それぞれの衝撃
テオドリク・モントレーは震えた。
医務室に運び込まれてほどなく目覚めた彼は、自分の身体が思うように動かない事に気付いた。
怪我をした訳ではないが足元がおぼつかないのだ、様子を見に来ていた同級生が見かねて肩を貸すほどには。
自分はそれなりに優秀だという自負があった。
家柄で成績に贔屓されず、ただ実力のみで評価されるここ《ガーデン》において、勉学や訓練の成績は何れも良好、妖精機の適正評価も高く、優れた騎兵として"白騎士隊"の入団も確実視とされていた。
周囲の期待に応える事は、自分も望むところ。清く誠実に、民を守る騎士として鍛錬を欠かさず、勉学に励み、今まで歩んできた。
故に、凄いと噂の特別な編入性の模擬戦相手として抜擢された際には、努力が報われたのだと感じていた。
だが、蓋を開けてみれば相手はほとんど丸腰とも呼べる軽装型のディナ・シーに乗っていた。
愚直ともいえる誠実さを持つ彼ではあるが、馬鹿ではない。完全武装の戦闘と聞かされていた事から、これは一種の新人虐めだと感づいた。
"これに加担すれば、騎士としての矜持は失われる"
そう思って盛大に名乗りを上げ、相手に機体変更を促すも拒否され、むしろこちらを煽ってくる始末。
――もしや性格に問題のある編入性の鼻っ柱を挫く為の措置なのか?
そのような疑問も自然と浮かんできた。
よって一先ず試合を行い、その思惑を見極めたうえで中止とするか、最後までやるか判断しようとした。
甘かったのだ、全ての見通しが。
シュウという編入性はディナ・シーを信じられないほど巧みに操り、易々と魔砲を躱し、こちらの重武装をモノともせず突っ込んできた。
あんな動きは知らない。ディナ・シーがそんな動きをするなんて聞いたことが無い。
最後は何をどうやったのかサッパリ分からないまま、機体の右腕を失うほどの損害を受けて敗北した。
今まで培ってきた騎兵としての知識や常識が崩れ去っていく衝撃。
それはテオドリク・モントレーを構成する心の柱が削られているようで、およそ正気では居られなかった。
「彼は、何者なんだ――」
ゼナ・バルテリオスは息を吞んだ。
レオン公爵の随分と強引な編入手続きによって呼ばれたシュウと名乗る男。
"ヴェルセリス公爵家が後見人となり、妖精機の基礎技術、基礎理論の習熟を支援し、彼の生み出した技術論などを可能な限り吸い上げる"
建付けとしてはこういう話だが、素性も経歴も何一つ具体的に分からず、突然ヴァルナー家の後継者として担ぎ上げられた男を言われるがままに《ガーデン》へ受け入れる程ゼナの頭はおめでたくは無かった。
「この際、納得ができるまで調査は行う。ヴェルセリス家が、あの藍眼の鷹が国益に資すると判断しようとも、我々がそう判断しうる材料はどこにもないのだから」
難癖と言われようとも己が役割は果たす。そういう意味で入学試験をねじ込んだ訳だが――
「何故、彼の機体は軽装型なのだ――」
武装した妖精機による模擬戦を手配したはずが、シュウに配備されたのは最小限の武器を持たせただけの軽装型だった。
軽装型などとは言うが、その実は取り付けるはずの装甲を全て取り払い、非戦闘時のデッドウェイトを避ける為の作業用とも言える非武装状態に近い。
何者かの工作か、ならば情報が漏れたのか、いや費用対効果が薄すぎる。では誰が――
『もっとハンデが必要なのか?我がままを言うなよ』
対戦相手だったテオドリクすら納得いかない様子だったが、あろうことかシュウはそれをハンデだと嘯いてみせた。
まさか自ら武装を?いやありえない話だ。整備担当者が安全面を考慮して許さないだろう。
ゼナは安全性を考慮して試合を止めようとしたがもう遅い、試合開始の合図が鳴り、戦いは始まってしまう。
テオドリク・モントレーの機体が駆け、手にしたブースターランスが横薙ぎに振るわれた。
大きく、リーチに優れたブースターランスは振り回すだけでも回避が困難であり、自身よりも速度の優れた相手を捉える為の薙ぎ払いは戦技研究においても有効とされている。
軽装型のディナ・シーを仕留めるなら妥当、模範的な攻撃だ。
「む――」
しかしてそれは叶わなかった。
シュウの機体はそれを、あろうことかしゃがんで躱し、ほとんど間を置かず懐に飛び込んで盾で相手を叩き付けていたのだ。
やったことは、分かる。だがその異常性に気付いた者はどれだけ居ただろうか。
しゃがむ動作とは機体の乗降や儀礼用の動作であり、戦闘用の動作パターンでは無い。
当然操縦桿の近くには無いうえ、動作中に他のパターンを入力すれば、想定外の動作によって転倒リスクがある為に安全面から推奨していない。
シュウという男はそれを敢えて行った。恐らく全開でペダルを踏み抜けば、転倒する前に前進できるという確信を持って。
だが真に驚愕したのは、テオドリクの機体が撃つ魔砲を悉く躱し、最後は前代未聞のディナ・シーによる跳躍と、急降下攻撃を仕掛けた時だった。
補助ブースターを使った跳躍を、またしても動作パターンの組み合わせによって実現し、軽装型に足りない破壊力を無理やり引き出しての撃破、そして自機が破損すると躊躇いなく戦場に飛び出し、相手の機体へ取りついて見せた判断の速さと行動力。
しゃがみ姿勢からの突進、シールドの投擲、補助推進器を絡めた跳躍。
どれ一つとしてマニュアルに存在しないあの連続動作と、成功の裏に潜む失敗によって即座に自壊するという危うさ、それを涼しい顔でやってのける胆力。
「彼は、何者なのだ――」
セレスは背筋を冷たいものが走った。
仮初の主が妖精機で戦うところを初めて見た。
それはセレスが凡そイメージしていたものとはかけ離れていた。
妖精機の戦いを知らない訳では無い。
魔物とヴォミドの討伐に、暴徒鎮圧、非同盟国との小競り合いなど、戦争中でなくとも妖精機の出番はそれなりに多い。
この模擬戦とて見たことがあるのは一度や二度ではない。武闘大会の観察は何度も機会があった。
だがその何れもが、武装した機体が火力を押し付け合い、消耗した相手をパワーでなぎ倒す事が殆どだ。
見たことのない軽やかさで機体を繰り、自分の危険も厭わず凄まじい攻撃を仕掛けていく。
極めつけは機体を撃破した直後だ。彼はコックピットから飛び出して対戦相手の機体に取りつき、コックピットを開放して相手を引き上げた。
観衆は対戦相手を救助したと思ってシュウに興奮の眼差しで称賛していたが、セレスの視界にはシュウの目が映っていた。
あれは、敵を仕留めようとする目だ――
アレは、相手が引きずり出されて抵抗したら、殺していたのでは無いだろうか。それも、躊躇わずに――
そう思わずにはいられない恐ろしさがあった。
彼の強さは知っている。
その片鱗を身をもって味わされたからだ。
「ふっ、怖がりすぎかな」
セレスは観客席をあとにする。レオン公爵から、シュウについては"理性も知性も兼ね備えた強者"と評されていた事を思い出して、その疑念を振り払いながら。




