずが結構な数の学生達に絡まれてしまうので、声を掛けて来た順番にこちらから誘うようにしていた。
茶髪で癖っ毛の男子生徒を見つけて歩み寄る。
「アントン・ルーフォード、昼食にどうだ?」
「ヴァルザー卿!良いんですか!?」
「ああ、声を掛けてくれた順番で誘っているからな」
食堂へ向かう道すがら、アントンという男が自己紹介をしてきた。
地方領主の子爵家で、騎兵として武勲で成り上がった家系ということでごく自然に騎士を目指すようになったという。
「でも成績が伸び悩んでいて、このままだと騎兵になるのは難しいだろうって言われたんです」
話を聞きながら食事持ってテーブルに着く。
今日のランチは硬パンに若鳥の煮込みスープと、ハムだ。割るようにちぎったパンを熱々のスープで柔らかくして食べるらしい。
野営地などでの作戦も想定して硬い食事も訓練として供されるとのことだが、ハッキリいってこれでも十分贅沢な食事に見える。
「でも、この前の模擬戦を見て思ったんです、ヴァルザー卿の凄まじい戦い方を見て、僕に足りないものはコレだったんだって」
「ふうん?」
「教えてくれませんか、どうやったらあれ程の戦い方ができるようになるのか」
「やめておけ」
「え?」
「あの戦い方を参考にしても君は強くはならない。その意味が分かったら助言ぐらいはできる」
アントンという男は貴族にしては素直だが、愚直さの裏返しのような男だった。
適当にあしらって美味しい昼食を続行することにした。
やはり自然食は良い。この食材にこもった粗のある野性味すら良いスパイスだ。
午後からの実技訓練が始まる。
これは屋外である事が殆どだ。
妖精機の操縦者たる騎兵の輩出を念頭に置くため、操作訓練と基礎体力作りが主体となっている。
当然全員がなれる訳では無い。通常の騎士として卒業する者や技師になる者、或いは生身での実技を評価されて近衛として王宮務めとなる場合もあるとか。
よって生身での戦闘訓練もある、中々どうして存外に楽しいもので、走り込みに筋力トレーニング、木剣の素振りに打ち合いと満喫させてもらった。
こちらの様子を見ていた生徒達がザワついていた。
少々目立ちすぎてしまったかもしれない、気を付けなければ。
因みに最も興味深かったのは妖精機の耐G訓練、通称「木馬」だ。
通常、あのような巨大ロボットが走り回る場合、搭乗者は慣性でミンチになるのだが、妖精機はその対策としてセイデ・シェルという慣性を緩める魔素の澱をコックピット周辺に生み出しているらしい。
出力に比例して澱が濃くなるのでより高速な駆動に耐えられるが、一般的な機体は討伐級なのでこれが薄く、ある程度は体幹や呼吸などを鍛えて対応するんだとか。
この訓練が木馬で、魔核を埋め込まれた縦横無尽に暴れ回るの木馬に必死にしがみついて耐えるという実にシンプルな訓練だ。
これがなかなかに強烈なようで、生徒達は盛大に先程食べた昼食をぶちまけていた。
自分は手前仕事で慣性を相殺できる為なんてことは無い。玩具の乗馬体験を楽しませてもらった。
「シュウ・ヴァルザー、後で来るように」
少々目立ちすぎてしまった。不覚。




